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ピカソ作《アイロンをかける女性》の返還を求める裁判で元所有者の遺族が敗訴。売却の強要が立証できず

グッゲンハイム財団が所蔵しているピカソの1904年の作品《アイロンをかける女性》の返還を求める裁判で、原告である元所有者の遺族が敗訴した。元所有者はナチス政権から逃れる資金を賄うため、この作品の当時の価値の約十分の1の価格でフランスの美術商に売却していた。

パブロ・ピカソ《Woman Ironing》(1904)Photo: Courtesy, Court Documents

マンハッタン最高裁判所で返還訴訟中だったパブロ・ピカソの《アイロンをかける女》(1904)が、グッゲンハイム財団に残されることになった。Law.comの報道によれば、「実行可能な強要」を立証できなかったため棄却された。

グッゲンハイム財団を相手取ったこの訴訟は、2023年1月にドイツ系ユダヤ人の美術コレクター、カール・アドラーの親族であるトーマス・ベニグソンによって起こされた。訴えの中でベニグソンは、アドラーは1938年、自分と家族がナチス政権からアルゼンチンに逃れる資金を得るために、強要されてこの絵を売ったと主張していた。

アドラーは1931年、当時1万4000ドル(現在の為替で約221万円)と鑑定されたこの絵を、パリの画商でピカソの専門家であるジャスティン・タンハウザーにそのわずか10%強の1552ドル(同・約24万円)で売却した。訴状には、タンハウザーはアドラーとその家族の窮状を知っており、ナチスの迫害がなければ、アドラーはこの絵をこのような値段で売ることはなかっただろうと書かれている。

《アイロンをかける女》は、現在1億5000万ドル(現在の為替で約237億円)から2億ドル(同・約316億円)と推定されている。

裁判所は、「強迫による売却」であることを立証するためにどんな条件が必要なのか、明確な指針を示していない。2023年1月のワシントン・ポスト紙の記事の中で、ニューヨークを拠点とする美術・文化遺産弁護士のレイラ・アミネドドレはこの事件について、「強迫によるものと主張される売却を無効にすることに裁判官は消極的」とコメントしている。アミネドドレはまた、「裁判所はこの問題を軽視し、他の理由で(事件を)判断しているようだ」とも語っている。

この事件を担当したアンドリュー・ボロック判事の判断の決め手となったのは、アドラーの遺族はグッゲンハイムがこの絵を所有していることを何年も前から知っていた、という事実だった。というのも、1976年に亡くなったタンハウザーは遺言で、この作品をグッゲンハイム財団に贈与するとしていたのだ。ボロック判事は判決の中で、「1974年にグッゲンハイム財団がこの絵画を取得するに際して、財団はアドラーの遺族に連絡を取り絵画の出所について具体的な質問をしたが、遺族らは彼らが現在主張しているような強要による売却であったことは一切言及していない」と判断の根拠を述べている。

さらにボロック判事は、原告側はアドラー一族が受けたとされる具体的な強迫や悪意を示すことができなかったと加えている。また判事は、この訴状は「ナチス時代に行われた売却は、ナチスがつくり出した強制的な状況で行われたものであるため、それ自体が無効、または無効にできる」と仮定しているが、この売却に具体的な強制性があったとは示していない、として、こう書いている。

「アドラーがタンハウザーに絵画を売却した際、仮にその価格で売却することを拒否していたとしても、ナチスやナチスの協力者から具体的な脅迫は何もなかった」

近年、アメリカでは裁判を通じた美術作品の返還請求は何度か起きているが、どれも棄却されている。ここ数カ月だけ見ても、今月初めに連邦裁判所はフィンセント・ファン・ゴッホの《ひまわり》をめぐる日本の損保ホールディングスに対する訴訟を棄却しており、5月29日には、第5巡回区連邦控訴裁判所がベルナルド・ベッロットの《ピルナの市場》の所有権をめぐり、もとの所有者であったマックス・J・エムデンの相続人らの訴えを退け、ヒューストン美術館の所有権を認めている。

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