ピカソ《ゲルニカ》が30年ぶりに移動か。バスク州がゲルニカ爆撃90年の節目に貸し出しを要請

スペインの国立ソフィア王妃芸術センターに所蔵される、20世紀美術を象徴する絵画パブロ・ピカソゲルニカ》(1937)。バスク州はこのほどグッゲンハイム・ビルバオへの同作の貸し出しをスペイン政府に正式に要請し、約30年ぶりとなる館外移動の可能性が浮上している。

国立ソフィア王妃芸術センターで展示されるパブロ・ピカソ《ゲルニカ》(1937)。2021年撮影。Photo: Denis Doyle/Getty Images

スペイン・マドリードの国立ソフィア王妃芸術センターに所蔵されているパブロ・ピカソゲルニカ》(1937)を、バスク州のグッゲンハイム・ビルバオに一時貸し出しする許可を求め、バスク州がスペイン文化省に正式申請を行ったと地元紙Araが報じた。

《ゲルニカ》は1992年にソフィア王妃芸術センターに設置されて以来貸し出しは行われておらず、これが実現すれば約30年振りの館外移動となる。

高さ3メートル50センチ、幅7メートル80センチに及ぶこの大作は、1937年4月26日、バスク州の街ゲルニカがナチス・ドイツのコンドル軍団とイタリア空軍によって無差別爆撃されたことをパリで知ったピカソが、わずか数週間で描き上げた。負傷し苦しむ人々や馬、牛などの動物がモノクロームで断片的に描かれ、戦争がもたらす暴力と混乱、死の恐怖が象徴的に表現されている。

同作は1937年のパリ万博スペイン館で初公開された後、ヨーロッパとアメリカを巡回した。だが巡回中の1939年9月に第2次世界大戦が勃発し、そのままニューヨーク近代美術館(MoMA)に保管された。戦後、スペインのフランコ独裁政権(1939-1975)は作品の返還を求めたが、MoMAはピカソの「スペインに民主主義が回復するまで返還しない」という意思を尊重し続けた。その後、民主化を経て1981年にスペインへ返還。マドリードの国立プラド美術館に展示されたのち、1992年に国立ソフィア王妃芸術センターへ移送され、現在に至っている。

《ゲルニカ》の題材となったバスク州では、同作を「故郷」に戻そうと、1997年のグッゲンハイム・ビルバオ開館時のほかゲルニカ爆撃の節目の年ごとに貸し出しを求めてきたが、いずれも実現していない。

今回の貸し出し期間は、爆撃から90年にあたる2026年10月から2027年6月までが想定されている。貸し出しについて、バスク自治州首相のイマノル・プラダレスはAra紙に対し、「バスクの人々にとって象徴的な補償と歴史的記憶のための1つの形であり、戦争が何をもたらすのか、独裁から生まれる残虐行為とは何かを世界に発信するメッセージになるでしょう」と語った。

一方、国立ソフィア王妃芸術センターは貸し出しに否定的な立場を示している。同館は先週、保存状態に関する報告書を公表し、作品は非常に繊細であり、移動によって劣化が進む恐れがあるとして、「移送は強く推奨できない」とした。これに対しバスク州政府は、移送の実現可能性や費用を検討するための共同委員会の設置を提案している。

また今回の申請については、政治状況次第では実現の可能性も指摘されている。タイムズ紙によれば、スペインのペドロ・サンチェス首相は少数連立政権を率いており、その基盤を支えるのがバスク民族主義政党2党だ。両党はいずれも《ゲルニカ》の移送を政治課題として掲げており、プラダレスは「国立ソフィア王妃芸術センターの報告書を理由に申請を拒否するのは重大な政治的過ちになる」とサンチェス首相に強く訴えている。サンチェスは現時点で最終判断を下しておらず、プラダレスは今後もスペイン文化省との協議を続ける見通しだ。(翻訳:編集部)

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