女性とクィア不在の出品リストに男性作家が抗議。サザビーズがオークションを開始2日で中断
サザビーズのデジタル・NFTマーケットプレイス部門である「サザビーズ・メタバース」で始まったばかりのオークションが中断された。出品作家に女性が1人も含まれていないことへの抗議を受けての措置だ。
サザビーズ・メタバースは、3月24日にグリッチ・アート(*1)作品を集めたオークション「Natively Digital: Glitch-ism」を開始したが、著名なグリッチ・アーティストのパトリック・アマドンが、このオークションに女性アーティストの作品が全く含まれていないと抗議。アマドンが自らの出品を取り下げたため、開始から2日後の26日にオークションはいったん中断されることとなった。
*1 デジタルデータを破壊したり、電子機器を操作したりすることで、画像・映像・音声のエラーを故意に引き起こし、それをアートに用いるもの。
これを受けてサザビーズ・メタバースは同日中に、公式ツイッターアカウントを通じて、「サザビーズはオークションに出品された作品のジェンダー不均衡を是正するため、『Glitch-ism』のオークションを中断しました。後日、アーティストの構成をより公平で多様なものに改善したうえで再開する予定です」と発表した。
またパトリック・アマドンは上記のツイートに先立って、女性やクィアのグリッチ・アーティストと「連帯」するために作品をオークションから外すとツイッターで表明。なお、他の出品作家に同じような動きはない。
「Glitch-ism」は、サザビーズが定期的に開催している「Natively Digital」シリーズのオークションの一環で、これまで主要なオークションで取り上げられてこなかったグリッチ・アートが初めて脚光を浴びる歴史的瞬間になるはずだった。
アマドンの対応には、こんな背景がある。グリッチ・アートは、静電気やノイズ、ピクセル化などで動画がブロック状になったり、画像がギザギザになったりするグリッチ(技術的エラー)を、美的、詩的、政治的な表現に用いるもので、「失敗」を表現し、ひいては失敗がもたらす新たな可能性や逸脱を表現する手段として、多くの女性やクィアのアーティストを惹きつけてきた。キュレーターのレガシー・ラッセルは、2020年に出版された著書『Glitch Feminism』で、グリッチ・アートとフェミニズムの関連を論じている。
グリッチ・アーティストの1人、ローザ・メンクマンはUS版ARTnewsに、「2023年の今、男性アーティストの作品だけを取り上げるのは時代錯誤と言わざるをえません。しかもグリッチ・アートというジャンルでそんなことをするなんて、ありえません」と語っている。
メンクマンの指摘によると、オークションに付随するグリッチ・アートの歴史に関する解説では、彼女の作品の1つが紹介され、このジャンルの先駆的な作家であるだけでなく、その理論化に貢献したことにも触れられている。サザビーズはメンクマンの功績を認めながら、オークションでは取り上げなかったのだ。
しかし、メンクマンが問題視するのは、オークションに自分の作品が出ていないことではなく、そもそもグリッチ・アートは、その始まりからずっと女性やクィアのアーティストによって形成されてきた運動だとの歴史認識が欠けていることだという。
「オークションハウスが、アートの特定のジャンルや美学、系譜に関する定義を行う必要はないと思います。とはいえ、世の中のさまざまな組織と同様に、ある程度の責任感と配慮は必要です。そうでないと、オークションハウスの信頼性が損なわれるだけでなく、多方面に悪影響を及ぼすことになるでしょう」
サザビーズのプレセール・コーディネーターで、今回のオークションを企画したデイヴィス・ブラウンは、グリッチ・アートの複数の専門家に、このジャンルに関するリサーチとアーティストの推薦を依頼したという。
そのうちの1人であったドーニア・ダークストーンは、26日にツイッターでメールのやり取りを公開。その中で彼女は、オークションのコンサルティングには協力したいが、無償というわけにはいかないと明確に伝えている。しかし、ブラウンは「委託契約はしない」として、その申し出に応じなかった。サザビーズはUS版ARTnewsのメール取材に対し、コンサルタントとの料金交渉は日常的なものだと説明している。
一方、ダークストーンは、「コンサルティングを無報酬で依頼してきたサザビーズに怒りを覚えました。それでも、オークションのページでローザ・メンクマンの作品が大きく取り上げられているのを見たときは、とても嬉しかった」と話す。しかし間もなく、メンクマンも含め、女性やクィアのアーティストが1人も実際のオークションに出品されていないことに気づき、「まるで平手打ちを食らったようだった」と落胆を隠さない。
オークションに関する議論がSNS上で盛り上がる中、パトリック・アマドンは、この騒動を知って参加の取りやめを決断したという。アマドンは最近、香港で作品が検閲を受け撤去されたばかりだった。
「このまま参加するのは納得がいかなかったし、女性、そして性自認や性表現を男女二元論に当てはめないノンバイナリーのグリッチ・アーティストと連帯したかった。オークションに取り上げられることは、アーティストのキャリアに勢いを生み出す原動力になる。本来、表に出るべきアーティストが、オークションから排除されることで切り捨てられてしまうという悪循環が続くことを懸念している」
メンクマンとダークストーンは、その後サザビーズから連絡を受け、それぞれアーティストとキュレーターとしてオークション企画に参加してほしいという仮のオファーを受けたという。ダークストーンはこの動きを、抗議によってもたらされた歓迎すべき結果と受け止め、こう続ける。
「ひとまずは安堵しました。アートのコミュニティが一体となって不正義に対して声を上げれば、よい変化を起こすことができることが示されたと思います」(翻訳:清水玲奈)
from ARTnews