坂本龍一の音、光、水をめぐる物語──想像力に寄せる希望と現代社会への問い【サウンド・アート最前線】

2023年3月に惜しまれながら他界した音楽家、坂本龍一は、異ジャンルとのコラボレーションを精力的に展開し、多彩な作品を生み出してきた。ここでは、サウンド・アートという視点から、坂本龍一というアーティストに迫ってみたい。

Photo by Neo Sora ©2020 Kab Inc.

高谷史郎とのコラボレーション

坂本龍一のサウンド・アート作品として代表的なものは、高谷史郎とのコラボレーションだ。高谷は世界的な評価を得る日本のアーティスト・コレクティブ「Domb Type」の創設メンバーであり、坂本がDumb Typeのメンバーとして初参加して制作した《2022》(2022年)に至るまで約20年にわたって共同作業を続けてきた。 

高谷との初仕事は、映像担当として高谷が参加したオペラ《LIFE》(1999)だった。そして、その作品は、2007年に山口情報芸術センター(YCAM)からの委嘱を受けたことで、《LIFE - fluid, invisible, inaudible...》というアート作品へと変化する。

この作品は、音響、映像プロジェクション、超音波から生成される霧を使用したインスタレーションで、空中に浮かべられた霧が充満した9つの水槽には上方から映像が投影され、なおかつ水槽に対して設置された9セットのスピーカーから音響が発生するという構成になっている。 

この作品は前述のオペラ《LIFE》を素材として使用しており、上部の水槽には、《LIFE》内で使用された20世紀の歴史的事件の記録映像が映され、水槽に設置されたスピーカーからは、坂本が20世紀の音楽様式をシミュレートして制作した《LIFE》の楽曲が再生される。

映像と音は、それぞれ400個ほどのシーケンスからなり、映像は15種類以上、音は30種類以上にカテゴライズされ、これらがアルゴリズムによって組み合わされることで、無限に変容し続ける空間が実現し、鑑賞者は、それぞれが同期と非同期を繰り返して交錯しあう9つの水槽が浮かべられた空間の中を自由に歩き回ったり、または任意の場所に寝転んだりしながら音と光の世界に身を委ねることができる。 

坂本と高谷の対談インタビューの中で本作に関して「見えないからこそ、想像力で見える。聞こえないからこそ、想像力で聴こえる。一種、日本的な、拡張した想像力の世界」と述べているが、本作は勿論、これから紹介するほかの作品も、体験する者の想像力を刺激する、あるいは鑑賞者の想像力に大いに委ねられる作品となっている(*1)。


*1 『ダムタイプ 2022』展図録(2023年)42頁。

2013年には、同じくYCAMからの委嘱を受けて《water state 1》を制作。タイトルの通り「水」そのものを素材として用いたインスタレーション作品で、水が見せる多様な表情や様態を抽出することを目的としている。 

会場の中央には、水を湛えた台座が置かれ、その周囲に大きな岩が配置されている。水面には、特殊な水滴落下装置によって、会場に展開するサウンドに呼応するかのように水滴が落ちるようになっており、時間をかけて、水滴の落ちる量やスピード、場所が変化していき、鑑賞者は、様々な水の波紋とその干渉を眺めることになる。水滴の落下装置は、本作のために開発されたもので、地球上から集められた気象データをもとに、水滴の落下は勿論、サウンドや照明の変化へと反映される仕組みとなっている。水面の様態の繊細かつ複雑な変化を起点として、さまざまな記憶を喚起させることで、環境への意識が開かれていく作品だ。

被災したピアノを使用した作品

また、2017年には坂本龍一with高谷史郎として《IS YOUR TIME》(2017年、NTTインターコミュニケーション・センター委嘱作品)を発表した。この作品は、坂本が2017年に、前作『Out of Noise』以来8年ぶりに制作したオリジナル・アルバム『async』の音楽をモティーフとするとともに、東日本大震災の津波で被災したピアノのサウンドによって構成されるものだ。 

坂本は、津波という自然の力によって楽器という本来の機能を失ったピアノ、それも高度に発展した近代を象徴する楽器としてのピアノが自然の力で修復不能な状態にまでなった姿と出会い、「音楽の死」を思わせるほどの強い印象を受けたという。そんな、鍵盤のいくつかは音が鳴らない状態になってしまった、いわば地震によって調律されたともいえる、坂本にとって忘れることのできない存在となったピアノを、本作の中で世界各地の地震データによって演奏することで、新たに地球の存在や脈動を描き出す変換器となっているのが、この《IS YOUR TIME》である。坂本のオリジナル・アルバム『Out of Noise』や『async』をはじめ、この作品で聴ける被災ピアノの印象的なサウンドなどは、一般的な音楽の枠組みから逸脱し実験的な様相を組み込みつつも多くのリスナーにとって心に残るイメージや、そこはかとない心地よさを与えるものとなっており、そういったバランス感覚もまた坂本の作品の特長ではないだろうか。 

遺作となった《2022》が放つメッセージ

なお、高谷との最後のコラボレーションとなったのが、坂本がDumb Typeのメンバーとして初参加して制作した《2022》(2022年)だ。第59回ヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展日本館で展示されたこの作品は、自作されたデバイスが会場の東西南北に設置され、そこから発せられるレーザーと音が、シンプルで普遍的な問いを来場者に投げかける。一方で、部屋の中央には何もない対極的な空間が存在し、インターネット/ソーシャルメディアの進化、新型コロナウイルスにより大きく変化したコミュニケーションや世界を知覚する方法、「post-truth」や「Liminal Space」といった近年登場した概念が重層的に表現され、現実的かつ現代的な問題意識を鑑賞者に問いかけるものとなっている。 

デバイスはいくつかのシステムによって構成されており、レーザー光線を高周波で明滅させるレーザー装置にはじまり、そのレーザー光線を反射させ周囲の壁面に投影する回転鏡システム、平行光線による光の帯を壁に投影するLEDライトシステム、そして、音響システムとして、回転機構が設けられた、ピンポイントの範囲だけに音を放射する超指向性スピーカーによって作品が実現する。それらによって、展示室の中心から東・西・南・北の方角の壁面にテキストが投影されるとともに、回転する超指向性スピーカーから音声が流れ、見えるか見えないか、あるいは聴こえるか聴こえないかの境界上で、1850年代に出版された地理の教科書から引用したシンプルで普遍的な26の問い──地球とは何ですか? 海とは何ですか? 帝国を統治するのは誰ですか? 私たちはどの国に住んでいますか? など──が、展示室の空間へと投げかけられる。

この作品に対して高谷は「今の分断されている時代にバーチャルな世界の中で人の気配を感じるような感覚と、茶室の中で音によって世界を感じるような感覚。一枚の障子を隔てて外があって、部屋の中でその音や光を感じることで、直接見るよりももっと外を感じることができる。それを新しい技術を使って、うまく表現できているんじゃないか」と語っている(*2)。


*2 『ダムタイプ 2022』展図録(2023年)42頁。

実際に、この作品は美的にも非常に洗練された佇まいや目を引く技術的なアプローチを持ちつつ、SNSの発展や、コロナウイルス蔓延により変化したコミュニケーションや知覚の方法などについて、考えさせられる作品となっている。 

ほかにも、坂本はかつて、自身も作品を出品した展覧会「アートと音楽-新たな共感覚をもとめて」(2012年、東京都現代美術館)の総合アドバイザーを務めた。この展覧会は、音にまつわる様々なアート作品が、世界中から一堂に会し、業界内外の注目を集めたが、坂本の幅広い関心を表している仕事の一つといえるだろう。 

坂本は、上記に紹介したサウンド・アート作品以外に、音楽活動でも、電子音楽の領域で活躍するTaylor DeupreeやChristian Fenneszといった、世代やジャンルの異なる音楽家とも積極的に関わるとともに、社会的な活動にも情熱を注ぎ、常に時代の新たな潮流や思想とのコミュニケーションを広く行う多彩なアーティストだった。今回紹介したような坂本のサウンド・アート作品は、まさに、そのような彼の精神を体現しているとともに、サウンドとアートが融合することによる表現の可能性を、大きく示唆するものだったと言えるだろう。 

Text: Saburo Ubukata Editor: Yuya Yamazaki

展覧会情報

展覧会名:「AMBIENT KYOTO 2023
会期:2023年10月6日〜12月24日

参加アーティスト:
【展覧会】坂本龍一 + 高谷史郎、コーネリアス、バッファロー・ドーター 、山本精一
【ライヴ】テリー・ライリー

会場:
【展覧会】京都中央信用金庫 旧厚生センター、京都新聞ビル地下1階
【ライヴ】東本願寺・能舞台

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