分類法から抜け出して──渋谷の地下に生まれた「NONLECTURE books/arts」【アート好きのためのブックショップガイド】
アート好きにおすすめしたい個性豊かな書店を紹介する「アート好きのためのブックショップガイド」。第4回に足を運んだのは、渋谷・スペイン坂にオープンした「NONLECTURE books/arts」だ。

若者や観光客が行き交う渋谷・スペイン坂に、注意していなければ通り過ぎてしまいそうなほどさりげない入り口がある。地下に続く階段を降りると、それまでの喧騒は遠ざかり、天高のある広々とした空間が目の前にひらけた。
2026年3月にオープンした「NONLECTURE books/arts」は、実は書店を名乗ってはいない。ここの定義は「書籍、アート、展示、イベント、プロダクトがゆるやかにつながるスペース」だ。
あえて「編集しない」本棚
店内は個展やゲストを招いたトークセッションなどが開催できる広さ。壁にはアーティストの作品やヴィンテージポスターが並ぶ。フロアの一角にはカフェバーも併設され、淹れたてのコーヒーの香りが漂う。
そして書棚だ。昨今の書店には、店主が独自のテーマを設定し、それに沿って本を並べる編集された本棚があることも少なくない。しかし、NONLECTURE books/artsの主宰である持田剛は、そうした手法に以前から疑問を持っていたという。
「テーマに合わせて、AとCを繋ぐためにBという本を無理に差し込むようなやり方には違和感がありました。並びは綺麗でも、本当にその本が求められているのかと。私はどちらかというと、季節に関係なく決まったものを出すこだわりの寿司屋より、その時の旬のネタで一番美味しいものをただ並べたいという気持ちが強いんです」
その言葉通り、店内のテーブルには持田が考える旬が揃う。例えば、アメリカ人アーティスト、デヴィッド・ヴォイナロヴィッチの作品集『Arthur Rimbaud in New York』。1970年代後半のニューヨークで、詩人ランボーの仮面を被った人物を被写体にしたシリーズだ。
もともとはタブロイド紙に掲載され、2000年代初頭に出版された際には長らく幻の作品として10万円以上の古書価格がついていた図録が、メジャーな出版社から普及版として最近刊行された。持田はそうした本をいち早く見つけ出し、店頭に並べている。

名作の裏側を覗き込む
ジャンルや価格帯の境界線が溶け合う中で、持田の個人的な記憶や視点もさりげないアンカーとなって棚に奥行きを持たせる。
例えば、サム・コンティスがフォトグラファー、ドロシア・ラングを編集して制作した『Day Sleeper』。農村の困窮や日系収容所といった社会派ドキュメンタリーを撮影したラングの膨大なアーカイブから、あえて社会的な文脈を外し、お昼寝やまどろみといった極めて個人的な瞬間だけを抽出して編み直した写真集だ。
そのすぐ近くには、ケリー・コネルの『Pictures for Charis』。20世紀の写真家エドワード・ウェストンがミューズであった妻チャリスを捉えた有名なポートレート群を、クィアの写真家であるコネルが自らの同性の恋人をモデルに同じアトリエ、同じポーズで再現したものだ。巨匠の神話性に揺さぶりをかけるこの本が、出版から60周年を迎えたウェストンの写真集の隣にそっと置かれている。
別の棚を見れば、マイルス・デイヴィスらのレコードジャケットを手がけた画家マティ・クラルヴァインの25,000円の値がつく絶版古書や、状況主義(シチュアシオニスト)の書籍も混ざる。本と本が偶然に隣り合うことで、なんだか博識な友だちの家の本棚を覗き見ているような面白さがある。

原っぱのような余白
空間のあり方自体もユニークだ。そのベースにあるのは、持田が以前から感銘を受けていた建築家・青木淳の著書『原っぱと遊園地』の概念。あらかじめ遊び方が決められた遊園地ではなく、集まった人が自由に過ごし方を見つける原っぱ。本屋やギャラリーと用途を限定せず、得体の知れないスペースを担保しておくことで、新しい可能性が生まれると考えている。
そもそも「NONLECTURE」という店名も、詩人E.E.カミングスが型通りの講義を拒んで自らの生き方を語った講義録『i: six nonlectures』に由来する。訪れる者に解釈を押し付けず、自分なりの距離感で時間を過ごせる空き地という姿勢の表れだ。
それは、店内に併設されたアウトドア・スポーツアパレルメーカーであるゴールドウインのコーナーにも見てとれる。「ゴールドウインは、人間と自然、環境との関わりという広い視座を持っています。実は、彼らの哲学に寄り添うようなグローバルなネイチャー系のアート図録は数多く存在しているのに、日本の市場ではふるい落とされてしまうことが多いんです。それを紹介する場になればと思っています」と持田は語る。
常設エリアには鳥の巣や繭といった自然界の構造美を集めた写真集や、写真家テリ・ワイフェンバックが雲の観測所に通い詰めて撮影した『Cloud Physics』など、自然科学や環境をテーマにしたアートブックが独自の引力を放っている。

本屋の枠にとらわれないように
アートブックをただ陳列するのではなく、空間の余白に出来事を持ち込む。そんな現場感あふれる独自の視座は、持田が歩んできた四半世紀のキャリアの中で培われたものだ。
というのも、彼はこれまでタワーレコード渋谷店の洋書フロア「TOWER BOOKS」や代官山蔦屋書店の立ち上げ、MARC JACOBSが手掛ける「BOOKMARC」のディレクションなど、長年にわたり本の買い付けやギャラリー空間のプロデュースを手がけてきた。「本屋の枠にとらわれず、イベントもできる場所を作りたい」という自身の哲学を形にするべく、現在の地下スペースに初めて自身の拠点を誕生させたのだ(例えば、9月12日にはポラロイドの写真シリーズで知られるスウェーデン出身のアーティスト、ヨーガン・アクセルバルによる『Art Rat』出版記念トークを開催予定だ)。
本を売るだけでなく、空間にアートや出来事を持ち込む実践の積み重ねが、このNONLECTURE books/artsという空間に一本の太い芯を通している。現場で培われた確かな目利きと、実直な思いで構成されたこの自由な原っぱに足を踏み入れれば、きっと自分だけの特別な一冊が見つかるはずだ。

ARTnews JAPAN読者におすすめの1冊
『Tibor Kalman: Perverse Optimist』
ティボール・カルマン、ピーター・ホール(編)〈Princeton Architectural Press〉
持田が選んだのは、1990年代の雑誌『COLORS』の編集長であり、伝説的なグラフィックデザイナーとして知られるティボール・カルマンの作品集。社会的なメッセージをユーモアたっぷりに表現した彼の軌跡が詰まった一冊だ。
「収録されている『FUCK COMMITTEES(I believe in lunatics)』というエッセイにずっと痺れているんです。企業文化にクリエイティビティが乗っ取られていくことへの痛烈な告発でありつつ、最後は『そんな中にも狂った企業家たちがいて、彼らはあなたと同じクリエイターだったかもしれない』と締めくくられる。私にとって、今回のプロジェクトに賛同してくれたパルコやゴールドウインは、まさにそんな型破りな『企業家たち』なんです」
NONLECTURE books/arts powered by Goldwin
東京都渋谷区宇田川町16-9
渋谷ZERO GATE B1
営業時間:11:00〜21:00
ヨーガン・アクセルバル『Art Rat』出版記念トーク「ヨーガン・アクセルバル『Art Rat』ができるまで──写真と言葉で綴る30年の記憶」
日時: 9月12日(土)16:00〜17:00
会場: NONLECTURE books/arts(渋谷)
登壇者: ヨーガン・アクセルバル、アガ・デ・ロス・サントス
モデレーター: 名古摩耶(ARTnews JAPAN)
参加費:1,000円+1ドリンク代







