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  • 2022.05.24

ロシア軍に破壊されたウクライナの貴重な文化財リスト。大規模な略奪も

5月7日付のニューヨーク・タイムズ紙によると、ウクライナ最大の美術館であるリビウ国立美術館が、ロシアの破壊的な軍事攻撃への抵抗を示すため18ある分館の一部を再開する。分館の多くは外壁が崩壊したが、フランシスコ・デ・ゴヤピーテル・パウル・ルーベンスジョルジュ・ド・ラ・トゥールなどの貴重な所蔵作品は、避難所へ移動・保護されている。

空爆で破壊されたクインジ美術館(マリウポリ) Alexey Kudenko/Sputnik via AP

2月下旬のロシアによる軍事侵攻開始以来、ウクライナ全土で文化破壊が行われていることが報道されている。ロシアウクライナの両国は、戦争下の文化財保護を定めた1954年ハーグ条約に調印している。しかし、3月のユネスコによる布告は、ロシア軍がウクライナの文化財に「不法な攻撃を指示している」とし、第二次世界大戦終結後に策定された国際規約違反だとの懸念を表明している。

5月9日現在、ユネスコはウクライナの11の博物館、54の宗教施設、15の記念碑など計127カ所の文化財の被害を確認している。キーウ近郊にありロシアに占領されたボロディアンカでは、ウクライナの国民的詩人で民族復興を主導したタラス・シェフチェンコの像が銃撃によって破壊された。また、ウクライナ当局は、ロシア軍が東部の港湾都市マリウポリの3つの文化施設から、2000点以上の美術品を略奪したと主張している。

ウクライナのゼレンスキー大統領は、「この戦争でロシア軍は日々、言葉を失わせるような行動を続けている。博物館を標的にした攻撃など、テロリストでさえ思いもしないことだ。しかし、これが私たちに戦争を仕掛けている軍隊の実態だ」と述べている。

ウクライナでこれまでに被害を受けた主要な文化財を以下に紹介する。今後、このリストは状況に応じて更新していく。


イワンキウ歴史郷土史博物館(イワンキウ)


イワンキウ歴史郷土史博物館所蔵のマリア・プリマチェンコ作品 Photo: Courtesy Ukraine Ministry of Foreign Affairs

ロシアの侵攻が始まった数日後、イワンキウ歴史郷土史博物館に所蔵されていたウクライナの画家、マリア・プリマチェンコの絵画25点がロシア軍によって焼却されたというニュースがSNSで流れた。プリマチェンコは1997年に亡くなった民俗画家で、神話上の生き物を鮮やかに描いた作品や、ウクライナの日常生活を穏やかに表現した作品で敬愛されている。ウクライナのエミネ・ジェッパル外務副大臣はこの博物館が燃えているように見える映像をツイッターに投稿し、攻撃を行ったとされるロシア軍について「文化がまったくない彼らは、他国の文化財を破壊しつくそうとしている」と書いている。


クインジ美術館(マリウポリ)


クインジ美術館(マリウポリ) Photo: Sputnik via AP

ウクライナを代表する写実主義の画家、アルヒープ・クインジの生涯と作品を紹介するクインジ美術館は、3月21日にロシア軍によるマリウポリへの砲撃で破壊された。このニュースは、リビウの文化情報サイト、ローカルヒストリーが最初に報じ、その後、ウクライナアーティスト組合のコンスタンティン・チェルニャフスキー議長もフェイスブックへの投稿を行っている。

1842年マリウポリ生まれのクインジは、光と色彩を巧みに使った作品でウクライナとロシアで人気を博した。当初は19世紀ロシアの写実主義画家のグループ「放浪者」の一員だったが、のちに離脱。メトロポリタン美術館(ニューヨーク)所蔵の《ドニエプル川の赤い夕日》(1905-08)など、独自の作風で鮮やかな風景画を追求した。

アールヌーボーの建物を利用したクインジ美術館は、20世紀ウクライナ人画家の作品600点以上を所蔵。イワン・アイワゾフスキー、ミコラ・フルシェンコ、ワシル・コレンチュク、オレクサンドル・ボンダレンコなど、ウクライナ人アーティストの歴史的、現代的な作品が多数破壊されたと推測されている。

チェルニャフスキー議長はローカルヒストリーの取材に対し、クインジの作品のうち《ドニエプル川の赤い夕日》のスケッチと、《エルブルス山》および《秋、クリミア》の下絵、計3点が爆撃前に美術館から持ち出されたと答えた。この件については4月30日付のワシントン・ポスト紙が、ロシア軍がマリウポリの美術館から略奪した大量の美術品にこの3点が含まれ、ロシアが支援する分離独立派の勢力圏にある工業都市ドネツクに持ち込まれたと報じている。

ワシントン・ポストによれば、マリウポリ市議会はメッセージアプリのテレグラムへの投稿で、「占領軍はマリウポリをその歴史的・文化的遺産から『解放』したとしている。マリウポリの博物館から2000点以上の比類のない展示品を盗み、ドネツクに移動させたのだ」と書いている。


ドロビツキー・ヤールのホロコースト記念碑(ハルキウ)


ハルキウにあるドロビツキー・ヤールのホロコースト記念碑 Photo: NPR

ユネスコによると、激戦地となったハルキウの周辺では22の文化財が損傷した。ウクライナのドミトロ・クレバ外相は3月26日、市郊外のドロビツキー・ヤールのホロコースト記念碑がロシア軍に砲撃されたとツイッターで発表。第二次世界大戦中、推定1万6000人のユダヤ人と戦争捕虜がナチスによって殺害された場所にある記念碑に、多数の弾痕が撃ち込まれていることが、ソーシャルメディアに流れた画像で確認できる。記念館の入り口に設置された大きな黒いメノラー(ユダヤ教の7本に分かれた大燭台)の彫刻は廃墟のようになっている。


ドネツク学術地域演劇劇場(マリウポリ)


ドネツク学術地域演劇劇場(マウリポリ) Photo: AP Photo/Alexei Alexandrov, File

3月16日、ロシア軍は、1200人の市民が避難していたと推定されるドネツク学術地域演劇劇場(マウリポリ)を爆撃した。衛星写真は、新古典主義建築の劇場が焼け落ち、半壊している様子を捉えている。建物の前で撮影された写真では、劇場の両脇にチョークで「子どもたち」とロシア語ではっきり書かれていた。

ウクライナ政府は3月、この攻撃で約300人が死亡した可能性があると推定していた。5月4日、AP通信とドキュメンタリー番組「PBSフロントライン」が共同取材する「ウクライナの戦争犯罪監視(War Crimes Watch Ukraine)」プロジェクトは、この爆撃で600人近くが死亡した証拠を報告し、「これまで知られている民間人に対する攻撃の中で最大の死者数だ」と指摘した。


G12美術学校(マリウポリ)


G12美術学校(マリウポリ) Photo: AP Photo/Alexei Alexandrov

3月20日、マリウポリ市議会はメッセージアプリのテレグラムで、数百人の民間人が避難していた市内のG12美術学校が爆撃されたと伝えた。メッセージには、「昨日、ロシア占領軍はマリウポリ左岸地区にあるG12美術学校に爆弾を投下した。約400人のマリウポリ市民が避難していた」とあった。この内容は、CNNやワシントン・ポストを含むさまざまな報道機関によって事実であることが確認されている。

市議会によれば、学校の地下に避難していた人たちの中には、「女性、子ども、高齢者」がいた。さらに、「建物が破壊され、まだ瓦礫の下に生き埋めになっている人がいることが分かっている」という。


チェルニーヒウ地域美術館(チェルニーヒウ)


チェルニーヒウ地域美術館 Photo: Wikimedia Commons

国連の報告によると、北東部の都市チェルニーヒウにある地域美術館が被害を受けた。18世紀末の重厚な邸宅にあるこの美術館には、コサックのガラガン家の所蔵品が展示され、中には16世紀イタリアやオランダの絵画、アレクセイ・ボロスコフ、ニコライ・ゲー、ミハイル・クロト・フォン・ユルゲンスブルクといったウクライナやロシアの芸術家の作品が含まれていた。チェルニーヒウは3月にロシア軍による包囲戦で壊滅的な打撃を受け、約200人の市民が死亡、さらに数百人が負傷したと推定されている。現在、美術館の所蔵品の状態は明らかになっていない。


ハルキウ美術館(ハルキウ)


イリヤ・レーピン《トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージェ・コサック(スケッチ)》(1893) Photo: Courtesy the Kharkiv Art Museum

ハルキウ美術館には、2万5000点を超えるウクライナ最大級の貴重な美術コレクションがある。3月上旬、激しい砲撃と空爆を受けた際、美術館のスタッフは所蔵品を急いで敷地から運び出した。その中には、ロシアの著名な画家、イリヤ・レーピンの《トルコのスルタンへ手紙を書くザポロージェ・コサック》(1880-91)も含まれる。

ハルキウ美術館の外国美術部門の責任者、マリナ・フィラトワは、「ロシア人画家の絵画を、画家の祖国の攻撃から救い出すとは、運命の皮肉としか言いようがない。まさに野蛮な行為だ」と3月にロイター通信に語った。

また、3月11日付ウォール・ストリート・ジャーナル紙は、ロシアのミサイル攻撃によって、荘厳な19世紀建築の窓ガラスと、希少な写本を所蔵するコロレンコ図書館が大破したと報じている。


フルィホーリイ・スコヴォロダ国立文学記念館(スコボロディニフカ)


フルィホーリイ・スコヴォロダ国立文学記念館(スコボロディニフカ) Photo: ddp images/Sipa USA Sipa via AP Images

5月7日、ゼレンスキー大統領は定例のビデオ演説で、18世紀のウクライナの詩人・哲学者、フルィホーリイ・スコヴォロダの旧宅を利用したフルィホーリイ・スコヴォロダ国立文学記念館が、ロシアのミサイル攻撃で破壊されたと発表した。記念館は、ハルキウの武装地帯から遠く離れた小さな村にあった。

ゼレンスキー大統領は、「昨夜、ロシア軍はハルキウのフルィホーリイ・スコヴォロダ博物館を破壊するためにミサイルの1つを用いた。国立文学記念館を破壊するために発射したのだ」と報告。スコヴォロダが「真にキリスト教的な生活とはどのようなものか、人はどのように自分を知ることができるのかを教えてくれた」と称えるとともに、「美術館も、キリスト教的人生観も、自己認識も、全て現代のロシアにとっては脅威であるらしい」と述べた。

スコヴォロダは、18世紀ウクライナで文化的アイデンティティの再定義を目指す運動を主導した人物で、2022年はその生誕300周年にあたる。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月11日に掲載されました。元記事はこちら

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