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ロシアの美術館警備員、のっぺらぼうの人物画にイタズラしたワケを語る

2021年12月、エカテリンブルグのエリツィン・センターで、顔がない人物の絵に目を描き込んだとして元警備員の男が逮捕された。その元警備員が、ロシアのニュースサイト「E1」のインタビューに対し、自らの器物損壊行為について口を開いた。

アンナ・レポルスカヤ《Three Figures(3人の人物)》(1932-1934) State Tretyakov Gallery
アンナ・レポルスカヤ《Three Figures(3人の人物)》(1932-1934) State Tretyakov Gallery

男の名はアレクサンドル・ワシリーエフ。アフガニスタン紛争とチェチェン紛争で勲章を授与されたこともある退役軍人だ。彼は、取材を行なったジャーナリストのエレナ・パンクラシェワに対し、アンナ・レポルスカヤが20世紀に描いた絵を「子どものお絵かき」だと信じ、十代の若者たちに頼まれて目を描いたと主張。63歳の元警備員はこう言った。「自分は愚かだが、何をしたというんだ」

このニュースは2021年12月から流れていたが、今年2月にタブロイド紙が取り上げて以来、初出勤の日に起きたコミカルな惨事としてソーシャルメディアで面白おかしく取り沙汰されるようになった。しかし、ワシリーエフの話は笑い事とは言えない。現役時代に重いケガを負った彼は、退役軍人仲間のおかげでエリツィン・センターでの仕事を得ることができたと説明しつつも、悩みを抱えている様子なのだ。

ワシリーエフは、1994〜96年にかけてのチェチェン第一次紛争で身体中に銃弾を受け、頭部と肺も負傷した。この時の勇敢な戦いが認められ、勲章を授与されている。E1によると、彼は過去何年もの間、様々な企業で警備員の仕事をしてきたが、「心理面や情緒面」へのダメージは一生残るものだという。また、私生活でも多くのトラウマを抱えている。妻と一人息子を亡くしているのだ。本人は、エリツィン・センターでの仕事は精神的にも身体的にも負担が大きすぎるかもしれないと不安に思っていたそうだ。

「初めは断ろうと思っていた。1日中立ちっぱなしなのは無理じゃないかと不安だったから」と、ワシリーエフは足の古傷のことを話している。しかし、「1回シフトが終わったら、すぐに給料を払うと言われて出勤することにしたんだ」

エリツィン・センターでは抽象芸術の展覧会が始まったところで、その中にモスクワの国立トレチャコフ美術館が所蔵するアンナ・レポルスカヤの絵画もあった。ワシリーエフはこの展覧会について、「正直なところ、こうした作品はあまり好きじゃない。印象は悪かった」と話す。

ワシリーエフは、自分の行動を破壊行為だとするのは誤解だと言う。「絵を鑑賞する人たちを見ていたら、16、17歳の若者たちが絵の前で議論しているのに気づいた。どうして目がないのか、口もないし、美しくない、と。すると、そのグループの女の子たちが私のところにやってきて、『目を描いてよ。ここで働いているんでしょ』と頼むんだ。『この絵は君たちが描いたの?』と聞くと、『そうよ』と答えてペンを差し出したから、それで目を描いた。彼らが子どもの頃に描いた絵だと思ったんだ!」

レポルスカヤの《Three Figures(3人の人物)》は、1932〜34年の間に描かれたもので、7500万ルーブル(140万ドル)の保険がかけられていた。国立トレチャコフ美術館に返却されたこの作品の修復費用は、25万ルーブル(4600ドル)と見積もられている。また、エリツィン・センターで展示中の他の作品には、保護用のスクリーンが設置された。

この事件は、二人の来場者が落書きに気づいて美術館のスタッフに知らせたことから発覚し、2021年12月7日に第一報が報道されている。エリツィン・センターは警察に告訴したが、エカテリンブルグ当局は当初、損傷が「軽微」だとしてワシリーエフへの告訴を取り下げた。

英ガーディアン紙は、その後ワシリーエフは破壊行為で起訴され、この絵の保険額に相当する罰金、および最長1年の懲役刑または最長3カ月の禁錮刑に処される可能性があると報じている。また、E1の記事が伝えるところによると、ワシリーエフに目を描くよう頼んだとされる十代の若者たちは監視カメラには映っていなかったという。

ワシリーエフの現在の妻はE1に対し、彼は「日常生活では極めて普通」ではあるが、「どこか子どものように素朴で人を信じやすいところがある」と話している。(翻訳:平林まき)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年2月14日に掲載されました。元記事はこちら

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