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フェミニズムアートの過去と現在。アルドリッチ現代美術館で50年前のフェミニスト展をリバイバル開催

  • 2022年9月29日
  • INTERNATIONAL

Text: Wendy Vogel

2022年の夏は、フェミニズム運動の50年の歩みを重苦しい気持ちで振り返る時となった。米連邦最高裁判所が6月に、女性の人工妊娠中絶の権利を憲法で認めた判決を覆したからだ。その一方で、勇気付けられるような展覧会が同じ6月にコネチカット州のアルドリッチ現代美術館で始まった。この展覧会についてのリポートをお届けする。

レイチェル・ユーレナ・ウィリアムズ《Pedestal Reeducation(台座の再教育)》(2021)カンバスと木材にアクリル絵の具、染料、ロープ 約330×1635×8cm Photo Jason Mandella/Courtesy Canada, New York

1960〜70年代に盛り上がった女性解放運動を記念する企画展「52 Artists: A Feminist Milestone(52人のアーティストたち:フェミニストのマイルストーン)」は、71年に同美術館で開かれ、米国初のフェミニズムに関する展覧会とされる「Twenty Six Contemporary Women Artists(26人の女性現代アーティスト)」のリバイバル展だ(2023年1月8日まで)。

ルーシー・リパードが企画した71年の「Twenty Six Contemporary Women Artists」は、それまで個展を開いたことがなかった女性アーティストたちの作品を紹介するものだった。対して、今回のリバイバル展は、アルドリッチ現代美術館のチーフ・キュレーターであるエイミー・スミス=スチュワートとインディペンデント・キュレーターのアレクサンドラ・シュワルツが企画。白人で異性愛者の女性が大多数を占めるオリジナルの展覧会の出展者に、80年以降に生まれた性自認が女性あるいはノンバイナリー(*1)のアーティスト26人を加え、より多様な構成となった。


*1 性自認が男性と女性のどちらでもない人。

この半世紀の間で、展覧会を企画する際にインターセクショナリティ(*2)がますます重視されるようになったことが、オリジナル展とリバイバル展の出展者構成の違いに表れている。ただ、主催者たちはこのような目配りをしながらも、当時も今もフェミニズムにつきまとう政治的な複雑さと盲点を見つめようとしている。


*2 交差性:性自認、性的指向、人種、国籍、社会的階級、障害など、さまざまな差別の問題を個別に捉えるのではなく、互いに重なっていたり、交差したりしているものと考えること。

71年の展覧会カタログに寄せた文章の中でリパードは、自分は少し前から女性解放運動に関わるようになったと書いている。

「男性の作品に比べ、女性の作品をつい軽く見てしまう自分自身の態度に最近気づかされた。それは、私たちがみな、一種の刷り込みを受けていることの結果なのだ」と吐露したリパードは、「女性の芸術」を単一のスタイルに還元せずに、女性のアーティストたちが追求する美的形式の幅広さを捉えようと真摯に取り組んだ。ミニマル、コンセプチュアル、ランドアートなど、彼女の関心に沿った作品が多く展示されたほか、風変わりな抽象表現やさまざまな素材を使った実験的な作品もあった。

今回の「52 Artists」もそれと同様に、ジェンダーや年齢といったアーティストの属性に基づく決めつけや分類を避け、スマートな構成で世代を流動的に交錯させている。特にキュレーターの手際の良さが感じられたのは、抽象画が示す感性の変化の扱いだ。たとえば、70年代の作品の中でも、キャロル・キンネのパズルのような絵《Bob’s Draw(ボブの絵)》(1973)や、メリル・ワグナーが鉄やリネンに描いた直線的な抽象画など、ハードエッジ(*3)な作風のものほど、2020年代の作品とはかけ離れているように思える。


*3 色面や線などをはっきりとした輪郭で描き、平面性を追求した絵画。奥行きの錯覚や筆致、塗りムラを排したもの。

逆に、女性を思わせるような風景を半抽象的に描いたシンシア・カールソンの《Untitled Inscape #1(無題 内面性 #1)》(1970)、染色したカンバス生地にアクリルジェルを組み合わせたメアリー・ハイルマンの《Malibu(マリブ)》(1970)、巻き上げたカンバスをグリッド状のロープはしごのように仕立てたハワルデナ・ピンデルの《Untitled(無題)》(1968-70)などは、プロセスや身体的な質感を重視する若い世代の感性に近い。

身体的な質感というテーマは、ロイ・ホロウェルが妊娠中の身体を描いた絵画《Empty Belly(空っぽのお腹)》(2021)、レイチェル・ユーレナ・ウィリアムズの壁に掛けられ解体された絵画《Pedestal Reeducation(台座の再教育)》(2021)、ラケラ・ブラウンの幾何学的なドアノッカーの部品の石膏レリーフ、パメラ・カウンシルによる指輪の箱に入った陰部のような彫刻にも見られる。


アルドリッチ現代美術館で開催中の展覧会「52 Artists: A Feminist Milestone(52人のアーティストたち:フェミニストのマイルストーン)」(2022–23) Photo Jason Mandella

具象表現を好む作家が急激に増えたのは、70年代以降のことだ。オリジナルの展覧会の参加者の中で、今回具象画を展示したアーティストは2人しかいない。その1人、スーザン・ホールの作品は、夢のように官能的な絵画《The Ornithologist(鳥類学者)》(1971)だ。もう1人のシルビア・プリマック・マンゴールドの作品は、71年の展覧会にも展示されたハイパーリアルな絵画《Floor Corner(床の片隅)》と、2016年に制作された冬枯れの楓の木の絵の2点が展示されている。

一方で、若手アーティストたちは、エロティックなものや、社会運動に関するもの、幻想的なものなど、多種多様な具象表現に取り組んでいる。エリン・M・ライリーのタペストリーは、ノートパソコンの内蔵カメラの前でマスターベーションにふける女性が描かれた強烈な印象の作品だ。スーザン・チェンは、彼女が相談相手になっている10代のアジア系アメリカ人と移民のグループを明るく質感豊かに表現。アストリッド・テラサスは、メキシコの民族芸術にインスパイアされたスタイルで、怒りをあらわにした馬上の女性を油絵の具とコチニール染料で描いている。

上の世代からの遺産として今回の展覧会にも受け継がれたのは、人種、ジェンダー、解放に関するエイドリアン・パイパーのコンセプチュアルなパフォーマンスだ。71年の展覧会のオープニングで、パイパーは仲間ともに半分サプライズのようにして警笛を吹きながら展示室を渡り歩く《Whistleblower Catalysis(内部告発者の触媒作用)》を演じた。このパフォーマンスは、今回も数人の参加者によって再演されている。

リバイバル展に登場するパイパーの作品には、写真とテキストを組み合わせた《Mokshamudra Progression(モクシャムドラの諸段階)》(2012)がある。固く握られた手が徐々に開いていく様子を9枚の写真で表した作品のタイトルは、ヒンズー語で「精神の解放」を指す言葉と、「儀礼的な手のジェスチャー」を指す言葉を組み合わせたもの。この作品には、彼女が数十年間やってきたヨガから学んだ知識が取り入れられ、最初と最後の画像の下には、それぞれの段階を表す9つの言葉が記されている。握られた手が写った最初の画像の下には、「自我」「結束」「所有」などの言葉が、開いた手のひらが写った最後の画像の下には、「非自我」「団結」といった、集団にとって望ましい価値を表す言葉が並んでいるのだ。

ウェルネスと政治の接点に関心を持つパイパーの作品と共通するテーマを探究しているのが、イラナ・ハリス=バボーだ。彼女の《Leaf of Life(命の葉)》(2022)は、ホンジュラスの薬草学者セビ博士を取り上げたビデオ作品。既に亡くなっているこの人物の怪しげな主張が、人種差別の問題が潜む西洋医学に代わる治療法を求める若い世代から支持を得ていることを描いている。

アリザ・シュバルツの《Homage: Congratulations(オマージュ:おめでとう)》(2017)は、結婚式の招待状への返信用テンプレートとして使えるカード状の作品。暴力的な家父長制が根底にある結婚制度に反対しているため、残念ながら式には参加できないという趣旨のメッセージが印刷されたこの作品は、先行作品を参照している。それは、パイパーの《My Calling (Card)(マイ・コーリング〈カード〉)》(1986)だ。会話の中で差別的なことを言われたとき、パイパーの黒人としてのアイデンティティを知らせるため、名刺サイズのこのカードを黙って相手に手渡すのだ。

この展覧会で新鮮に感じたのは、エコロジーと労働の問題を扱った70年代の作品だ。土地の権利や自治、自分たちの居場所作りをテーマにしたミレニアル世代のアーティストの作品と対置すると、その新鮮さが際立つ。アリス・エイコックの《Clay #2(粘土 #2)》は、乾燥した大地を思わせる土を木枠で囲った約680キログラムのインスタレーションで、ジャッキー・ウィンザーの《Brick Square(煉瓦でできた四角)》は300個の煉瓦を四角い枠として積み上げた作品だ。

71年に作られたこれら2つの作品が示唆する重労働のイメージは、いくつかの新しい作品からも感じ取ることができる。LJ・ロバーツのインスタレーション《Anywhere, Everywhere(どこでも、あらゆる場所で)》(2022)もその1つだ。この作家は、アルドリッチ現代美術館と、近くにある友人の土地──そこは、ロバーツが所属するクィア(既存の性のカテゴリーに当てはまらない人)のコミュニティにとって重要な意味を持つ──にあった石で、「石壁(ストーンウォール)」(*4)を作った。そして、その中に設置されたスクリーンで、石を掘り起こす過程を記録したドキュメンタリー映像を見せている。


*4  「ストーンウォールの反乱」を想起させる言葉。1969年にストーンウォール・インというゲイバーに踏み込んだ警察に対して客たちが抗議し、暴動に発展。LGBTQの人々が初めて正面から警察の理不尽な捜査に立ち向かったとされる事件。

ロバーツの作品の隣では、キヤン・ウィリアムズが、ブラック・ディアスポラ(*5)と関わりのある場所の土で作られた泥人形を展示している。また、トルマリンは自身が監督した映画《Salacia(サレイシア)》(2019)に関するセルフポートレートを展示。この映画は、19世紀のニューヨークに実在した自由黒人の共同体、セネカ村に住むトランスジェンダーのセックスワーカーを描いたもので、セントラルパークを作るために取り壊されたこの村を再現している。


*5  アフリカ大陸から世界各地に(強制的に、または自らの意思で)移住した人々とその子孫を指す言葉。

こうした作品で示唆されるのは、環境正義(*6)の問題が、住み慣れた土地を追われる人々の苦難と切り離せないということだ。移住を強いられるのは、BIPOC(黒人、先住民、その他の有色人種)やクィアの人々であることが圧倒的に多い。


*6  Environmental Justice:環境保全と社会的正義の同時追及の必要性を示す概念。裕福な人々は質のよい環境の中で生活できるが、マイノリティや貧困層などの社会的弱者は環境破壊の被害者となりやすいことを指摘したもの。


アルドリッチ現代美術館で開催中の「52 Artists: A Feminist Milestone(52人のアーティストたち:フェミニストのマイルストーン)」の展示風景。キヤン・ウィリアムズ(手前左)、アリス・エイコック(屋外)、LJ・ロバーツ(手前右) Photo Jason Mandella

「52 Artists」展は、さまざまなアーティストの多岐にわたる制作活動の間に意味のあるつながりを見出している。しかし、足りない部分もある。驚いたのは、社会的実践、ドキュメンタリー、プロテストアートといったカテゴリーに明確に分類される作品がほとんどないことだ。71年の展覧会にも、直接的な政治性は見られなかった。ビレッジボイス紙のジョン・ペローは、「Twenty Six Contemporary Women Artists」展について、「保育所の拡充や中絶の権利を訴えるソーシャルリアリズム風の攻撃的な作品はないし、男尊女卑主義者・資本主義者への罵詈雑言もない。燃やされたブラジャー(*7)もない」と評している。


*7  1968年、ミス・コンテストへの抗議集会で女性たちがドラム缶にハイヒールや化粧品、ブラジャーなどを入れて燃やしたとされる(許可が降りず燃やされなかったとの証言もある)。

アート界のメインストリームで活躍する女性が極端に少なかった70年代、女性アーティストを支持するルーシー・リパードの活動は、それ自体が政治的な行為として受け止められた。だが、多くのアーティスト、そしてリパードだけでなく多くのキュレーターが、創造的な仕事にアクティビズムが不可欠だと主張するようになった今では、この展覧会はたとえその内容が過激だったとしても、伝統的な形式に偏っていると見なされかねない。

70年代初頭のように、現在私たちは市民的自由が守られるかどうかの岐路に立たされている。そんな中、フェミニズム運動の中心的な問題は、今後の世界のあり方を左右する問題と結びついているように感じられる。この展覧会は、これまでの進歩を正しく讃えつつ、次の半世紀でフェミニズムアートがどのような変容を遂げるのか、見る者1人1人に考えることを促しているようだ。(翻訳:野澤朋代)

※本記事は、Art in Americaに2022年9月13日に掲載されました。元記事はこちら

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