「スマートフォンを狂わせる」参加型アート。作者のカールステン・フラーに聞く

カールステン・フラーは、アーティストになる前は科学者だった。昆虫のコミュニケーション戦略の研究で農学の博士号を取得している。学問的な野心は捨てたが、コミュニケーション──その操作と断絶の可能性について──への情熱は消えることがなく、今も強い興味を持ち続けている。

《Ecstasy(エクスタシー)》(2019)の展示風景。ドイツのシュツットガルト美術館 Courtesy Carsten Höller《Ecstasy(エクスタシー)》(2019)の展示風景。ドイツのシュツットガルト美術館 Courtesy Carsten Höller

2021年11月4日に開幕した、テクノロジー、アート、音楽のフェスティバル「Dreamverse (ドリームバース)」でフラーは、拡張現実(AR)を取り入れた参加型アート作品《7.8 (Reduced Reality App)(7.8〈縮小現実アプリ〉)》(2021)を初公開した。

Acute Art(アキュートアート)というアプリを使って体験するこの作品は、スマホをハイジャックし、7.8ヘルツで振動と点滅を引き起こす。その周波数が脳波を乱して軽い幻覚を引き起こすという仮説に強い関心を持つフラーは、これを1990年代から繰り返し作品に取り入れている。

フラーが幻覚を扱う作品を制作したのは、これが初めてではない。たとえば、多くの作品にベニテングタケを登場させている。

ベニテングタケは、絵本に登場するような赤に白の水玉模様がある毒キノコで、幻覚作用があることからシャーマニズム(交霊)に用いられてきた。また、ベルリンの現代美術館、Hamburger Bahnhof(ハンブルガー・バーンホフ)で行われたフラーの個展「Soma(ソーマ、古代インドの神秘的な飲み物と言われる)」(2010-11)では、野生のシカが食物とするベニテングタケをシカの群れに与えてその尿を蒸留し、霊薬のようなものを作った。

次の実験としてフラーは、「社会的関係」と彼が呼ぶイベントを企画している。作品は個人がいつでもどこでも鑑賞できるが、まずはDreamverseにおいて、DJアレッソのパフォーマンスの前に発表される。非常に早いペースの音の波が観衆にどのような影響を与えるかは未知数だ。ARTnewsは、これまでの作品の中で最も参加型の度合いが高いこの作品の制作過程について、フラーに話を聞いた。

《Light Wall (Outdoor Version)(ライト・ウォール〈屋外バージョン〉)》(2021)、リスボンのMAAT(Museum of Art, Architecture and Technology) での展示風景 Massimo De Carlo《Light Wall (Outdoor Version)(ライト・ウォール〈屋外バージョン〉)》(2021)、リスボンのMAAT(Museum of Art, Architecture and Technology) での展示風景 Massimo De Carlo

──AR技術を用いた作品を制作しようと思ったきっかけは?

カールステン・フラー:Acute Artはロンドンを拠点に、現代アート作家とのコラボレーションによってARの作品制作を手掛けています。そこが私にコンタクトしてきたんです。でも、新しいメディアだからというだけの理由でARを作品に取り入れることには興味がありませんでした。制作の条件は自然発生的にもたらされるほうが好みですから。

リスボンのMAAT美術館での展覧会「Day(デー)」で、すでに7.8ヘルツの周波数を取り入れた作品を発表していたこともあって、「スマホを展覧会の一部として使ったら面白いだろう」というアイデアが浮かびました。そこで、Acute Artとのコラボで、拡張現実をもじって「縮小現実」アプリと名付けたプロジェクトを立ち上げたんです。Dreamverseがこれに興味を示し、11月のフェスティバル期間中にローンチする計画を進めています。

──結果としてどのような作品ができあがったのでしょうか?

基本的に仕組みはとてもシンプルで、いわばスマホを異常な状態にさせるんです。スクリーンが毎秒7.8回にあたる7.8ヘルツで非常に早く点滅します。さらには懐中電灯機能も点滅するし、同じ周期で振動も引き起こす。安定していたスマートフォンの機能が妨害され、ユーザーにとって非常に不快な状態になるんです。とても興味深い状態ともいえます。

──具体的には?

7.8ヘルツの周波数が人間に影響を与えるんです。この周波数が人体、そして通常4〜12ヘルツである脳波に干渉するかもしれません。これは1924年にドイツの科学者ハンス・ベルガーが立てた仮説に基づいています。脳波を発見した人物で、脳波が外的要因により影響を受けると考えていました。目の近くに点滅する光を置けば、色の領域が見え始め、幻覚が起きる可能性があります。これはLSDの廉価版のようなもの。それをみんなでやったらどうなるかという社会実験になるでしょう。

──なるほど。フェスティバルの入場者たちが同時にアプリを使うのですね。作品の発表方法について、計画の概要を教えてください。

一晩中イベントが予定されています。一つはスウィディッシュ・ハウス・マフィア(自分の好みの音楽ではないけれど、今回の文脈にはぴったりだと思う)と関係のあるDJアレッソのパフォーマンスです。

音楽が始まる前に会場のスクリーンにQRコードを映し、(Acute Artの)アプリをまだダウンロードしていない人がすぐに入手できるようにします。それから会場の照明と音響をオフにして、聴衆に自分のスマホで7.8アプリを流してもらいます。すると、ステージの照明が7.8ヘルツに同期する。これが数分間続いてからコンサートが始まります。ライブで行う実験ですね。

──会場でデータを集めるのですか?

データを集めるのはいい考えかもしれませんね。でも私はやりません。できるだけ主観的な体験にしたいからです。ご存じのように、科学と主観性は相容れないもの。だから私はデータを集めませんが、誰かがやりたいと思うなら面白いのではないかと思います。

《Du You(ドゥーユー)》(1994)、ケルンのSchipper & Krome(シッパー&クローム)での展示風景 Courtesy Carsten Höller《Du You(ドゥーユー)》(1994)、ケルンのSchipper & Krome(シッパー&クローム)での展示風景 Courtesy Carsten Höller

──この作品ではスマホが不具合を起こしたような状態になるわけですが、これはテクノロジーに対するあなたのスタンスを表明するものでしょうか?

もちろん、その通り。物事をいつもとは違うやり方で見るための手段なのです。あなたが手にしている技術的なデバイスが壊れ、生き返るとしたら? すでに説明した通り、スマホは異常になり、ある意味で生き返り、一定の効果を生み出します。そして、(この作品を継続したら)どんなことになるかは予測がつきません。スマホはもしかしたらこの実験に適していないかもしれない。会場で大量のスマホが故障して、SFのような事態が起きることも想像できます。

──つまり、そうした大規模な技術障害のファンタジーで遊ぶということなのでしょうか?

そう、ファンタジーで遊ぶのと同時に、とても美しい効果も生み出します。だから二面性があるとも言えますね。すでに説明しましたが、かなり幻覚的で、ある意味ハイになると思う。でも、「手に持っているコイツこいつは、いったい何だろう?」と考えさせるんです。まったくクレイジーですよ。スマホが生きているみたいに動いて、点滅して、振動して、音を出すんですから。

カールステン・フラー《7.8 hz (Reduced Reality App)(7.8ヘルツ〈縮小リアリティアプリ〉)》 (2021) Acute Artカールステン・フラー《7.8 hz (Reduced Reality App)(7.8ヘルツ〈縮小リアリティアプリ〉)》 (2021) Acute Art

──あなたの作品は常に、慣れ親しんだものに違和感を生み出すことや、幻覚を引き起こすことをテーマにしてきました。でも、これまで幻覚を扱った作品では、キノコや7.8ヘルツの周波数で点滅する光などをきっかけとしていました。今回のプロジェクトは、最先端のテクノロジーであるAR技術を用いています。幻覚を引き起こすためにテクノロジーを用いる試みについてはどう感じていますか?

どんな実験でもしてみたい。何でも取り入れて、ごた混ぜなものを作り出すことに魅力を感じているんです。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2021年10月28日に掲載されました。元記事はこちら

  • ARTnews
  • CULTURE
  • 「スマートフォンを狂わせる」参加型アート。作者のカールステン・フラーに聞く