「アート×特区」で不動産価値を高める~戸田建設の挑戦

いくつもの大規模再開発が進行中の東京都内で、ビルや街区はいずれも似たり寄ったりになりがちだ。そんな中、アートを特色にした開発を進めているのが、東京・京橋の「京橋プロジェクト」だ。戸田建設が街区開発事業者となって建設中の超高層複合ビルは、他のエリアや物件との差別化を「アートの力」に託した。新型コロナによる生活様式やオフィス需要の変化もあり、より厳しさが増しているとされる不動産賃貸事業で、アートが物件の魅力を高める新たな価値基準となる、かもしれない。

新TODAビル1、2階の完成予想図。ビルの公共空間をアートが彩る。中央通りに面した広場と一体となる1階のエントランスロビーにも、2階の回廊(コリドー)にも、アート作品が置かれる。パースは戸田建設提供(以下同)新TODAビル1、2階の完成予想図。ビルの公共空間をアートが彩る。中央通りに面した広場と一体となる1階のエントランスロビーにも、2階の回廊(コリドー)にも、アート作品が置かれる。パースは戸田建設提供(以下同)

建設業から不動産業に進出、アート事業も自社運営

JR東京駅八重洲口から徒歩5分、アーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館)の隣、中央通りに面して、建築中のビルがある。「(仮称)TODA BUILDING(以下、新TODAビル)」(東京都中央区)だ。開発事業者である戸田建設の旧本社ビル跡地で、完成は2024年9月の予定。この地で122年間、建設業を営んできた同社は近年、不動産事業にも進出している。新社屋にもなるこの新TODAビルで、同社は賃貸事業を展開しつつ、アート事業も自社運営する。

京橋エリアは、今では都内有数のオフィス街だが、江戸時代から職人の街として栄え、絵師も多く住んでいたという。戦後は古美術、工芸、絵画や彫刻などを扱う専門店が軒を連ね、骨董(こっとう)通りには今も古美術店やギャラリーが集まる。そうした、ものづくりの街ならではの歴史を踏まえて、都市再生特別地区(特区)を申請した。

都市再生特区「京橋1丁目東地区」は、新TODAビルと、隣接する「ミュージアムタワー京橋」(低層部がアーティゾン美術館)の2街区計約1.6ヘクタール。街区を「京橋彩区」と名付け、新しい芸術文化の発信拠点の形成を目指す。

新TODAビル(右)の完成予想図。左隣は永坂産業が2019年に完成させたミュージアムタワー京橋。石橋財団が運営するアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館/1~6F)とオフィスフロアで構成されている。両ビルの低層部分がアートエリアになる新TODAビル(右)の完成予想図。左隣は永坂産業が2019年に完成させたミュージアムタワー京橋。石橋財団が運営するアーティゾン美術館(旧ブリヂストン美術館/1~6F)とオフィスフロアで構成されている。両ビルの低層部分がアートエリアになる

アーティゾン美術館とともにアートエリアを形成

うち、新TODAビルは、地上28階、地下3階。8~12階には戸田建設の本社が戻り、13~27階はオフィスフロアとしてテナントに貸し出す。さらに6階までの低層部を、芸術文化のスペース「文化貢献施設(アートエリア)」として文化関連施設だけで埋める。

「都市計画における特区としての社会貢献、役割を考えた時、京橋の歴史を生かし、芸術・文化に関連する施設を造りたいと考えました」と語るのは、戸田建設取締役で、新TODAビルプロジェクトを担当する戦略事業推進室の植草弘室長だ。

「京橋はもともと、隣にブリヂストン美術館(現・アーティゾン美術館)があり、アートにはなじみがあるエリアです。建物の外部にも、誰もが自由に訪れることができる広場や歩行者専用街路を整備し、街への回遊性を高めるアートエリアを造っていく予定です。また、大型のオフィスビルは、最初は新鮮でも、規模や施設に慣れてくると、どこか無機質に感じられることがあります。そうした空間に有機的な命を吹き込むのがアートです。新TODAビルの建物を50年、100年と飽きずに楽しんでいただくためにも、アートを活用したいと考えています」

容器としてのビル事業にとって、アートは、その空間を他と差別化するだけでなく、オフィス利用者を飽きさせない力がある、というのだ。

共通ロビーのイメージ。オフィスワーカーと、施設の来館者の双方が自由に行き来できる場所に、若手アーティストの作品を展示する予定だ共通ロビーのイメージ。オフィスワーカーと、施設の来館者の双方が自由に行き来できる場所に、若手アーティストの作品を展示する予定だ

若手アーティスト支援からミュージアムやカフェまで

詳しく新TODAビルのアートエリアを見てみよう。

同社のアート事業の活動拠点となるのは3階。若手アーティストの創作・交流を支援する「創作・交流ラウンジ」を置くほか、ギャラリーも出店される見通しだ。6階には、ソニー・クリエイティブプロダクツが運営する情報発信型のミュージアムを誘致した。同社が有するゲームやアニメ、音楽などのコンテンツを中心とした企画展が開かれる。4~5階は、車の展示会や音楽ライブなども開ける大型のイベントホール、1階にはアートショップとカフェを設ける。ミュージアム、ホール、ギャラリー、店舗という異なる業態で、多彩な作家のオリジナル作品から安価なアートグッズまでを扱い、幅広くアートと来街者との接点を提供するという。

特に、パブリックアートプログラムは、戸田建設による主催事業だ。ビルのエントランスロビーや中央通りに面した屋外広場、2階の回廊などの共用スペースを、若手アーティストの発表の場にする。ビルの内外を緩くつなげることで、1階や2階にふらりと立ち寄った人がアートに吸い寄せられてビル内を回遊し、さらに京橋の街へと流れていくことを目指す。

新TODAビルを中央通り側から見たところ。通りに面した広場は街区に開かれた空間になる。街とビルが面でつながり、人々が回遊することを目指す新TODAビルを中央通り側から見たところ。通りに面した広場は街区に開かれた空間になる。街とビルが面でつながり、人々が回遊することを目指す

「箱物だけ」から運営主体に、ノウハウを自社ビルで蓄積

これらの運営は、戸田建設が2017年に新設した戦略事業推進室が担う。一般的に、アート事業などの運営は外部に委託する企業が多い中、同社はそのためにわざわざ社員も採用した。本業ではない芸術・文化施設の運営に直接携わるのは、東京2020五輪後の建設需要の減少による新事業開拓、新しい知見と経験の獲得の意味もあった。

「今後、コンセッション事業(公共施設等運営事業)の拡大を目指します。新TODAビルの運営には、当社のこれまでのPPP(官民連携)やPFI事業での実績やノウハウが生かせると考えています。自社ビルなので自由度もありますし、運営においても型にはまらない形で展開していきたいと考えています」(植草室長)

PFI事業とは、庁舎や公共施設の建設・管理・運営を民間の技術や資金、経営技術などを活用して行う事業のことだ。新TODAビルで、若手アーティスト支援を主としたアート事業に挑戦することが、「箱物」を造る建設業や、それを賃貸する不動産業から、他とは異なる「強み」をもって運営する「運営事業者」への転換にプラスになるというわけだ。

新TODAビルの建設工事現場の仮囲いにはいま、第1回「KYOBASHI ART WALL」優秀作品が展示されている。 写真提供:戸田建設 撮影:加藤健新TODAビルの建設工事現場の仮囲いにはいま、第1回「KYOBASHI ART WALL」優秀作品が展示されている。 写真提供:戸田建設 撮影:加藤健

若手支援でアートを公募、買い上げて展示

同社のアーティスト支援は、すでに始まっている。京橋の同ビル建設工事現場には、いま、白い仮囲いの上に、カラフルな現代アートが大きくプリントされている。公募プロジェクト「KYOBASHI ART WALL」の第1回優秀作品だ。若手アーティスト支援の一環として、戸田建設が21年に始めた。このプロジェクトは新TODAビルオープンまでの期間、半年に1回、全4回にわたって作品を募集する。第1回は21年11~12月で、国内外から222点が寄せられた。

アーティゾン美術館の副館長・笠原美智子氏、小山登美夫ギャラリー代表の小山登美夫氏らを審査員に迎えて選定された。優秀作品は、仮囲いのほか、京橋のアートスペースと完工後の新TODAビル内でも展示する予定だ。さらに優秀作2点は、賞金という形で、国内の新人アート賞には珍しく、戸田建設が買い上げる。若手アーティストを、作品発表の場の提供と、作品所蔵という両面から支援するわけだ。

仮囲いに展示中の第1回「KYOBASHI ART WALL」優秀作品の2点。佐々木香輔《space -under the ground-》(左)、Kokeshisky (コケシスキー)《Hole》 写真提供:戸田建設 撮影:加藤 健仮囲いに展示中の第1回「KYOBASHI ART WALL」優秀作品の2点。佐々木香輔《space -under the ground-》(左)、Kokeshisky (コケシスキー)《Hole》 写真提供:戸田建設 撮影:加藤 健

CSRではない、収益事業として持続可能な芸術文化を

企業の文化・芸術支援というと、CSR(企業の社会的責任)的な慈善事業をイメージするが、戸田建設の場合は違う。不動産賃貸業である限り、芸術文化施設といえども収益を上げること、アートを売ることも「重要な任務」と捉えているという。賃貸事業や不動産収入の余剰でアーティスト支援をするのではなく、芸術文化施設の収益性を上げて、若手アーティストの支援を持続可能なものにしたい考えだ。同社のCSV(クリエイティング・シェアード・バリュー、共通価値の創造)活動でもあるという。

「作品展示の場所や活動資金の提供だけでなく、アーティストが作家として持続的に活動し、生活できるようになるまでを支援することが、その先の芸術文化の広がりにつながります。ビジネスを通して社会的課題に取り組むCSVとしてアートを支援し、アートで街を活性化する。そのためには、収益を上げることも必要なので、新TODAビルには、作品を販売する機能も盛り込みます。芸術文化施設の収益性は、賃貸事業に比べると難しい側面もありますが、駅近の立地での集客力、発信力を活かしながら、新しい収益の仕組みを作っていきたいと考えています」(戦略事業推進室・小林彩子氏)

アートから始まる「エコシステム」

アートを売る場所として、東京駅から徒歩圏という新TODAビルの立地は強みだ。新型コロナ後に再び海外との人的交流が増えた暁には、アートに関心も高く購入もする、海外からの観光客の立ち寄りスポットになることも見込まれる。

複合ビルを含む街区でアート作品を展示し、販売する。そこで育ったアーティストが、次の若手を育て、芸術文化が持続的・自律的に発展していく。こうした新たな挑戦を、アートから始まる「エコシステム」と戸田建設では呼んでいる。

日本橋側から見た新TODAビル1階部分の完成予想図。間口80メートルの広場は、街路と一体となり、街に溶け込む日本橋側から見た新TODAビル1階部分の完成予想図。間口80メートルの広場は、街路と一体となり、街に溶け込む

「アート=ソフト資産」営業でビル事業を差別化

さらに、アートをテコにした新サービスも検討している。新型コロナの影響で在宅ワークが定着し、本社機能の縮小や脱首都圏化が取り沙汰され、オフィス賃貸事業は先行きが不安視されている。そんな中だが、新TODAビルでは、オフィスの賃貸営業にアートを使ったソフトの売り込みを考えているのだ。

具体的には、オフィスに入るテナント企業のビジネスパーソンを対象としたアートプログラムや、若手作家の展示作品のオフィス空間へのコーディネートといったアートコンサルティング事業などだ。自前のアート担当部署を持つことならではの強みを生かし、ビル内で作品を循環させる。アートという新鮮な仕掛けを提供していくことで、オフィスビル業界での差別化を図る。

藤元明《2021#TOKYO 2021》(2019年)。戸田建設が、若手アーティストや建築家と協働で開いたアートイベント「TOKYO2021」は2019年8月3日~10月20日。計約1万8000人が来場した藤元明《2021#TOKYO 2021》(2019年)。戸田建設が、若手アーティストや建築家と協働で開いたアートイベント「TOKYO2021」は2019年8月3日~10月20日。計約1万8000人が来場した

アートは人を呼ぶ、街区の価値を上げるジェントリフィケーションに

アートが人を呼ぶことは、実は同社は実体験から知っている。現在建設中の新ビルの場所、解体前の旧戸田建設本社ビル「TODA BUILDING」で2019年8~10月に開いたアートイベント「TOKYO 2021」だ。多くの有名アーティストやクリエイターが参加した「建築」と「現代美術」の二つの展覧会を開催した。あまり広報宣伝に力を入れなかったにもかかわらず、総来場者は約1万8000人。若者の口コミで次々と噂が噂を呼んで、入場に長い列ができる日もあった。「中央通りに面していると、気軽に入りやすい。アートにふれる場所を造ることへの手応えを感じた」(小林氏)。街区に開かれた建物で、アートでなら、若者を呼べる、という成功体験になった。

京橋エリアには他に、旧LIXILギャラリーがあった場所に2021年、東京建物が手がけるギャラリー「BAG-Brillia Art Gallery-」も開業した。新TODAビルの開業をきっかけに、オフィスワーカーだけでなく、若い世代やファミリー層も集まるエリアとなれば、京橋という立地の価値はさらに上がるだろう。すでに地価が十分に高いエリアであっても、魅力あるソフト資産=アートが街区の価値を上げ、テナント料を押し上げるとなれば、「ジェントリフィケーション(富裕化)」の一種とも言える。アートをソフト資産とした戸田建設の京橋プロジェクトは、これからの日本のオフィス事業や不動産開発の方向性を占う試金石になる、かもしれない。

(取材・文:松田亜子)

  • ARTnews
  • ECONOMY
  • 「アート×特区」で不動産価値を高める~戸田建設の挑戦