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  • 2022.09.21

ベネチア国際映画祭金獅子賞に、写真家ナン・ゴールディンの薬害企業批判と美術館への抗議を描いたドキュメンタリー

世界三大映画祭の1つ、第79回ベネチア国際映画祭の授賞式が9月10日に行われ、米国の写真家が起こした運動を描いたローラ・ポイトラス監督のドキュメンタリー映画が、コンペティション部門の金獅子賞を受賞した。名誉ある金獅子賞をドキュメンタリー映画が受賞するのはめずらしい。

2018年にメトロポリタン美術館(ニューヨーク)で、活動家グループP.A.I.N.が行ったサックラー家に対する抗議行動の様子。写真中央がナン・ゴールディン Andrew Russeth/ARTnews

受賞作の「All the Beauty and the Bloodshed(オール・ザ・ビューティー・アンド・ザ・ブラッドシェッド)」は、鎮痛剤オキシコンチン依存症という社会問題を引き起こしたサックラー家に長年立ち向かってきた写真家、ナン・ゴールディンの活動を追ったものだ。ゴールディンは薬物依存問題におけるサックラー家の責任だけでなく、同家とアート界との深く不都合な関係も暴いている。

米国の映画監督ポイトラスは、2014年にエドワード・スノーデン事件の舞台裏を描いたドキュメンタリー映画「シチズンフォー スノーデンの暴露」で、第87回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞を受賞した。10日夜に行われた授賞式では、「ドキュメンタリーは映画である」ことを認めてくれたとして、ベネチア国際映画祭に対する謝意を表すとともに、ゴールディンを「こんなに勇気のある人には会ったことがない」と称えている。

ゴールディンは、自身も手術後に鎮痛剤オキシコンチンを処方され、中毒に苦しんだ経験がある。オキシコチンを製造していたのは、創業一族のサックラー家が所有する米国の製薬会社パーデュー・ファーマだ。同家は依存性が高いことを知りながら、オキシコンチンの積極的なマーケティングを行ったことを厳しく批判された。

サックラー家に対する抗議活動を粘り強く主導してきたゴールディンは、2018年にアートフォーラム誌にこう書いている。「オキシコンチン中毒被害者の救済のため、個人的に経験したことを政治的な運動に広げていく義務が私にはあると考えています」

ゴールディンはまた、活動のためにP.A.I.N.(Prescription Addiction Intervention Now:処方薬中毒への介入を今)というグループを立ち上げ、メンバーとともにグッゲンハイム美術館(ニューヨーク)、スミソニアン博物館(ワシントンD.C.)、ハーバード美術館(マサチューセッツ)をはじめ各国の美術館で数十回にのぼる抗議行動を行った。

これらの美術館は、世界有数の慈善家でもあるサックラー家の一族から寄付を受け入れていた過去がある。結果として、抗議を受けた多くの美術館は、サックラー家との距離を置くようになった。主要な展示ギャラリーに付けられていたサックラーの名前を削除したり、サックラー家からの寄付を拒否したりする動きも広がっている。

ゴールディンはさらに、オキシコンチン中毒で死亡した子どもの親たちとともに、「説明責任のための特別委員会」の結成にも尽力。米国疾病予防管理センター(CDC)の調査では、オキシコンチン中毒で100万人近くの命が奪われたとされる。そして、ゴールディンらの活動は、サックラー家を法廷に立たせ、この問題への関与について説明責任を果たさせることにつながった。

2021年9月、米国連邦裁判所はパーデュー・ファーマの解散計画を承認。サックラー家には、和解金として9年間で約45億ドルを遺族に支払うことを命じた。その一方で、「不正や故意の違法行為に起因する場合を除き」、費用や罰金などの「一切の責任を免れる」としたことが物議を醸している。(翻訳:清水玲奈)

※本記事は、米国版ARTnewsに2022年9月12日に掲載されました。元記事はこちら

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