取引の枠組みを超えて──ソウル発「Art OnO」が問い直すアートフェアの成功とは
今年で3度目を迎えたソウルのブティック型アートフェア「Art OnO」。韓国内外から35の出展者を集め、規模を絞りながらも多様なギャラリーや非営利機関を同じ会場に並べるこのフェアが目指すのは、取引の場という枠を超えたアートフェアのかたちだ。

世界の主要アートフェアの重要な役割は、国際的なギャラリーを集め、トップコレクターを呼び込み、販売につなげることだ。もちろん近年では、プログラムやキュレーションを重視する向きもあるが、成功の指標はあくまで数字であることに変わりない。
一方、「Young and Fresh, but Classy(若くフレッシュに、けれどもエレガントに)」をスローガンに掲げる韓国・ソウルのArt OnOは、2024年のローンチ以来一貫して、規模や効率ではなく、出展者を絞り込むことで生まれる「密度の高い対話」に価値を置いてきた。
「韓国のアートエコシステムを変える」
このフェアの思想を形づくっているのが、35歳のコレクターでありファウンダーでもあるノ・ジェミョンだ。妻のパク・ソヒョンとともにマイアミ、香港、パリ、東京、ニューヨークなどで作品を収集してきたノは、新進・中堅作家を中心に据えながらも、単なる新奇性ではなく、長く評価に耐えうる作品を見極めることを重視してきた。その視点は、自身のコレクションだけでなく、Art OnOの出展者選考にも反映されている。
Art OnOでは、市場での知名度や売り上げだけではなく、ギャラリーのプログラムの質や独自性が重視される。設立間もないギャラリーと国際的な実績をもつギャラリーが同じ会場に並び、いずれにも新しい提案が求められる。その狙いについてノはARTnews JAPANの取材にこう語る。
「私たちがArt OnOで生み出したかったのは、単に若手ギャラリーや新進アーティストのためのプラットフォームではありません。新しいギャラリーと、すでに実績のあるギャラリーの双方が、それぞれの立場から新鮮な提案を行える場を作りたかったのです。若いギャラリーにとっては、それが新しい声や視点を持ち込む機会になるかもしれません。一方で、キャリアあるギャラリーにとっては、意外性のあるプレゼンテーション、普段のプログラムではあまり前面に出ないアーティストを紹介することになるかもしれません」
こうした考え方はフェアの運営方針にも表れており、Art OnOに複数回参加している出展者は、その特徴を「韓国のアートエコシステムを変えようとする試み」と捉え、こう続ける。
「ファウンダーのノ・ジェミョンは、フェアを単なるビジネスとして成功させることよりも、韓国のアートエコシステムを変えることに重きを置いているのではないでしょうか。通常のフェア運営であれば、できるだけ多くのギャラリーを集め、高い出展料を設定しようとするでしょう。でも彼は真逆のことをやっています。参加ギャラリーの数を意図的に絞り、出展料も他の多くのフェアより低く抑えている。それは、彼が出展してほしいと考えるギャラリーを支えるためなのです」
ノは過去に、Art OnOの出展料は韓国の他フェアより「少なくとも40%低い」と説明している。また、多くのフェアで見られるような、若手・中堅・メガギャラリーといった区分を設けていないと同時に、作品の表現形式で展示される場を分別していない。異なるキャリアや規模のギャラリーを同じ空間で交わらせることもまた、このフェアの根底にあると言えるだろう。
対話の積み重ねが生む関係
こうした構成は、Art OnOを「商業的プラットフォームの枠を超えたもの」と位置付けるノの考え方と無縁ではない。もちろん、アートフェアである限り取引は重要だが、Art OnOが大切にしているのは、コレクターやギャラリーが実際に出会い、会話を重ね、そのつながりを時間をかけて育てていく点にある。Art OnOを歩いていて印象的だったのは、慌ただしい商談よりも、ギャラリストと来場者が作品について時間をかけて言葉を交わす光景だった。この姿勢について、初回から参加しているドイツのガレリー・ツィンク(Galerie Zink)のオーナー、ミヒャエル・ツィンクはこう語る。
「関係性を築くことはアジアの市場全体で重要なことですが、韓国においては成功の鍵そのものです。作品を売っておしまい、という接し方では何も始まりません。相手が望むものを考え、コレクターの目線に立って向き合う。そうした積み重ねの先に、ようやく本当の関係が生まれるのです」
同ギャラリーでは、フェア開催前夜のコレクターディナーから会期中まで、来場者との活発な対話が続いたという。Art OnOにやってくるコレクターについて、ツィンクはこう振り返る。
「何か気になる作品があれば、来場者たちは私たちに質問をしてくれます。そして耳を傾け、こちらも少し説明することができる。その先で何かが生まれる場合もあれば、何も起こらないこともある。でもそれでいいのです」

「大きくならない」という選択
今年のArt OnOで特に強化されたのが、非営利機関の参加だ。松隠アートカルチャー財団、全南道立美術館、水原美術館のほか、北京のX Museum、上海のfibre/áunn museumなどが商業ギャラリーと並んでブース構え、作品売買とは異なる視点から、美術作品を紹介した。このような空間設計についてノはこう語る。
「非営利機関も含め、異なる実践と視点を持ち寄ることで、より多層的で流動的な体験を作り出したいと考えています。こうした異なるアプローチは、フェアの中に多様なリズムを生み出し、来場者が単に取引の場として通り過ぎるのではなく、複数のかたちで関わることを促します」
一方で、この運営モデルを長期的に維持できるかは未知数でもある。出展料を抑え、参加数を限定する現在の仕組みは、投資フェーズだからこそ成立している面もあるだろう。それでもノは既存の大型フェアを目指すつもりはないと明言する。
「Art OnOの強みは、手を広げすぎず、ギャラリーの選定と展示構成の精度を高く保てること、そしてそれにより、さまざまな密度の関わりを生み出せることにあります。そうした関わりが生まれるのは、新進のギャラリーも実績のあるギャラリーも、予想を裏切る新鮮な作品を提示できる場があるからです。このあり方を保ちながら、意味のある国際的なつながりを築き続けることができれば、Art OnOはアジアに、より強靭なアートのエコシステムを作り出すことに貢献できると考えています」
この姿勢は、アートフェア業界全体の変化に対する応答でもある。過去10〜15年で、フェアはアート・バーゼルのような大規模な国際フェアと、より小規模な地域型フェアへと二極化してきた。そのあいだに位置する場について、ツィンクは「よくキュレーションされたフェアは希少になっています」と指摘する。
Art OnOは、アートフェアの従来とは異なる「成功のかたち」を探求する実験と言える。アートフェアは、本来、何を「売る」場所なのか。作品だけではなく、対話や信頼、そして新たなコミュニティもまた、その価値になり得るのか。Art OnOは、その問いを韓国から投げかけている。

















