ART SGで検閲疑惑。ルー・ヤンの映像作品が大幅カット
2023年1月にシンガポールのマリーナベイ・サンズ・エクスポ&コンベンションセンターで初開催されたART SG。そのプラットフォームセクションで展示された、ルー・ヤンの作品《Electromagnetic Brainology!(電磁腦神教! 誕生!)》(2017)に対する検閲疑惑が浮上している。
ルー・ヤンは1984年中国・上海生まれのマルチメディアアーティスト。2019年のアート・バーゼルでBMWアートジャーニーを受賞し、2022年には東京の森美術館でも展示を行っている。
ART SGでのルーのビデオインスタレーションは来場者に概ね好評だったが、通常5本の作品のうち2本が上映されなかったため、一部では検閲を懸念する声が上がっている。
さらに、中央に配置されたメインの映像は、本来の13分から6分にカットされ、作品に描かれた4人の仮想神のうち、ヒンズー教の神カーリーとシヴァ神に酷似したキャラクターが欠落していた。一方、仏教の地の神と気の神をイメージしたものは残された。ちなみにオンラインではフルバージョンが公開されている。
Electromagnetic brainology!電磁腦神教! 誕生! from LuYang on Vimeo.
フェア直前に受けた、作品削除の要請
ART SGでルー・ヤンの代理を務めた上海のギャラリー、BANKによると、シンガポールの芸術とエンターテインメントのライセンスを管理する公的機関、Infocomm Media Development Authority(IMDA)から、《Electromagnetic Brainology!(電磁腦神教! 誕生!)》のビジュアルの一部に問題があると通告されたという。
BANK代表のマチュー・ボリセヴィッチは、US版ARTnewsの取材に対し、「IMDAからルーのビデオ作品は、16歳未満の閲覧を禁止するNC16評価との通達がありました」と答えた。それを受けてART SG側からは、作品はフェアのパブリックスペースに置かれるため注意喚起だけでは不十分だとし、映像の再編集を依頼してきたという。
ボリセヴィッチは、「当初は、作品に編集を加えることについて、全面的に反対しました。しかし、展示までに時間が無かったため、アーティストと話し合った結果、やむなく進めることにしました。今回の作品は、北京のMウッズ美術館での初上映時には全く問題ありませんでしたし、多くの子どもたちが楽しそうに映像の前で踊っていました。その後もアート・バーゼル香港をはじめ、世界各地で展示されていますが、今回ようなことは今まで一度もありませんでした」と話す。
フェアのプレビュー2週間前の12月28日、ルーはBANKから、作品に編集が必要だと知らされ、ショックを受けた。当時、彼女はコロンビアの島に滞在していたため、ギャラリーが映像作品の編集に協力したという。
ルーは、「ギャラリー側も(作品の編集は)私の作品に対して非常に失礼だと感じ、展示しないように提案してきました。しかし、ギャラリーは展示のためにすでに多くの支出をしており、多くの作業を終えていることを考慮し、その要請を受け入れました」とコメントする。
ブースの資材や、モニターなどの機材がギャラリーからシンガポールに送られる前に、ART SGが作品編集の件を伝達していれば、ルーは別の作品を発表できた可能性もある。
一方、ARTSGの広報担当者は、US版ARTnewsの問い合わせに対し、「全文を引用しない限り使用できない」とする、以下の長文の声明を送ってきた。
ART SGの公式公開プログラムとして上映される作品のうち、フィルムやビデオを媒体とする作品は、当然のことながら、IMDAに申請が行われます。ルー・ヤンの作品には映像が含まれており、当初IMDAは16歳未満の閲覧に適さないとしてNC16と評価されました。
私たちは、評価を受けるとすぐにギャラリーに知らせました。彼女の作品はパブリックスペースで上映される唯一の映像作品でした。子どもも入場できる公共エリアでは、NC16の警告付きで展示することができる状況ではなかったのです。
パブリックスペースでの展示を可能にするため、ギャラリーとの間で、作品の編集バージョンを作成することが合意されました。そして、ギャラリーから提供された短縮版をIMDAに再提出しています。その後、「PG 13」の評価に更新され、注意喚起の看板を掲げることで、制限なしに作品を上映できるようになりました。
このような事態を招き、作家とギャラリーに大変申し訳なく思っております。また、このような事態が2度と起こらないよう、今後のスケジュールとプロセスを見直します。
「公と私」の厳しい検閲に対抗する地元アート関係者
通常、シンガポールでは、美術展、演劇、音楽・ダンス公演、バラエティショー、コンサートなどは、免除されない限り、IMDAにArts Entertainment License(AEL)を申請し、評価を受ける必要がある。申請者は、IMDAの使用許諾条件を遵守し、該当する年齢制限を守るか、変更を加えなければならない。
IMDAの広報担当者は、メールでUS版ARTnewsの取材に応じ、「確かに、《Electromagnetic Brainology!(電磁腦神教! 誕生!)》の完全版は、NC16(一部成人向けコンテンツ)に分類されます」と答えた。IMDAのガイドラインによると、NC16は「不倫や、SMなど通常とは異なる性趣向、乱交、自殺、薬物・薬物乱用などを含む、16歳以上の視聴者にふさわしい成熟したテーマ」を対象としているとされる。
こうしたIMDAの勧告や格付けをかわすべく、地元で長く活動している芸術団体は、さまざまな工夫をとっている。例えば、地元のアートNPO法人OH!オープンハウスは、2023年1月にショッピング街の中心で開催された「For the House; Against the House: ______ is Dead」展など、シンガポールのさまざまな空間でパブリックアートを発表していることで知られている。
OH!オープンハウスの副ディレクター、Lim Su Peiは、「先月の展覧会で展示されたある作品についてIMDAから勧告を受けましたが、会場であるタングリン・ショッピングセンターの一部の店舗のガラスパネルを曇らせ、興味を持った観客だけが展示を見られるようにしました」と話す。
シンガポールは、他の芸術の都と同様、検閲の歴史がある。1994年、シンガポールのアーティスト、Josef Ngが自身の陰毛をトリミングしたパフォーマンス作品を発表したとき、芸術における猥褻性について激しい議論が交わされた。その後、1994年から2004年まで、パフォーマンス・アートに対する政府の助成が制限されることとなった。
しかし、作品に対する検閲を行うのは、政府よりも一般市民が先であることが多い。人々が性的に露骨であるとか、社会規範に反していると認識した芸術作品は、ネット上で炎上し、その後、関係する芸術団体やアーティストが撤回する傾向がある。
2018年にEsplanade - Theatres on The Bayで展示された、シンガポール人アーティストVincent Leowによる、鶏の上にまたがる裸の男性を描いたスケッチがそうだった。
最近では、ベルギーのアートコレクター、 Alain Servaisが、ART SGのためにシンガポールを訪れた際、ヒップスター街にあるアートギャラリー、Hatch Art Projectの入り口に、ベトナム人アーティストNguyễn Quốc Dũの個展「The Lives of Others」ポスターが「戦略的」に貼られていることをツイートしていた。Dũは、移民労働者やトランスジェンダーといったコミュニティに光を当て、プライベートな空間における彼らのヌード姿を描いた作品で知られている。
Servaisはスタッフから、ギャラリーの前を通る多くの人が作品を見て不快さを露わにしたため、Dũのヌード画を一部隠す目的でガラス扉にポスターを貼ったのだと説明されたという。US版ARTnewsはHatch Art ProjectとDũに連絡を取ったが、両者ともコメントを拒否している。
Servaisがいうように、「芸術とは、鑑賞者が考えたいこともそうでないことも、否応なく考えさせるものという側面がある。しかし、そうした作品を見ない選択は鑑賞者に委ねられるべきで、公的機関の決定や、最悪の場合、一般市民による検閲という根絶しにくい害悪によるものであってはならない」。(翻訳:編集部)
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