境界線を溶かす実験場──アーティストたちが営む「コ本や honkbooks」【アート好きのためのブックショップガイド】

アート好きにおすすめしたい個性豊かな書店を紹介する「アート好きのためのブックショップガイド」。第2回に足を運んだのは、神楽坂のブックショップ兼プロジェクトスペース「コ本や honkbooks」だ。

Photo: Kara Chung

東京・神楽坂の喧騒を離れた山吹町エリア。この街のビル2階に「コ本や honkbooks」(以下、コ本や)は拠を構える。アーティストや詩人としても活動する青柳菜摘(だつお)とアートプロデューサーの中島百合絵が主宰するこの場所は、書店ともギャラリーともつかない実験的な空間だ。

店内に足を踏み入れると、まず目に飛び込んでくるのは「モクタンカン」と呼ばれる丸太のような部材で組み立てられた独特な本棚。店内手前のエリアは「ブックショップ」として機能しており、アートブックはもちろん、ZINEや詩集、小説、書店ではなかなか見つけづらいリトルプレスなど、新刊から古書までさまざまな本が並ぶ。店頭に立つメンバーによる選書に限らず、地元に住む人たちからの買取や新刊の持ち込みが本の並びを形作っているそうだ。

「本を持ち込んでくれる方は多いです。自分で選書するというより、コ本やのことを考えて持ち込まれるものに対してあえて線引きをせず、いろいろなものが混ざり合う状態を意識的に作っているんです」と青柳は語る。

Photo: Kara Chung

その奥に広がるのは「theca(テカ)」と名付けられたプロジェクトスペース。日によってその割合は変化し、空間全体が本屋になることもあれば、プロジェクトスペースで展覧会やイベントが行われることもある。「本屋と展示空間を合わせることで、アートと本の両方について考えられるような、単なるホワイトキューブにとどまらない場を作りたいんです」。そう語る青柳の言葉通り、明確な壁を作らず、本と作品がシームレスに同居する設計だ。

Photo: Kara Chung

二度の移転を経て

実はコ本やはこれまで王子、池袋、そして神楽坂と2回の移転を経験している。場所は変われど、固定された「店」の形にとどまろうとしない姿勢は2016年に産声を上げた最初の店舗から変わらない。

そもそもコ本やは、東京藝術大学大学院修了生だった青柳らが手探りで立ち上げたプロジェクトだ。アートに関心がある人もそうでない人も、「本屋に来る」という目的のためにふらっと立ち寄り、アートに触れてもらいたかったという。創業初期の店は小さかったが、スペースがないながら棚の隙間に作品を忍ばせた。

山吹町に移転してからもその精神は健在だ。内装は池袋への移転時にも設計を担当した建築家・レムナ(lemna)によって再構成された。DIYで増築可能な棚や可動式の什器など、空間そのものが展示やイベントに合わせて有機的に姿を変えられる仕組みだ。商業と表現、店と作品。アートに関わる人々が運営するからこそ、その境界は意図的に溶かされている。

画集から詩集、雑誌まで、店内にはさまざまな書籍が並ぶ。Photo: Kara Chung
本に混ざってさまざまな作品やオブジェも。Photo: Kara Chung
小冊子やZINEも豊富だ。Photo: Kara Chung
Photo: Kara Chung

本とアート好きのための「秘密基地」

コ本やの性質は、そこに関わるメンバー自身が変化するにつれ進化している。例えば青柳は映像メディアを扱うアーティストとしての活動の傍ら、最近では詩人としての活動も行ってきた。2023年には詩集『そだつのをやめる』で第28回中原中也賞も受賞している。

「個人での主な活動はアーティストとしての作品発表ですが、コ本やを始めてからいろいろな経緯で詩を作るようになりました。コ本やの出版部から詩集を出し流通させるなど、ここでの活動と個人の制作もつながっています」

加えて、既存の流通に乗らないリトルプレスやZINEなども集まるこの場所には、その熱量に惹かれてか近隣の大手出版社の編集者たちもふらりと現れるようになった。出版・印刷の街という山吹町の立地特性も相まって、ここは単なる本屋を超えた交差点となっている。

「コ本や honkbooks」の主宰であり、個人でもアーティスト、詩人として活躍する青柳菜摘。Photo: Kara Chung

「本を売るためのイベントではなく、もっと大きな話をしたい時にここへ来る編集者の方が多いですね。中の人たちが楽しいことをするための場所に近いかもしれません」と青柳は語る。そこには、アートと本を軸に集まる人たちの秘密基地にも近い響きがする。「場所の特性が変わるにつれて、アートだけでなく文学や哲学など、多様な分野に関わる人や、興味がある人が出会える広がりを拠点として持てることが一番の魅力です」

アートだけではない、文学や哲学が交差する拠点。完成することのない、変化し続けるプロセスそのものを見せる本屋。訪れるたびにレイアウトが変わるその空間は、自らの定義を更新し続けている。

ARTnews JAPAN読者におすすめの1冊

Photo: Kara Chung

『BUNDLED AA』(2019年)藤田紗衣〈pharmacy〉
『reflection』(2024年)藤田紗衣〈pharmacy〉

「実はふたつあって」と青柳が選んだおすすめは、シルクスクリーンやセラミックを用いた作品で知られるアーティスト、藤田紗衣による2冊。「藤田は図、字、レイヤー、そして『書籍を担保する形態』といった要素を通して軽やかに遊びながら、こうした『本』の制作も行っているんです」

『BUNDLED AA』(左)はドローイングをコンピューターでアスキーアートに変換し1冊に綴じたもの。一部のページには藤田によるドローイングが直接に描かれている。『reflection』(右)は小さな鏡に写った像をモチーフに描いたドローイングと、鏡に写ったものの写真を収録したものだ。

コ本や honkbooks
東京都新宿区山吹町294小久保ビル2F

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