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  • 2022.06.24

NFTアート最前線:メガギャラリーや先駆的アーティストが試みるNFTの本当の可能性

NFTアートというと、オークションで高額落札されたものばかりが取り上げられがちだ。しかし、NFTやブロックチェーンは、先進的なテクノロジーだけでなく、新しい価値観を反映するものでもある。そうしたNFTアートの可能性を感じさせてくれるアーティストやキュレーターは、どんな活動をしているのだろうか。

デジタルアーティストのジョン・ラフマンが、オンラインギャラリー、フェラル・ファイル(Feral File)の「For Your Eyes Only(あなたに見せるためだけに)」展に向けて制作したビデオコレクション「ᖴᗩᑕIᗩᒪᔕ I(フェイシャルズ1)」 Courtesy of Feral File

1936年、ジョルジュ・ルオーの絵画《Les Trois Juges(三人の審判)》を初めて展示したフランスの画廊は、この絵を17世紀の額縁に収めた。表現主義の作品の、大胆な表現になじみのない顧客にも受け入れやすい文脈で見せなくてはならないと考えたのだ。

このように、ギャラリーやキュレーターは、アートが新しい表現様式や材料を取り入れようとする時には欠かせない役割を果たしてきた。それはNFTアートの世界でも同じだ。NFTのプラットフォームは、作品の質ではなく量で圧倒的な存在感を示しているが、ギャラリーや美術館は、2021年にNFTがメインストリームの仲間入りをするずっと前から、ブロックチェーンを利用するアーティストのアイデアを紹介している。

ケイト・バス・ギャルリー(チューリッヒ)やグレイ・エリア(サンフランシスコ)、チーム・ラボ(日本)など30あまりの大手ギャラリー・美術組織が、ブロックチェーンを販売ツールに用いたNFT作品だけではなく、作品のコンセプトの核心的な部分にブロックチェーン技術を用いたものなど、意義深い作品を扱っている(NFTアートの創作を支援するバーチャル/リアルの美術館や団体はここには含まない)。

以下、さまざまなアプローチでNFTという新たな創造的実践に取り組むアーティスト、キュレーター、美術館から特に興味深い例をピックアップして紹介しよう。

グローバルなデジタルコミュニティとしてのアート


2021年にフェラル・ファイル(Feral File)で開催された国際展「The Bardo: Unpacking the Real(中有:現実を開梱する)」のためにオーリア・ハービーが制作した3Dモデル作品《The Mystery [v5-dv1] (ザ・ミステリー[v5-dv1])》 Photo: Courtesy of Feral File

2021年4月、NFTがようやく一般にも認識されつつあった頃、長年コードアーティストとして活躍してきたキャセイ・レアスは、オンラインギャラリーのフェラル・ファイル(Feral File)を立ち上げた。

当初は毎月グループ展を行なっていたが、現在はその頻度が増えただけでなく、個展も開催している。「The Bardo(中有)」展や「For Your Eyes Only(あなたに見せるためだけに)」展などでは、新たにNFTに取り組むようになったデジタルアーティストを取り上げた一方、「Jason Bailey's Field Guide(ジェイソン・ベイリーのフィールドガイド)」展など、NFTアートシーンで台頭した作家を集めたグループ展も開催している。

NFTのコミュニティはオンライン上にあることから、現代アートのメインストリームであるリアルのギャラリーよりもグローバルな活動が容易だ。たとえば、北京在住のキュレーター、アイリス・ロンは、「The Long Cut(ザ・ロング・カット)」展を開催し、欧州や米国であまり知られていないアーティストをフェラル・ファイルのユーザーたちに紹介した。

また、レアスはフェラル・ファイルを利用して、アルゼンチンのアーティストでコーダーのマノロ・ガンボア・ナオン、ブラジルのジェネレーティブアーティストp1xelfool、中国のビジュアルアーティスト、レイブン・クウォック(郭銳文)をプロモート。レアスは各作品にその基本的なコンセプトを説明する丁寧な説明を添えているので、鑑賞者は作家とその活動に関する理解を深めることができる。


ジェネレーティブアーティストのイスクラ・ベリチコバがフェラル・ファイルの展覧会「Field Guide(フィールドガイド)」のために制作した「Hypothetically Micro(ハイポセティカリーマイクロ)」シリーズ Photo: Courtesy of Feral File

さらに、フェラル・ファイルは販売モデルにグループ倫理を採用している。グループ展に参加したアーティストが互いの作品を1点ずつ受け取る仕組みで、長期的な互助関係を結ぶコレクターのコミュニティを形成するのが目的だ。

「コミュニティ」はブロックチェーンの世界でよく使われる言葉だが、ディスコード(Discord)やツイッターといったオンラインコミュニティは、そこで広く知られるのが難しい反面、アーティストが最新作を「shill(シル)」(暗号資産業界用語で広告の意)する場になりがちだ。それでは分散型テクノロジーの特徴とされる相互接続の精神と相反するばかりか、「ハイパー個人主義」を助長してしまう。

フェラル・ファイルは、作品制作の背景やアーティストの居住地、キュレーションのアプローチに多様性を持たせている。それと同時に、NFTの初期コレクター以外にもコミュニティを拡大するため、新しいユーザーが参入しやすい価格を設定している。フェラル・ファイルは初年度に14の展覧会で92人のアーティストを紹介し、最低価格75ドルのエディション作品から50万ドル以上の1点物まで幅広い価格帯の作品を扱った。

リアルのギャラリーがバーチャルの世界に参入


レオ・ビジャレアルの「Cosmic Reef(宇宙の岩礁)」は、アーティスト初のNFTシリーズで、1点ずつ異なる1024のデジタル作品で構成されている。このコレクションは、ペース・ギャラリーとNFTプラットフォームアートブロックス(Art Blocks)のコラボレーションで実現した Photo: Courtesy of Pace Gallery

フェラル・ファイルは、NFTを扱うデジタルネイティブなギャラリーの模範的な例と言えるかもしれない。一方、ペース・ギャラリーの試みは、既存の一流ギャラリーがNFTアートに参入した代表的な成功例だろう。

ペースのCEO、マーク・グリムシャーは、Web3(*1)における同ギャラリーの活動拠点であるペース・バーソ(Pace Verso)以外にも、さまざまなNFTプラットフォームと連携するようアーティストに働きかけている。


*1 ブロックチェーン技術に基づく次世代のインターネット。現在主流のWeb2.0がプラットフォーム企業にデータや権限などが集中する中央集権型であるのに対し、Web3(Web3.0)は分散型の仕組みでユーザーの自律性が増すと言われている。関連する技術や概念にNFTやDAO(分散型自律組織)などがある。

たとえば、ジョン・ジェラードは、招待制を採用して人気を得たNFTプラットフォーム、ファンデーション(Foundation)と協力して《Western Flag(ウエスタン・フラッグ)》(2021)を制作。ジャン・ホァン(張洹)の《Ash Square(アッシュ・スクエア)》(2022)と《Celestial Burial(天空葬)》(2022)は、ペース・バーソと同時に、ブロックチェーンでの実験的試みを促進しているクリエイティブラボ、スナーク.アート(Snark.art)でも発表された。さらに、アートブロックスとペース・バーソのコラボレーションでレオ・ビジャレアルが「Cosmic Reef(宇宙の岩礁)」(2022)を発表しているが、6月7日に両者はコラボレーションの継続を発表し、ビジャレアルの作品はアートブロックスで引き続き展示されることになった。

こうしたコラボレーション精神は、Web3の理想に根ざしたものである。それは、ブロックチェーンなどの新しいインターネット技術が、現在のインターネット文化のブラックボックスとも言うべきフィルターバブル(*2)的な資本主義を改善しようとする概念だ。優れたアーティストや顧客の注目を集めようと常に競争している一流ギャラリーが、こうした新しい取り組みを始めているのは注目に値する。


*2アルゴリズムがネット利用者の検索履歴やクリック履歴を分析し学習することで、個々のユーザーにとっては望むと望まざるとにかかわらず、見たい情報が優先的に表示され、利用者の観点に合わない情報からは隔離され、自身の考え方や価値観の「バブル(泡)」の中に孤立するという情報環境。

また、ペース・バーソではブロックチェーンが環境に与える影響を考慮し、イーサリアムのサイドチェーン(*3)としてパーム(Palm)を採用している。イーサリアムを含め、暗号資産取引における合意形成メカニズムとして最も利用されているプルーフ・オブ・ワークは大量の電力を消費することから、二酸化炭素排出量の問題がある。そのため、それに代わる技術を支援する取り組みは、この分野の関係者にとって重要な課題なのだ。


*3 メインのブロックチェーンとは異なるブロックチェーン(オフチェーン)によってトランザクションを処理する技術。

しかし皮肉なことに、ジェフ・クーンズの初NFTプロジェクト「Moon Phases(ムーン・フェーズ)」は、近々行われるロケット打ち上げに参加し、彫刻の実物を月面に運ぶ予定だ。クーンズらしい遊び心に満ちたプロジェクトだが、サステナビリティーへの配慮が問われるかもしれない。一方、グレン・カイノとトミー・スミスの「Pass The Baton(バトンをつなぐ)」シリーズのように、社会正義のための活動として新しいテクノロジーを用いるプロジェクトもある。


ガゼリ・アート・ハウスのデジタル部門、GAZELL.iOのプロジェクト・スペースでの展示風景(2021) Photo: Courtesy of Gazelli Art House

これまでペース・バーソは、シリーズものであれ1点物であれ、作品の発表には「ドロップ」形式を採用してきた。それは、鑑賞者が多様なNFTアートと出会う間口を狭めてしまう一方、特定のアーティストがどのようにブロックチェーンを採用し、そこで生じる問題に取り組み、新しい可能性を試しているかをより深く理解できるという利点もある。

ペース・バーソを運営するのは3人の女性、クリスティアーナ・イネ=キンバ・ボイル、アメリア・レッドグリフト、アリエル・ヒューズだが、誰もテクノロジー分野の経験はない。つまり、リアルのギャラリーという現代アートの中心的な環境にいても、革新的なテクノロジーの実践に問題なく取り組み、成果を上げることができるというわけだ。

もう1人紹介したい女性は、ロンドンのギャラリー、ガゼリ・アート・ハウスのオーナー、ミラ・アスカロバだ。彼女は、現在インディア・プライスが運営しているデジタル部門のGazelli.io(ガゼリ.io)を立ち上げ、アーティスト・イン・レジデンス、定期的なNFTのドロップや実店舗での展示を積極的に行い、アーティストをサポートしている。こうしたオンラインとリアルを組み合わせたハイブリッドなやり方が、NFTアートの未来だと言えそうだ。

ちなみに、NFTのアートシーンには、アーティスト、起業家、開発者、作家、アドバイザー、キュレーター、あるいはギャラリーオーナーとして、多くの女性が活躍している。ブロックチェーンを基盤とする数多くの組織の舞台裏にも、数え切れないほどの女性がいる。NFTという新しい分野での女性たちの貢献はもっと評価されるべきだろう。

バーチャルの展示スペースがリアルの世界に進出


テキサス州マーファにあるアートブロックスのギャラリー。展示作品のほとんどは、NFTプラットフォーム上のプロジェクトで制作されたもの Photo : Courtesy of Art Blocks

今、数多くのNFTプラットフォームがリアルのギャラリーを新たにオープンしている。ニューヨークのソーホーに登場したスーパーレア(SupeRare)のポップアップギャラリーのように、期間限定の場合もある。ジェネレーティブアート(*4)のプラットフォームであるアートブロックス(Art Brocks)は、テキサス州マーファにあるギャラリーで、年2回、オンライン上の「キュレーテッド・コレクション」から2人のアーティストを招いて展覧会を開催している。


*4 コンピューターを使い、意図的に偶然性を取り入れたプログラムで制作されたアート。

ジェネレーティブアートには60年の歴史がり、最近では先駆的なジェネレーティブアーティストの回顧展が相次いで開催されている。リンツの美術館フランシスコ・カロリヌムではヘルベルト・フランケ、カリフォルニア州アーバインのビオール・センターではベラ・モルナールの個展が開かれた。デジタルアートの中でも歴史的背景があると同時に急成長を遂げている分野だ。

アートブロックスは、ラファエル・ローゼンダール、ジェン・スターク、レオ・ビジャレアルといったメインストリームの現代アーティストをNFTの世界に招き入れた。その一方で、ドミトリ・チェルニアック、タイラー・ホブス、キャセイ・レアスといった定評あるジェネレーティブアーティストを紹介し、スティナ・ジョーンズ、マット・ケイン、ハン×ニコラス・ダニエルなど、NFT世代のアーティストによるすばらしい作品も取り上げている。

また、NFTのスマートコントラクトは、特定の個人への支払いを自動化できるため、一次販売の売り上げや再販時の著作権収入から慈善事業への寄付を行うことが広く行われている。これは、メインストリームの現代アート界にはなかった、称賛すべき慣習だ。

アートブロックスは「暗号資産に包括性と公平性をもたらす」という使命を掲げ、これに基づいて慈善事業に取り組んでいる。これまで世界の100あまりの慈善団体に5000万ドルの寄付を行い、ダッチオークション(競り下げ式オークション)の利益の最大25%がアーティストの選ぶ慈善団体に寄付される。テクノロジーのおかげで国際的な慈善活動が可能になるのと同時に、再販による著作権収入でアーティストを支援できるのだ。

ホワイトキューブはもういらない


EPOCHギャラリーで8月5日まで開催中のデジタルアート展「CRYOSPHERE(雪氷圏)」。テーマはアラスカのマタヌスカ氷河で、展覧会全体が6月下旬に1点のNFT作品として販売される Photo: Courtesy of EPOCH Gallery

ここで紹介する中でも、とりわけ革新的な試みをしているのはピーター・ウー+が設立したバーチャルギャラリー、EPOCHギャラリーかもしれない(Peter Wu+という名前にある「+」の記号は、常に他者とのコラボレーションに影響を受けながら制作を行うというコンセプトを示しているという)。

EPOCHでは、展覧会のテーマと連動した没入型のバーチャル環境にアーティストの作品が配置される。最近では、「CRYOSPHERE(雪氷圏)」展でのマタヌスカ氷河や、「ECHOES(エコーズ)」展でのロサンゼルス・カウンティ美術館のイーストキャンパスなど、特定の場所をモデル化したものが使われている。鑑賞者はバーチャルのギャラリー空間で動き回り、作品を発見していく。これに比べると、通常のオンライン・ビューイング・ルームは、いかに退屈で狭苦しいことかと思わされる。

オンラインであれば、ホワイトキューブ(壁、天井、床が白い展示室)を再現する必要はない。それに、この環境に作品を設置することで展覧会全体を1つのユニットにまとめ、エディションとして販売することができる。売り上げの60%はアーティスト間で均等に分配し、15%は展覧会に関連するチャリティーに寄付される。グループ展では、ナンシー・ベイカー・ケイヒル、ローレンス・レック、ジベード・カリル・ハフマン、キャンディス・リンら、さまざまな手法で制作を行うアーティストを取り上げてきた。

EPOCHは環境問題への配慮も怠らず、ブロックチェーンにはマサチューセッツ工科大学(MIT)で開発されたアルゴランド(Algorand)を採用している。このブロックチェーンには、プルーフ・オブ・ワークよりも環境への負担が少ないとされるプルーフ・オブ・ステークが用いられている。

アートの世界では、これまでも新しいテクノロジーや広義のデジタル文化をめぐるキュレーションの議論の一部として、NFTやブロックチェーンを使った作品が取り上げられてきた。しかし、最近の取り組みには目を見張るものがある。アーティストがなぜブロックチェーンやNFTを用いるのか、鑑賞者はそこに注目することが必要だ。こうした作品は、現代の文化に対峙し、テクノロジーを批評し、新しい社会のあり方を提案するものだからだ。

現代アートのメインストリームでは、キュレーションが門戸の狭さの元凶であるとの批判は根強く、NFTアートの世界でも同様のことが起きるのではと懸念する人もいるかもしれない。しかし、ギャラリーやキュレーターは、鑑賞者が過熱したNFTアートブームに惑わされないよう、また必要十分な知識が得られるように手助けしてくれる。新しいアートの実践は常に難解であり、嘲笑されることさえある。それでも、ギャラリーという心強い味方の助けを借りれば、回り道をせずに新しいアートの視点が理解できるようになるはずだ。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月10日に掲載されました。元記事はこちら

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