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コラージュ作品が物語る暴力の歴史。トロイ・モンテス=ミッチーの個展から

美術史上、コラージュに取り組んできたアーティストには長い系譜がある。その起源は、キュビスムのアーティストによる初期の実験的創作だった。

トロイ・モンテス=ミッチー《America Is Woven of Many Threads #1(アメリカは沢山の糸で編まれている #1)》(2019) Courtesy The Artist and Company Gallery, New York
トロイ・モンテス=ミッチー《America Is Woven of Many Threads #1(アメリカは沢山の糸で編まれている #1)》(2019) Courtesy The Artist and Company Gallery, New York

キュビスムの実験を引き継いだダダイスムの作家たちは、第一次世界大戦がもたらした不条理に対する行動を起こし、素材を再利用したり組み替えたりする試みを行った。その一人であるジャン・アルプは、「我々チューリッヒの作家は、第一次世界大戦の残虐さに嫌悪感を抱き、芸術に没頭した。遠くで銃声が鳴り響く中、全力で歌い、絵を描き、コラージュや詩を作った」と書いている。当時の芸術家の周囲には、殺りくを反映したある種の暴力性が潜んでいたのだ。

それからほぼ1世紀を経て、アーティストのトロイ・モンテス=ミッチーは、暴力性を抑えた独自のコラージュを模索し始めた。1985年生まれのモンテス=ミッチーは、テキサス州エルパソで過ごした子ども時代の記憶を呼び覚まし、メキシコとの距離の近さについて考えをめぐらせることから始めたという。

最近ズームで行ったインタビューで、彼はこう語った。「メキシコと重なり合う部分もあるのに、分断もあるという感覚を幼心に抱いていた。メキシコの川や橋がすぐそこに見えていて、1キロ半ぐらいしか離れていないところにあるというのに」。彼はアーティストとして成長するにつれ、この生きた経験を表現する手段としてコラージュがふさわしいと考えるようになる。「自分にとって、切るという行為は暴力ではなく、自分たちの輪郭について考えるための方法なんだ」

モンテス=ミッチーの試みは、2019年のホイットニー・ビエンナーレで展示された《Los Atravesados/The Skin Of The Earth Is Seamless(交差/地球の肌に縫い目はない)》(2019)などの印象的な作品に結実している(作品名は、モンテス=ミッチーが影響を受けたグロリア・アンザルドゥアの1987年の著書、『Borderlands/La Frontera(国境地帯/国境)』にちなんだもの)。この作品では、ストライプの服を着てくつろぐ男たちの写真が切り抜かれて網目のようにコラージュされており、男たちの姿は背景に隠れたり、前面に出たりしている。このシリーズの作品は今、モンテス=ミッチー初の大規模な回顧展で展示されている。

「Rock of Eye(ロック・オブ・アイ)」と題された回顧展は、ロサンゼルスにあるカリフォルニア・アフリカン・アメリカン博物館(CAAM)で2月16日から9月4日まで開催される。CAAMは、ニューオーリンズのRivers Institute for Contemporary Art & Though(リバーズ・インスティテュート・フォー・コンテンポラリー・アート&ソート)と共同で同展を企画している。ニューヨークを拠点とするモンテス=ミッチーは、(コロナ禍のためリモートだったが)、Rivers Instituteでリサーチレジデントをしていた。

「Rock of Eye」という展覧会名は、きちんと寸法を測らずに裁断することを意味する洋服仕立ての用語に由来している。自身の制作過程を「直感的」と考えるモンテス=ミッチーにふさわしいタイトルだ。本人は、「昔からそうだったわけではないけれど、長い間同じ材料を使っていると、自分の制作過程で何が必要か直感的にわかるようになる」と説明する。

彼のコラージュ作品の多くは、古い雑誌の黒人男性の写真を素材としている。初期の作品には、ポルノ雑誌の切り抜きらしき男性ヌード写真を、人体が抽象化されるほど複雑に組み合わせたものもある。こうした写真は、「有色人種の男性、有色人種の身体をモノとして扱う」写真家によって撮影されたものだと彼は言う。そして、でき上がった作品は、コラージュによる省略や追加によって二重に見えたり、見えにくかったりと、複雑な表現になっている。

トロイ・モンテス=ミッチー《Foreground As Background(背景としての前景)》(2018) Courtesy The Artist and Company Gallery, New York
トロイ・モンテス=ミッチー《Foreground As Background(背景としての前景)》(2018) Courtesy The Artist and Company Gallery, New York

2016年のアメリカ大統領選の頃、モンテス=ミッチーの制作には変化が訪れた。ドナルド・トランプの発言を聞いて、家族の歴史を振り返るようになったのだ。自分の継父が、ズートスーツ(*1)はメキシコが起源だと主張していたことを思い出し、その誤解に興味を持った彼は、ズートスーツの歴史を知ろうと資料をあさり、起源がハーレムにあることを突き止めた。「米国初のスーツだということも、有色人種の男性だけでなく女性も着ていたということも知らなかった」

*1 20世紀前半にアフリカ系・メキシコ系・フィリピン系・イタリア系アメリカ人の間で流行したスーツ。上着が長く、ダブダブしているのが特徴。
トロイ・モンテス=ミッチー《Untitled (Stripes)(無題〈ストライプ〉)》(2019) Courtesy The Artist and Company Gallery, New York
トロイ・モンテス=ミッチー《Untitled (Stripes)(無題〈ストライプ〉)》(2019) Courtesy The Artist and Company Gallery, New York

こうした資料を調べる中で、モンテス=ミッチーは米国の長年にわたる人種差別の歴史と向き合うことになる。たとえば、1943年にロサンゼルス市議会議員がズートスーツを非合法なものとしたことから暴動が起きている。禁止令の名目は第二次世界大戦による布地不足対策とされたが、これは暗に人種差別的なものだった。同年のロサンゼルス・タイムズ紙の報道で分かるように、ズートスーツはそれを着用するグループの「非行の象徴」と見なされていたのだ。白人の軍人がメキシコ系やフィリピン系市民を街中で襲撃したこの事件は、「ズートスーツ暴動」として全米で大きなニュースになった。

現在CAAMで展示されているズートスーツをテーマにした作品は、モンテス=ミッチーがニューヨークの図書館などでリサーチをしているうちに、敵の知覚を撹乱するのに軍隊が用いるカモフラージュの理論に触れるきっかけにもなった。モンテス=ミッチーは次のように述べている。「カモフラージュの目的は混乱させること。それを、新しいアイデンティティを作り出そうとする有色人種に対する米国の白人たちの混乱と重ね合わせた」

さらに、写真のコラージュに独学で学んだ縫製技術を応用するようにもなった。布地を貼り付けた作品もあり、その縫い目は傷を治すための縫合糸のようにも見える。CAAMの回顧展で展示されているコラージュ作品《Untitled (Feeling Blue)(無題〈ブルーな気分〉)》(2020)では、二人の男性の裸体が合体し、一人の足がもう一人の背中から生えているかのように見える。二人の体を縦断しているジグザグの縫い線は、人物と同じように糸がしっかりと組み合わさっている。

今回の回顧展の共同キュレーターは、Rivers Institute創設者のアンドレア・アンダーソン、Rivers Instituteでキュレーターを務めるジョーダン・アミルカニ、そしてCAAMのキュレーター、テイラー・レニー・アルドリッジ。アンダーソンは、「トロイのコラージュ作品が歴史的な暴力を告発するものだとしても、作品の中に暴力性は感じられない。それはこれらの作品の役割ではない」と評価し、次のように続ける。「コラージュ作品は関係性を形成する力を持つが、その関係性には形式主義的なもの、つまり純粋な美しさもある」(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年2月16日に掲載されました。元記事はこちら

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