困難に立ち向かうための「思慕」──第14回台北ビエンナーレ「Whispers on the Horizon」【EDITOR’S NOTES】
ARTnews JAPANエディターが送る展覧会レビューシリーズ「EDITOR’S NOTES」。第4回は台北で開催中の第14回台北ビエンナーレ「Whispers on the Horizon」を紹介する。

地政学的な緊張が続く台北で現在開催されている第14回台北ビエンナーレは、驚くほどの静けさを湛えていた。
「Whispers on the Horizon(地平線のささやき)」と題して開催されている同展でキュレーターを務めるのは、ベルリンの現代美術館ハンブルガー・バーンホフの共同ディレクター、サム・バルダウィルとティル・フェルラートだ。彼らが掲げたキーワードは「Yearning(思慕)」。しかしその言葉は、過去への甘美なノスタルジーとしてではなく、「決して到達できない目的地へ向かう、未完のまま続く状態」として提示されている。
薄霧のようなカーテンに覆われた空間は一見耽美で、切迫する現実からの逃避であると批判的に捉えられるかもしれない。けれど、霧の中を歩き、作品と対峙していくうちに、その静けさこそが、困難な状況に立ち向かうための方法のひとつであるように感じ始める。
会場で特に心惹かれたのは、歴史やアイデンティティといった大きな物語を、個人の視点から静かに見つめ直そうとする作品たちだ。
例えば、タミル系の出自を持つクリストファー・クレンドラン・トーマスの絵画。AIと手作業を通じて描かれた、タミル人の故郷・イーラム(現スリランカ)の海岸風景を見つめていると、植民地時代の美術史を学習したAIが生成する曖昧なイメージが、同国の複雑な歴史を映し出していることに気づく。それは、誰が記憶や物語を支配するのかという問いを、静かに突きつけてくるようだった。

また、韓国のイ・スーギョンの新作《Translated Vase_When Will I See You Again_2025》は、破棄された陶片を金で繋ぎ合わせた彫刻作品だ。破棄された陶片を金で繋ぎ合わせたその彫刻からは、壊れた破片を用いて新たな物語を紡ごうとする意志を感じる。破壊されたものを再生させる癒やしや、国境を超えた文化の共有について、彼女の作品は静かに語りかけていた。
グアテマラのエドガー・カレルによる《K’obomanik》は、カクチケル・マヤ族の儀礼に基づき、歴史から消されかけた祖先の声や伝統にインスピレーションを受けた作品だ。供物として置かれた石は、モニターの映像と水面の反射によって、まるで内側に本物の炎を宿しているかのように赤く輝く。その消えることのない火は、祖先の知識と繋がり続けたいという祈りそのものにも感じられた。

台湾という場所から発せられる本展だが、そこで感じた「思慕」は特定の場所だけのものではなく、あらゆる時空に遍在する普遍的な力だ。それは固定されたり解決されたりするものではない。常に揺れ動き、脆くとも粘り強く、目に見えない震えのようにそこにある。
声高な主張やスローガンはない。しかし、霧の中で不完全さを抱きしめるようなその静けさは、正解のない世界を生きる身体に、じんわりと染み入るような体験だった。