人種・民族問題に翻弄されるドクメンタ15。会場に脅迫的な落書きが見つかる
5年に一度、ドイツのカッセルで開かれる国際美術展「ドクメンタ」。今年15回目の開催を迎え、6月18日に開幕を控えている。だが先週、展示スペースがスペインの極右勢力(オルトライト)を暗示する言葉で落書きされる事件が発生。「パレスチナにおける資金調達とそれが生み出す文化について再考する」アーティスト集団、クエスチョン・オブ・ファンディングの作品が展示される予定だった場所だという。
この事件を受けて、今年のほぼ全ての参加アーティストが、パレスチナ人参加者の保護を強化するよう呼びかけている。アーティストの声明がプラットフォーム「e-flux」に掲載される数日前、ドクメンタはカッセル市に刑事告訴した。
ドクメンタの報告によると、パレスチナの集団「クエスチョン・オブ・ファンディング」の展示スペースに破壊者が侵入し、「187」 や 「Peralta(ペラルタ)」などの言葉をスプレー塗料で書き込んだという。前者はカリフォルニア州刑法で殺人を扱う番号を示す。後者は、反ユダヤ的な言動で知られ、オルトライト(極右)グループとのつながりが指摘されている若いスペイン人女性を連想させるものだという。
アーティストたちは声明の中で、破壊行為について「死の脅迫だ。これは、半年前にここカッセルで始まった事態が深刻化している証拠であり、非常に憂慮すべきことである」 と記している。
この破壊行為は、ユダヤ系団体からの申し立てに端を発する論争において、これまでで最も重大な事件だ。ユダヤ系団体は、パレスチナ系のアーティストを含むためドクメンタが反ユダヤ主義的であると主張している。だが、ドクメンタ側と今年のキュレーターを務めるインドネシアのアーティスト集団ルアンルパは、これらの疑惑を否定し、「人種差別的だ」と述べている。
こうした疑惑の中心は「資金問題」だが、ルアンルパがアドバイザーに名を連ねるパレスチナの都市ラマッラーを拠点とするアートスペース、Khalil Sakakini Cultural Center(ハリルサカキニ文化センター)もまた、誹謗中傷の対象に。ドイツのマスコミ報道の中には、同センターが、ドイツ国内で物議を醸している親パレスチナ運動「BDS(ボイコット、投資撤収、制裁)」との関係を明言しているという虚偽の主張もある。
ドクメンタの論争が始まった際、ハリルサカキニ文化センターは公式にコメントをしなかった。しかし、6月5日にSNS上で長い声明を発表。ドクメンタに対する疑惑を「根拠のない非難である。ドイツでは、全てのパレスチナ人がその対象になっている。また、パレスチナ人に対する人種差別的行為に抗議する勇気ある人々にも向けられている」と記した。
さらに同センターは、ドクメンタだけでなく全ての芸術機関に対して「全参加者が持つ価値観への責任を果たし、表現の自由を確保し、あらゆる人種差別を拒否すること」を要求。加えて、「6月のドクメンタのオープニングイベントに参加する、パレスチナのアーティストを保護すること」も求めている。
以前、ドクメンタは、開催に向けてカッセル市内の警備を強化すると述べていたが、その具体的な方法については明らかにしていなかった。
この破壊行為の数日後、「資金調達の問題」とドクメンタに対する誤情報を最初に報道したドイツのディー・ツァイト紙は、アーティストのヒト・シュタイエルによるドクメンタについての文章を掲載した。「Context is Everything, Except When It Comes to Germany(文脈がすべて、ただしドイツに関しては例外)」と題された彼女の論説は、反ユダヤ主義と人種差別に関するドクメンタのトークイベントに向けて用意していた講演の「最新版」とされている。このイベントは5月に開催される予定だったが、激しい論争の中で中止された。
ディー・ツァイト紙の紹介文では、シュタイエルの作品を論争と明確に関連付けている。だが、彼女の作品は破壊行為にもパレスチナやBDSについても言及していない。そのため、評論家のゾエ・サムジや、ターナー賞受賞アーティストのタイ・シャニをはじめ、SNS上で問題を提起する者もいた。
シュタイエルは、ドクメンタがスタートした初期に助言をした美術史家ヴェルナー・ハフトマンの経歴を長々と論じ、その歴史を問題視する。最近、ハフトマンはナチス党の準軍事組織であるSAのメンバーであったことが明らかになっている。
「もしこの美術展を適切な存在として保ち続けたいのであれば、世界の『地位』に対して挙げられた繊細な声を、自らの歴史の『プリズム』を通して再評価するべきだ」と、シュタイエルは書いている。「しかしそのためには、この課題に関心を持って取り組むことができるチームが必要だ。さもなければ、これが歴史そのものになってしまう」、と。(翻訳:編集部)
※この記事は、米国版ARTnewsに2022年6月6日に掲載されました。元記事はこちら。