39人が死亡、119人が投獄──ユネスコがアーティストの人権と芸術の自由への侵害行為の増加に警告
ユネスコは、「Defending Creative Voices(クリエイティブな声を守る)」と題された報告書で、芸術の自由に対する侵害行為が増加しているとの警告を発した。また、投獄されるアーティストの数が増加し、殺害されるケースもあることを伝えている。
セーフティネットをいかに確立するか
最新の報告書「Defending Creative Voices(クリエイティブな声を守る)」には、Freemuse(芸術の自由に関してユネスコに助言を行うNGO)が収集したデータが示されている。それによると、作品に対する検閲からアーティストへの直接的な攻撃まで、芸術の自由の侵害は2021年に1200件を超え、39人のアーティストが命を落とし、119人が投獄されたという。
ウクライナやイラク、イエメンで紛争が激化する中、ユネスコはアーティストを守るためにさらなる対策を実行する必要があるとして、迫害を受けたジャーナリストへの支援で国際機関が用いている戦略を応用するよう提言している。
報告書にはこう記述されている。「過去数十年にわたり、緊急時にジャーナリストの安全をどう確保するかが大きな関心を集めてきた。その結果、国際的にも、また地域や国のレベルでも、有効な法律や政策が確立されている。一方、アーティストや文化関連の専門家は、ジャーナリストと同様、身の安全や生活への深刻な脅威に直面しているにもかかわらず、報道関係者のような活動の機会や保護のためのセーフティネットがない」
アーティストは社会的弱者になりやすい
アーティストを守るための戦略には、彼らが攻撃のリスクにさらされているという認識を明示することや、危機的状況において芸術の自由を保障するための査察体制を強化することなどが含まれている。アーティストは雇用や報酬が不安定で、保険や年金も整っておらず、団体交渉という方法を取りにくいため、生活が安定しづらいばかりか、緊急事態が発生したときにはさらに弱い立場に陥りやすいと報告書は指摘している。
そのうえで、国外に亡命したアーティストの支援、国外のアーティスト・イン・レジデンスとのマッチング、作品や文化施設の保護といった安全確保のためのプログラムの導入も提言されている。
ジャーナリストの場合、特別な訓練を受けた司法関係者が支援を行う体制がすでに整っている。これについてユネスコは、アーティストにも同様の司法的支援を行うことで、創造的かつ自由な言論の醸成に向けた枠組み作りを目指すべきとの見方を示した。
ユネスコは、「アーティストと文化関連の専門家のためのユネスコ・アシュベルク・プログラム」の一環として100万ドル(約1億3500万円)の基金を確保し、世界各地のプロジェクトに資金を提供することを決めた。この資金は、ラテンアメリカやアフリカ各国の政府が芸術の自由を確立し、保護するための新しい法律・政策の整備のほか、芸術の自由の侵害を防止するための研修プログラム、啓蒙活動、モニタリングやリサーチを行うNGOの支援に使われる。
SNSがアーティスト攻撃の温床に
こうした取り組みは現実世界での物理的な保護や犯罪を連想させがちだが、ユネスコの報告書では、デジタル領域が芸術活動の監視や検閲につながっている実態が大きく浮き彫りにされた。2021年のFreemuseの調査報告によると、アーティストが逮捕、起訴、判決を受けた事例のうち3件に1件は、オンライン上の活動に起因するものだった。
デジタルでの監視は問題の一端に過ぎず、アーティストに対する嫌がらせや荒らしも横行するようになった。とりわけ女性アーティストが被害に遭うことが多く、裁判によって対処しにくいことが問題を深刻化させている。
さらに、ソーシャルメディアではガイドラインが曖昧なため、アーティストへの検閲や自主規制が目立つ。こうしたガイドラインはアルゴリズムによって適用されるもので、何がアートで何がガイドライン違反かの適切な判断がなされていないのが現状だ。そのため、ガイドラインがかえってアーティストへの攻撃に利用されやすくなっている。
また、ソーシャルメディアのユーザーがコンテンツにタグ付けすることによって、「世論による検閲」ともいうべき現象が生まれ、「特定の芸術表現が標的になりやすい」とユネスコの報告書は分析している。特定の芸術表現とは、伝統的な価値観に異を唱えるような作品や、女性・LGBTQのアーティストが制作した作品を指している。
「その結果、アーティストは特定のコンテンツをオンラインで公開することを自主規制し、結果としてそうしたアートに触れる機会がなくなる可能性がある」と、報告書は懸念を示している。(翻訳:清水玲奈)
from ARTnews