アート界の過剰な商業主義にNO! NYの異色ギャラリー、オフラハティーズの自由な反骨精神
ニューヨークのアートシーンの中でも異色の存在として注目されてきたアーティスト・ラン・スペース、オフラハティーズで、この8月に移転後初の展覧会が開幕した。活気に溢れたオープニングに潜入し、同ギャラリーの魅力を探った。
展覧会というよりパフォーマンス?
8月10日の夜、土砂降りの雨があがるとアベニューAと3番街の角に行列ができていた。悪天候にもめげず人々が集まってきたのは、アーティスト・ラン・スペースのオフラハティーズの約1年ぶりとなる展覧会「The Café」のオープニングレセプションに出席するためだ。この場所は、アーティスト集団の拠点、実験場、そして作品を販売するギャラリーなど、いくつもの顔を持つ。
オフラハティーズのオープニングはいつも、ニューヨークのダウンタウンにあるギャラリーの中でも際立った賑わいを見せる。理由はいくつもあるが、1つはここが単なるギャラリーではないということだ。もちろんアート作品を展示・販売するスペースではあるのだが、ここにはいつも、現在進行形のパーティのようなエネルギーがある。今回の展示に関して言えば、まるで仮設の飲食店のようだ。
画家のジャミアン・ジュリアーノ=ヴィラーニとビリー・グラントによって創設されたオフラハティーズは、今回、新しい拠点で再スタートを切った。コメディグループ、アップライト・シティズンズ・ブリゲードの劇場跡地で行われる移転後初の企画「The Café」は、展覧会ではあるが、どちらかというとパフォーマンスようだ。そこでは食事もできるし、アートも買える。そして何より、溜まり場のような楽しさがある。
入り口のテーブルには、シャープなデザインのアップル製モニターが2台と花が活けられた花瓶、展覧会のコンセプトを記した印刷物が並んでいた。ここまでは、お馴染みの受付風景といったところだが、中に入ると、典型的なギャラリーとはかなり趣が異なっている。
「飲食店の営業許可は絶対に下りないだろうと言われていた」。プレスリリースには、皮肉な言い回しでそう書かれている。「そして実際、許可されなかったが、そんなことは気にしない。(何かが起きて)ケガをする前に、ぜひうちの料理を味わってみてほしい」
次々と入っていく400人ほどの客で会場が混雑する中、受付対応をしていたグラントに話を聞いた。営業許可に関するトラブルは本当にあったのかと尋ねると、「これは詩なんだ」と意味深な答えが返ってきた。
これまでにも、大勢のアーティストがフードベンチャーを立ち上げてきた。「The Café」は、ゴードン・マッタ=クラークなどのアーティスト集団が1971年に設立した「FOOD」というレストランプロジェクトと通じるものがある。彼らがソーホーに開いたレストランは、骨髄や生きたままの動物プランクトンを提供していた。また、オフラハティーズのかつてのメンバーで、現在はロサンゼルスで活動しているアーティストのキム・ディングルの影響もあるだろう。彼女は、自身のスタジオでベジタリアンレストランを経営していたことがある。
過度な商業主義への反発から生まれた空間
大勢の人々でごった返す「The Café」のオープニングでは脇役のように見えたが、もちろんアート作品もある。出品した7人のアーティストは全員、ニューヨークで活動経験がある。その1人であるアメリカ人の彫刻家、ジョージ・シーガルが1984年に制作した女性の石膏像(籐椅子に足を広げて座っている)に腕を回し、ポーズをとって写真に収まっているゲストがいた。20万ドル(現在の為替レートで約2900万円、以下同)の値がつけられたこの作品は、煙の充満したイースト・ヴィレッジの仮設食堂よりも、大手ギャラリーに展示される方がふさわしい。
2021年のニューミュージアム・トリエンナーレに出展したブランドン・ンディフェの彫刻など、ダウンタウンのアートシーンでおなじみのアーティストに混じって、変わり種の作品もあった。たとえば、霜に覆われた窓ガラスの上に、アーティストの名前が逆さまに書かれているキャサリン・マーフィーの絵もその1つ。2001年に制作されたこの絵は、批評家のロバータ・スミスから絶賛され、16万ドル(約2300万円)の値が付けられている。オープニングレセプションでは、シェフの帽子をかぶり「THE ODIOUS SMELL OF TRUTH(真実が放つ悪臭)」とプリントされたエプロンを着けたウェイターが、この絵の前で写真撮影のためにポーズをとっていた。
オフラハティーズは、アート界の過度な商業主義への反発から生まれた活動としてメディアで注目されてきたが、中心人物のジュリアーノ=ヴィラーニは、展示作品の販売については前向きに考えているようだ。US版ARTnewsのメール取材に応じてくれた彼女は、「私たちが親しくしているアーティストやコレクションから委託された作品を、適切な買い手に売りたいと思っている」とコメントしている。
オープニングレセプションに関して言えば、メチャクチャだったかつてに比べれば大人しい印象だった。新装開店を機に、少しだけきれいになったせいかもしれない。しかし、あくまでも「少しだけ」だ。相変わらずタバコの煙が充満し、客は外の通りにまで溢れ、展示作品は一風変わったものが多い。前述のマーフィー作品以外にも、壁の高い位置に取り付けられたモニターに投影されていたコリー・アーカンジェルの16分の映像作品《Pollock and American Pickers》(2012)は変わり種と呼べるだろう。10年前に発表されたにも関わらず、レビューされた実績がほぼ皆無というこの映像は、人気アーティストの仕事の中でも知る人ぞ知る作品だと言える。
さらに風変わりな彩りを添えていたのが、ウェイターとして働いていたアーティストやクリエイターたち。彼らは5ドルから10ドルのおつまみやドリンクを運ぶため、メインルームと奥の小さな厨房を行き来していたが、実際に何かを注文している人はほとんど見かけなかった。サービス係として働いていたアーティストのデヴィン・クローニンに話を聞くと、インスタグラムのターゲティング広告でこの仕事を見つけたという。だが、そもそもどういう経緯でオフラハティーズの存在を知ったのかは覚えていないと言っていた。
違和感を持つ者にとってのオアシス的存在
夜が更けるにつれて、会場はますます充満するタバコの煙で息苦しいほどになった。「許可を取ってないのは一目瞭然。ほら、灰皿を配っているだろう。いつ営業停止になってもおかしくないよ」と、客の1人ロバート・ジラルダンは言った。ジラルダンをはじめ、US版ARTnewsの取材に応じてくれた人たちは皆、気取ったアート界の堅苦しさとは一線を画すこのスペースに、開放感を覚えているようだった。「たまに羽目を外せる場があるのはいいね。いつもお行儀良くしなきゃいけないのは息が詰まるから」
あるテーブルを囲んだ人々は、こうした自由な気風を大事にしていたアーティスト仲間の思い出を語りあっていた。これからスターになろうという33歳のときに心不全で亡くなったスヴェン・ザクサルバーもその1人だった。彼は、キュレーターが干し草の山に隠した針を探す作品などで評価され、注目されはじめたばかりだった。カフェの壁には、真っ白なカンバスに黄色いスキーウェアを貼り付けたザクサルバーの作品《Untitled (Schweiz)》(2020)が飾られていた。
「彼は僕が持っているものをうらやみ、僕は彼が持っているものをうらやんでいた」
アーティストのアルマンド・ニンはそうつぶやきながら、ザクサルバーとブルックリンのスタジオで一緒に制作していた頃を振り返った。同席していたニック・ファーヒやアンドリュー・カースと話していたニンは、ザクサルバーとの思い出話を通じて、かつてのニューヨーク・アートシーンとの結びつきを思い出しているようだった。当時、彼らの制作活動と仲間同士の交流は密接に絡み合っていた。そのニンは今、グッゲンハイム美術館の壁に絵を描いているという。
2023年に新装開店したオフラハティーズは、2021年のオープン時とは同じではないかもしれない。かつて、このギャラリーは審査なしで誰でも出展できるグループ展を開催したことがある。オープニングには200人を超える参加作家が詰めかけ、あまりの騒ぎに通報を受けた警察が何台ものパトカーで駆けつけた。今回は同じような事態が起きた場合に対処するため、入り口付近には民間の警備会社から派遣された警備員が立っていた。
レセプションで話を聞いたアーティストたちは皆、このギャラリーが有名になりすぎることを心配していた。「ここがいつも開いていたら、ラップトップを持ったニューヨーク大学の学生たちに占拠されるんじゃないか」と、アンドリュー・カースは冗談めかして言う。
洗練とはかけ離れた、何でもありのスタイルを貫いているオフラハティーズの姿勢を称える人もいた。やはりアーティストのアルバート・サムレスによると、今のアート界に居心地の悪さを感じている関係者たちにとって、ここはオアシスのような場所だという。サムレスいわく、このギャラリーはクリエーターのためのアミューズメントパークなのだ。(翻訳:野澤朋代)
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