「絵画とはなにか」を追い続けた画家の物語──「中西夏之 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置」【EDITOR’S NOTES】
国立国際美術館で開催中の「中西夏之 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置」は、戦後日本美術を代表する作家・中西夏之(1935–2016)の没後初となる大規模回顧展だ。生涯にわたり「絵画とは何か」を問い続けた中西が、最終的にどのような地点へと到達したのか。本展は、その軌跡を辿る試みだ。

展示室に入ってすぐの空間でまず目に入るのは、中西夏之が東京藝術大学在学中に制作した《天の岩戸》(1955)。そのすぐ隣の壁面には大きく開口部が設けられ、そこからは晩年の抽象絵画が視界に入る。作家としての出発点と到達点が一望されるこの構成は印象的で、展示の導入として強い引力を持っていた。
「中西夏之 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置」展は、初期から最晩年までの77点によって構成され、年代順に中西の制作の変遷を丁寧に追う内容となっている。
1935年に東京に生まれた中西は幼少期に戦争を経験し、戦後の混乱と再編のなかで青年期を過ごした。この時代は、「何を信じるべきか」が根底から揺らぐ状況にあり、美術においても既存の枠組みは再検討を迫られていた。伝統的な絵画観は自明のものではなく、新たな芸術のあり方が模索されていた。
1950年代末から60年代にかけて、日本ではネオ・ダダをはじめとする前衛芸術運動が興隆する。中西もこの動きに関わり、既製品や身体的行為、パフォーマンスを取り入れた実践へと接近した。そこでは「作品を制作すること」以上に、「芸術とは何か」を問い直す姿勢が重視されていた。絵画はキャンバス上の表現にとどまらず、物や行為、空間へと拡張されていく。

この時期の代表作のひとつ《洗濯バサミは攪拌行動を主張する》(1963)が展示されていた。複数のキャンバス上には無数の洗濯バサミが取り付けられ一部は山のようになっており、構造を理解するのに時間がかかった。もはや絵画というよりもオブジェに近い。同作からは絵画の制度そのものを疑い、「絵画から脱する」という中西の気迫のようなものを感じた。
同時期、中西は高松次郎、赤瀬川原平とともにハイレッド・センターの活動にも関わる。彼らは都市空間を舞台に、「首都圏清掃整理促進運動」といった行為を通じて、日常と芸術の境界を撹乱し、制度や社会の構造を露出させた。本展では、山手線を舞台にした一連のハプニングで用いられた《コンパクト・オブジェ》を通じて、当時の実践を伝えている。
さらに重要なのが、舞踏家・土方巽との関わりだ。1960年代、暗黒舞踏を創始した土方との協働を通じて、中西は「身体」と「見ること」の関係に深い関心を向けるようになったという。それが彼の絵画回帰へと繋がっていく。
その過程で中西が着目したのが「鉄道定規」だ。レールのような緩やかなカーブを描くためのこの製図器具を通して、彼は弧線を巨大な円の一部として捉え直し、「弓型が触れて」や、1980年代の「arc/ellipse」シリーズへと展開していく。作品には巨大な曲線が描かれ、実際の弓が取り付けられている。張り詰めた弓の形態を前にすると、画面全体に緊張が走るようで、その力がそのまま身体の運動へと重なって感じられた。
「arc/ellipse」シリーズの制作過程で導入されたのが、長い筆による描画だ。展示では、その様子のビデオが上映されていた。キャンバスを宙づりにし、中西は自身の身長ぐらいあるのではないかという長い柄の筆を用いて描く。手元の制御は不確かなものとなる上に支持体は揺れる。その中で描くという行為は、身体全体の動きをキャンバスに刻み付けることでもあるのだ。
本展で圧巻だったのは、1980年以降から最晩年までに描かれた大作が一気に並べられた後半部分だ。特に印象に残ったのは《紫・むらさきXVIII》(1983)など紫を使った作品。中西は、独自の三原色として「オレンジ、緑、紫」を定義づけた。彼が用いる紫はなんとも言えず美しい。図録によると、過去中西は染料系の透明な絵の具モーヴ・レッドシェードをジンクホワイトで調整し不透明な紫色にして使用していると明かしたという。
そして紫について、中西は1989年の著作『大活弧 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置』の中で、「紫は絵の一要素ではなく、絵を破壊する要素だ。紫色は祈るように塗る。(中略)又、自己放下そのものの体の感じを伴って、紫色はやわらかく、おだやかに、やさしく塗る」とも語っている。
1990年代以降、画面は次第に簡素化し、描写の量は抑制されていく。そのなかで登場するのが、中西が「白よりも白い」と感じた黄緑色。形態もまた、有機的で柔らかなフォルムへと変化していく。
それらの作品を前にした時、本展のタイトルにもなっている「緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置」という言葉が、実感を伴って理解できた。つまり中西にとって絵画とは、意味を伝達するものではなく、見る者が立ち止まり、時間をかけて向き合う状態を生み出す装置なのであり、本展はその思考の到達点を示している。
特別展「中西夏之 緩やかにみつめるためにいつまでも佇む、装置」
会期:3月14日(土)〜6月14日(日)
場所:国立国際美術館 地下3階展示室(大阪市北区中之島4-2-55)
時間:10:00〜17:00(金曜は20:00まで、入場は30分前まで)
休館日:月曜日(5月4日を除く)5月7日









