価格高騰が続く南アジア・アート市場で「贋作」が急増──インドでは「10点に1点が偽物」の可能性

国際的な注目が高まり、価格高騰が続く南アジアのモダンアート。その活況の裏で、贋作の急増が深刻な問題となっている。専門家さえ欺く偽物も現れるなか、市場への信頼低下を懸念する声が上がっている。

Ganesh Pyne’s The Fisherman, estimated at $340,000 to $476,000, sold for $5.22 million at Christie's London earlier this year. Christie's Images Ltd.
今年6月、クリスティーズ・ロンドンで522万ドル(約8億2000万円)で落札されたガネーシュ・パイン(Ganesh Pyne)の《The Fisherman》(1979)。Photo: Christie's Images Ltd.

南アジアのモダンアート市場が好調だ。昨年の同分野のオークション売上高は1億ドル(最新の為替レートで約158億円、以下同)を突破し、相次いで落札記録が更新されたほか、今夏には、クリスティーズサザビーズがともにロンドンで大々的に取り上げた。

しかし、こうして新たな資金が流れ込むなか、ある問題が浮上している。贋作だ。

フィナンシャル・タイムズによると、ディーラーや専門家は、S・H・ラザ(S.H. Raza)、M・F・フセイン(M.F. Husain)、サデクイン(Sadequain)らの作品価格が上昇するにつれ贋作も急増していると指摘する。インドを代表するモダニストたちを存命中から扱ってきたムンバイのディーラー、ダディバ・プンドールは、インドで個人間取引される近代美術作品の10点に1点ほどは贋作の可能性があると指摘する。

「贋作は以前から存在していましたが、この15年での作品価格の上昇に伴って急増しました。今や深刻な脅威になっています」

ロンドンのグロブナー・ギャラリーのチャールズ・ムーアによると、個人の売り手から贋作とみられる作品が「2週間に1度」もの頻度で持ち込まれるという。かつて贋作者が狙うのは、もっぱら「最も著名な」作家だった。しかし現在では、「中価格帯の作家を偽造しても割に合う」ほど価格が上昇しているとムーアは話す。

価格高騰で中堅作家まで贋作の標的に

その誘惑の大きさは、数字を見れば理解できる。前述のとおり、南アジアのモダンアートは2025年、オークションでの売上高が1億ドル(約158億円)を突破し、ここ数年続いてきた市場の力強い成長を裏付ける結果となった。6月には、クリスティーズ・ロンドンが2019年以来となる南アジア美術に特化したオークションを開催し、出品された93点はすべて落札、売上高は2550万ドル(約40億円)に達した。なかでもガネーシュ・パイン(Ganesh Pyne)の《The Fisherman》(1979)は、予想落札価格34万~47万6000ドル(約5400万~7500万円)に対し、522万ドル(約8億2000万円)で落札され、作家のオークション記録を更新した。

贋作問題はインドだけにとどまらない。パキスタンでは、ラホールを拠点とするアーティストで研究者のサリマ・ハシュミは、WhatsApp上で売りに出されている近代美術の贋作とみられる作品画像を、年間60~70点ほど目にするという。しかし、その多くは経験豊富な買い手によって見破られる。問題は、見破られなかった作品が市場に出回ることだ。

6桁ドルで取引されることもあるパキスタン近代美術の巨匠、サデクインの市場は、その危険性を物語る一例だ。専門家らがフィナンシャル・タイムズに語ったところによると、大量の贋作が流入したことで、すでにサデクインの市場には冷え込みが見られるという。コレクターのハミード・ハルーンは同紙に対し、「本物かどうかの見分けもつかない中で、誰が高値を払いたいと思うでしょうか」と語っている。

専門家も欺く贋作の巧妙化

贋作そのものも巧妙化している。ハルーンによると、初期の贋作は粗雑なものが多く、悪質なディーラーのために困窮したアーティストが安価に制作していたケースもあった。ところが現在では、専門家でさえ欺かれるほど精巧なものもある。作品に関する資料が乏しく、包括的なカタログやアーカイブもほとんど整備されていない市場環境が、こうした状況に拍車をかけている。そのため、真贋の判断はディーラーやコレクター、専門家の「目」と「記憶」に大きく頼らざるを得ない。

さらに厄介なのが、ある作品を贋作だと公に指摘すること自体にリスクが伴う点だ。インドとパキスタンには刑事上の名誉毀損に関する法律があり、たとえ専門家であっても、疑わしい作品について公然と異議を唱えることをためらう要因になっている。ムンバイのベテランディーラー、シリーン・ガンディーもフィナンシャル・タイムズの取材に対し、「公には何も言えません。でも、知り合いになら個人的に『手を出さないほうがいい』と言うことはできます」と打ち明ける。

オークションハウス側も独自の対策を講じている。サザビーズで南アジア近現代美術部門を率いるマンジャリ・シハレ=スーティンによると、同チームでは真贋への懸念から、オークション1回につき平均2点の出品を見送っているという。十分な来歴資料がない作品については、外部の専門家や作家の遺族に意見を求めるほか、同部門が長年にわたって蓄積してきた未公開資料のアーカイブも活用する。そして、美術取引において昔から重要視されてきた、よりアナログな手段もある。とにかく数多くの作品を見ることだ。

「長年にわたって膨大な数の作品を見ることで、目は鍛えられます」とシハレ=スーティンは話す。それでも判断がつかなければ、「私たちは単純に出品しません」。

一方、市場全体を監視するのはさらに難しい。昨年、オンライン販売は世界のアート市場の15%を占めるまでになった。コレクターは今や、世界の反対側にある小規模なオークションハウスからでも、カタログ写真だけを頼りに作品を購入できる。その結果、美術取引に長く存在してきた一つのフィルター、つまり作品を見極める目を持ったディーラーの存在が介在しない取引も増えているのだ。

中国や日本、世界に広がる贋作問題

もちろん、この問題に直面しているのは南アジアだけではない。先月、中国の上海嘉禾拍賣(Shanghai Jiahe Auction Co.)の元幹部2人が、詐欺事件をめぐってそれぞれ禁錮14年6カ月と12年の判決を受けた。この事件では、あるコレクターが40点以上の品に約7400万ドル(約109億円)を支払ったが、その多くが後に偽物、あるいは実際の価値を大幅に上回る価格が付けられていたことが判明した。

なかには、ほとんど滑稽と言っていいほど極端な例もあった。清の第6代皇帝、乾隆帝の時代の作として24万7000ドル(約3600万円)で売却された壺が、のちの鑑定で約37ドル(約5800円)相当の現代の複製品と評価されたのだ。

一方、日本でもここ数年、別の贋作問題への対応が続いている。悪名高いドイツ人贋作者、ヴォルフガング・ベルトラッキに関連する作品が、美術館や企業、ギャラリーのコレクションから相次いで見つかっているのだ。US版ARTnewsが昨年報じた通り、日本の山田養蜂場グループが所蔵し、長年モイーズ・キスリングの傑作とみなされてきた絵画が、ベルトラッキに関連する作品であることが発覚した。それ以前にも、日本の美術館からベルトラッキによるものと疑われる作品が発見されている。1996年に高知県立美術館が購入したハインリヒ・カンペンドンク作とされる作品《少女と白鳥》もその一つだ(編注:同美術館は昨秋、「再考《少女と白鳥》 贋作を持つ美術館で贋作について考える」と題した展覧会で、この作品を公開している)。

南アジア美術にとって、この問題が表面化したタイミングはとりわけ厄介だ。ディーラーやコレクターが何十年もかけて築こうとしてきた国際的な注目を、まさに今、この分野が集めているからだ。新たな買い手が参入し、価格も上昇している。そして作品の価値が高まれば高まるほど、贋作を作る「うまみ」も増していく。

プンドールは、その危険性は個々の贋作だけにとどまらないと考えている。たった「一つのスキャンダル」で、ある作家、ひいては市場の一分野全体に対する信頼が損なわれかねないという。(翻訳:編集部)

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