80億円のポロック極秘売却計画が頓挫──Pace創設者所蔵の重要作品

ニューヨークサザビーズジャクソン・ポロックの重要作品などを対象とした非公開オークションを極秘裏に計画していたことが明らかになった。しかし、十分な入札者を集められずオークションは実現に至らなかった。

ロンドンのPaceで開催された張洹の個展でのアーネ・グリムシャー(2014年4月24日撮影)。Photo: Ben A. Pruchnie/Getty Images for Pace London

6月2日、ニューヨーク・マンハッタンのブロイヤービルにあるサザビーズ本社の2階は、長時間にわたって関係者以外の立ち入りができなくなっていた。従業員でさえ、フロアに入ろうとすると警備員に止められたという。

通常はギャラリーとして使用されているこのフロアは、大規模かつ注目度の高いオークションの開催に使われる場所だ。昨年11月、グスタフ・クリムトの《エリザベート・レーデラーの肖像》(1914-16)が2億3640万ドル(最近の為替レートで約378億円、以下同)で史上2番目に高額落札され、近現代美術のオークション記録を塗り替えた現場でもある。

事情に詳しい関係者の話では、サザビーズの幹部クラスすら2階で一体何があるのか知らされていなかったが、その理由は、ジャクソン・ポロックの作品だった。

複数の情報筋によると、サザビーズは、Pace創設者アーネ・グリムシャー所蔵の重要なポロック作品《Number 19, 1951(ナンバー19, 1959)》のプライベート・オークションを企画していた。高さ約152cm、幅約122cmのカンバスに油彩とエナメルで描かれたこの力強い作品は、存在感のある黒い絵の具の筋が絡み合いつつ衝突する大胆な抽象画だ。伝えられるところでは、提示された希望価格は5000万ドル(約80億円)だったという。

今回のプライベート・オークションは、異例の厳重な情報管理の下で行われた。サザビーズのヨーロッパ地域チェアマンであり、同社の看板オークショニアでもあるオリバー・バーカーは、ロンドンでの夏のオークションシーズンが今月末に迫っているにもかかわらず、このためにロンドンから駆けつけている。バーカーは2日の午後、ミッドタウンを歩いているところを目撃され、すぐ近くのブロイヤービルにあるサザビーズ・ニューヨークのスタッフを驚かせた。ロンドンにいるものとばかり思われていたからだ。

関係者によると、バーカーは見込み客向けに送られたビデオに登場し、グリムシャーがコレクションの目玉作品の1つを手放すことを惜しんでいると話している。また、同コレクションには、美術館クラスのサイ・トゥオンブリーアグネス・マーティンの作品が数多く含まれているという噂もある。もし、このオークション計画が意図的に極秘で進められていたのであれば、その点では見事に成功したと言えるだろう。

しかし、この件に詳しい関係者によると、サザビーズはオークションを開催するに足る入札者を集めることができなかったという。結果、オークションは中止されたが、ポロックの絵がグリムシャーに返却されたのか、個人間のプライベートセールで売却されたのか、あるいはサザビーズに保管されたままなのかは明らかになっていない。サザビーズとPaceはともにコメントを控えるとしている。

サザビーズの元関係者は、今回の計画が注目に値するのは対象となった作品だけが理由ではなく、サザビーズにとって初の本格的なプライベート・オークションの試みだと見られる点にあると話す。

コロナ禍以降、クリスティーズもこうした非公開の取引への依存度を高めている。同社のグローバル・プレジデントであるアレックス・ロッターは、所有者が通常のイブニングセールのような公の場に出すことを望まない「最高品質かつ最高価格帯の作品のみが対象」だと以前の取材で答えている。

一方、《Number 19, 1951》(1951)は、これまで何度も一般公開されたことがある。1999年にニューヨーク近代美術館(MoMA)が開催した歴史に残るポロック回顧展に出展された際は、展覧会図録の293ページにミリー&アルネ・グリムシャー夫妻所蔵と記載されていた。

最近の出展事例には、ギャビン・デラハンティとステファニー・ストレインが企画した「Jackson Pollock: Blind Spots(ジャクソン・ポロック:ブラインド・スポット)」がある。2015年にテート・リバプールで開幕し、その後ダラス美術館に巡回した同展では、Paceを通して個人コレクションから貸し出されたとさりげなく記載されていた。

プライベート・オークションが予定されていた先週は、絶好のタイミングのように見えた。わずか2週間前の5月18日、メディア界の大物S・I・ニューハウスが所有していた幅約335cmのポロック作品《No. 7A(ナンバー7A)》(1948)が、クリスティーズ・ニューヨークで1億8120万ドル(約290億円)で落札され、ポロック作品のオークション最高額を更新したばかりだったからだ。しかし、その金額に疑問を呈した向きもある。そんな中、サザビーズの取り組みに詳しいある情報筋は、5000万ドル(約80億円)という提示価格は楽観的すぎたと言う。

アーネの息子でPace CEOのマーク・グリムシャーは先週、従来のメガギャラリーの事業モデルを見直す一環として、スタッフを約2割、所属アーティストを約3割削減すると発表した。プライベート・オークションが中止されたのは、その2日前のことだった。(翻訳:石井佳子)

from ARTnews

あわせて読みたい