音楽やファッション、舞台など、周辺領域とのつながりがアートをもっと面白くする──弁護士、小松隼也【街とアート Vol.3】

ファッションやアート業界の知財、法務戦略を主に担う弁護士、小松隼也はアートコレクターだ。かつては、グラビア好きが高じて弁護士業のかたわら写真専門学校に通い、フォトグラファーを目指した経験も。そんな異色の経歴を持つ小松が、法律家、コレクター両方の視点から、日本のアート業界が国際競争力を高めるために必要なことを熱く語ってくれた。

弁護士でアートコレクターの小松隼也。自身のコレクションの一部が飾られた自宅にて。

アートを月1作買っていた

──なぜアートを購入し始めたんですか?きっかけから教えてください。

写真学校に通っていたときに、写真家やファッションデザイナー、アーティストといったクリエイティブな友達が増えていきました。その中の1人であった画家の友人が藝大在学中、海外留学することになり、渡航費を稼ぐために作品制作を1~2ヶ月控えてアルバイトすると聞いたんです。

それは彼にとって時間がもったいないと思い、渡航費となるように20万円ほどで作品制作を依頼したんです。それが初めてのアート購入経験でした。

──コミッションワークが最初だったんですね。

そうですね。既存の作品を購入するのではなく、制作から依頼したことで、アートの表層的な美しさだけでなく、そこにはコンセプトがあり、そのコンセプトをいかに発展させ、表現していくのか、というプロセスを知ることができましたし、出来上がるまでには少なくとも1~2カ月という時間が費やされていることもわかりました。尊敬する1人の友人が1カ月以上も作品制作に捧げるのだから、高くても当たり前だなと。完成した作品を自宅に飾ってからは、もう坂道を転げ落ちるように作品をコレクションしていきました(笑)。

──小松さんは写真家を目指したこともあり、写真のコレクションが多いですね。

学生の頃は森山大道さんや荒木経惟さんの作品が好きで、雑誌や写真集はよく見ていましたが、最初はこうした写真が買えるということすら知りませんでした。東京に出てきて、ギャラリーの展示に行ってみようと思い、タカ・イシイギャラリーを訪れたのですが、そこで初めて写真作品が購入できることを知ったんです。

その後、コレクションした森山さんの作品が、今の自分のコレクションの軸になっていったように思います。というのも、これを機に、細江英公さん、アントワンヌ・ダガタ、ロバート・フランクなど、森山さんが影響を受けた作家や影響を与えた作品のコレクションにつながっていきました。現在コレクター歴12~13年ですが、所有作品は150作品以上にもなります(笑)。

──すごいスピードで蒐集されて行ったのですね。

初めの頃は10万円台の作品を月1くらいの頻度で買っていましたが、現在はより高価格帯の作品も購入するようになったので、年数点ほどに絞るようになりました。昔はファッションも大好きで集めていましたが、そこにアートが加わった感じです。

──ファッションを入り口に、アートやカルチャーに興味を持つ人は多いように思います。

専門学校ではファッションの撮影を学んだこともあり、ジャック・デイヴィソンヴィヴィアン・サッセンなど、アートとファッションを横断して活動している写真家も好きですね。

左はロバート・フランクを撮影した操上和美の写真作品。右上はロバート・フランクの写真作品、その下は、小松自身が撮影したロバート・フランク。
左から、ジャック・デイヴィソン、ヴィヴィアン・サッセン、トーマス・ルフの作品。

コレクションはコミュニケーション

──作品はどちらで購入することが多いですか?

ギャラリーとアートフェアですね。私は本来、出不精なんですが、アートフェアのために旅するようになりました。香港、スイス、マイアミ、ロサンゼルスなど、実際に現地に赴くことでコレクターの友人も増え、本業の弁護士の仕事に繋がることもあります。

アートって、人とのコミュニケーションが重要なんです。展覧会のオープニングの後には必ずといっていいほど、作家やキュレーター、コレクターやジャーナリストを集めたディナーがありますし、そこでの会話から作家を紹介してもらったり、次に購入する作品につながったりすることも多いですね。

──そうしたコミュニケーションから、コレクターとして認められたり信頼が生まれたりする、ということですね。

はい、結局は経済力よりも人間力が見られているのだと思います。なぜそのアートをコレクションしているのか?どのようなコレクターなのかという、思想の部分ですね。

以前、ロバート・フランクに紹介されたことがあるんですが、写真を学んだ弁護士という私の経歴を面白がってくれたみたいで、会ってくれました。森山さんの話で盛り上がり、一緒に食事もすることになりました。

アート作品は数が限定されていることもあり、ギャラリーや作家は、購買力よりも「誰に売るか」を重要視しています。つまり、いくらお金があっても売りたくない人には売らない。ウエイティングリストに名を連ねていても、純粋な順番のみで作品が譲り渡されているというわけでもないんです。

──どういうコレクターがより評価されるのでしょうか?

欧米では、コレクターはアート業界の“客”ではなく、プレイヤーだという考えが強いように思います。

その前提があった上で、評価には2つの側面があると思います。1つは公共的側面です。きちんとその作品を保存し、その作品を将来的には美術館に寄贈するなど次世代に受け継いでくれる真剣なコレクターかどうか。また、アートの啓蒙や教育などアート業界へ貢献をしていると評価されれば、良い作品が購入しやすくなる傾向があると思います。誰も、購入した作品の価値が上がったらすぐ売ってしまったり、作品をぞんざいに扱うような人には売りたくないですよね。

もう一つは、コレクションに筋の通った文脈があるかどうか。私はまさにその文脈に興味を持ってもらえたからこそ、この作品をコレクションしているならこの作家のこの作品もコレクションしていた方がいい、もしくは私にコレクションしていてほしい、と言っていただけることが増えました。そうして信頼を得られれば、先に購入出来たりディスカウントを提案してもらえることもあります。

食事や面談などのコミュニケーションは、こうしたコレクターとしての質を見極めるためにも行われるんですね。

税制から文化戦争勃発!?

──非常に人間的な世界と言えますね。ところで、小松さんはご自身のコレクションを最終的にどうしようと考えていらっしゃいますか?

これが日本だと難しい問題で、欧米のようなコレクションの“出口”が整備されていないんです。例えばアメリカやヨーロッパでは、自国の文化遺産をしっかり保護する観点からも、寄付税制が整っています。美術館へ寄贈すると、購入価格ではなくその時点での市場価格で所得控除を受けられるんです。欧米だけでなく、アジアもそのような税制を整えてきており、欧米よりも有利な税制を整備して、重要な作品を自国にコレクションするという競争意欲も透けて見えます。

──日本ではどうなんですか?

個人だと作品の取得時の価格で計算され、かつ控除の上限があり、差額は繰り越しできず1年限りです。ただ、法人だと値上がり分を損金算入できます。法人でアートを購入するのはまだ株主の理解を得ることが難しくハードルが上がりますが。

──相続でも資産と見なされますか?

はい、日本だと相続時に、作品に相続税が掛かるため、高額な作品であればあるほど大きな負担になります。子どもが相続するときのことを考えると、購入を躊躇してしまうというのも理解できます。あるいは相続税を逃れるために、所蔵作品を隠す人もいると聞きます。そうなると、作品の所在がわからなくなり、文化的損失が引き起こされるんです。

海外では、作品を相続税の代わりとして物納できる国もあります。とても価値が高い作品があればそれを相続税に充てられるんです。フランスでは、ピカソが亡くなったとき、作品で相続税の支払いを許可するために税改正を行ったと聞きます。パリ・ピカソ美術館は、そうした寄贈作品によって設立されたんです。またアメリカのメトロポリタン美術館も、弁護士が税制を利用する前提で設立した美術館で、基本的には寄付を中心に作品をコレクションしたようです。

もちろん日本にも良い点はあって、例えば文化への助成金がこれほど充実している国は珍しいと思います。

ただ、税制の問題はクリアすべきだと思うので、まさに今、働きかけているところです。

──欧米では、アートは個人が所有する贅沢品というよりも、文化遺産であるという認識が根付いているんですね。

アートは資産の一部ですし、投資対象として見るとなおさら真剣に作品を選定するようになりますし、コレクションの構成を考えるようになります。最終的には、世界的にみて文化遺産になるような作品が評価されるので、審美眼を養わざるを得ません。

カオスな渋谷にアートスペースを

──アートの観点から日本の国際競争力を高めていくために、税制整備のほかにすべきことはありますか?

日本、とくに東京にはコマーシャルギャラリーが増えていますが、アートセンターがないのは問題だと思っています。新進気鋭のキュレーターが日本の面白い作家を紹介するような、営利目的ではなくより教育的な場所が圧倒的に足りていません。私を含め、アート関係者は海外を訪れると、まずアートセンターに行ってリサーチするんです。

──東京にアートセンターをつくるとすると、どこにあるのが良いと思いますか?

東京らしい場所がいいと思いますね。例えば海外のアート関係者が来日した際に最も喜んでくれるのは、新橋の赤提灯系居酒屋です。あの独特の雑多な感じは世界のどの都市にもありませんから。世界のどこにでもあるような洗練された場所よりも、独自性が感じられる場所という意味で、渋谷はいいと思います。中でも、新しいビル群が立ち並ぶ駅前ではなく、道玄坂の飲み屋街や円山町のラブホテル街などにアートセンターがあったら、絶対世界が注目するはず。

エスタブリッシュなアートに触れられる美術館もあれば、雑多な環境下のアートスペースで現地の気鋭作家の作品に出合える。その周辺には、アーティスト・ラン・スペースがあるなど、異なるレイヤーのアート体験が一つの街でできるとなると、アーティストも面白がってくれると思います。

──道玄坂や円山町とは意外ですが、確かにNY香港ロンドンでは、劇場やクラブなど、美術だけではないさまざまな文化が集まる場所にアートセンターがある印象です。

渋谷にアートセンターを置く意味は、アートだけでなく音楽やファッション、舞台といった、周辺領域とのつながりを期待できるからです。アートが周辺領域と繋がることはとても重要で、日本ではほかにこんな場所ありません。日本のアート業界はまだ閉じている部分も多く、他の領域との交流が盛んではないために作家の創造性にも幅が出づらい。それはとてももったいないので、広がりがある場所にアートスペースを置くことはとても重要です。これだけ独自のカルチャーが渦巻いている場所で生まれた作品を、ふさわしい場所できちんとキュレーションして発信することができれば、必ずグローバルレベルで通用すると信じています。

小松隼也(Junya Komatsu)
同志社大学法学部卒業。 2009年に弁護士登録後、長島・大野・常松法律事務所に所属。2011年に「東京写真学園プロカメラマンコース」を卒業。 2015年にニューヨークのフォーダム大学ロースクール卒業。 2019年に三村小松法律事務所を設立し、独立。

Text: Mitsuhiro Ebihara Photos: Koki Takezawa Edit: Maya Nago

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