やさしくて平和な世界──ワン・シューの彫刻作品に宿る希望【New Talent 2023】

US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌の「New Talent(新しい才能)」は、長きにわたり年1度行われてきたアメリカの新進作家を紹介する人気企画だ。今後が期待される今年の選出アーティストをひとりずつ紹介していく。トップバッターは、コロンビア大学で美術学を学んだワン・シュー。

ロサンゼルスのヴィンセント・プライス美術館で開催された展覧会「Garden of Seasons」(2018-19)より。 Photo: Monica Orozco/Courtesy 47 Canal, New York

ワン・シュー(Wang Xu)がソープストーン(変成岩の一種)を彫って制作した小さなパステルカラーの動物たちは、やさしい雰囲気をまとった現代アート作品だ。ある作品では、小鳥たちが一列に並んで人懐っこいキリンの首に登る順番を待っている。尖らせた口の上に乗る月が落ちないよう、バランスをとっている魚を描いた作品もある。

ロサンゼルスのヴィンセント・プライス美術館で開催されたワンの個展、「Garden of Seasons」の本質をうまく捉えているのが、アーティストのアジェイ・クリアンがインスタグラムに投稿したコメントだ。彼は、ワンの彫刻が幼い頃に好きだった絵本を思い出させると書いている。

「今でも記憶に残っているのは、読者を単なる子どもではなく、1人の人間として扱ってくれる絵本だ。そういう絵本は、子どもの頃に読んで理解し、大人になってから改めて理解し直すことができる。子どもだった自分がそれを理解していった過程を理解しながら」

ロックダウンの閉塞感の中で見出した表現

ワンが動物たちを彫り始めたのは、2020年初頭のニューヨーク。当時の彼は、あちこちの公園に出かけて屋外で作業をしていた。だが、その年の旧正月に1カ月の予定で中国の大連に里帰りしたところ、新型コロナの感染拡大のため滞在期間は2年に及んだ。ロックダウンが続く中、彫刻が彼の心の支えとなり、そこで表現したやさしい情景を見ると困難な生活を忘れることができたという。

その頃に制作した映像作品《Seven Star Road》(2020)では、自宅のアパートで作品を彫っている彼をアップで捉えたショットと、窓から見える大連の街並みのショットが交互に映し出される。彫刻を作る平和な作業は、外に広がる混乱や不安とは対照的だ。

彫刻が初めて公開されたのはまだロックダウン中のことで、ニューヨークのギャラリー47 Canal(フォーティーセブン・カナル)のウェブサイト上で開催されたバーチャル展覧会でビデオ作品とともに展示された。また、彫刻やそれが制作された状況に言及したいくつかの詩も発表された。ある詩にはこう書かれている。「ガラスの壁の外側、芝生の上、天井の上。彫像と芸術/私とは何の関係もない」

左《Flood Land》(2020)、右《Memory of Plenty Island》(2020) Photos: Joerg Lohse/Courtesy 47 Canal, New York

ほかの作品同様、ワンはこの動物のシリーズでも古典的な具象彫刻の歴史と向き合っている。コロンビア大学で美術学修士号を取得する前、彼は北京の中央美術学院で具象彫刻を学んでいた。コロンビア大学を出てからは中国に戻り、石像の生産地として知られる地域(*1)に滞在。歴史ある採石場に廃棄されていた聖書の登場人物の彫刻を回収して顔の部分を彫り直し、もともとそれを制作した中国人労働者の像に作り変えた。


*1 Quyang(曲陽県):中国では伝統的に石彫で知られている地域。現在は欧米など海外に輸出するための彫刻が多く生産されている(庭に置く装飾用のギリシャ風石像や教会に設置する聖人像など)。

高尚な理想の表現よりも普通の世界を

この作品はその後、アメリカで論争に巻き込まれることになる。ロサンゼルスのアートNPOがこの彫刻を、かつては白人が多かったが今ではアジア系が多数を占める街の公園に設置しようとしたところ、地元の住民団体からの反対で頓挫してしまったのだ(最終的にはロサンゼルスのヴィンセント・プライス美術館で展示された)。

2019年に47 Canalで開催した展覧会で、ワンは現在この公園内に設置されているアテナ像(皮肉にも同じ中国の採石場から切り出された石を彫ったもの)の小型版を展示した。会場では、この像とともに、実現しなかったプロジェクトの概要と地元住民の反発を記録したビデオを見せている。

ワンの関心はアート作品そのものにとどまらず、作品が素材から制作過程を経てどう流通していくのかにも向けられている。そして、石の彫刻が美や文明、人間の偉業といった高尚な理想の表現に用いられることに疑問を投げかけ、代わりに日常的で取るに足らないと思われがちなテーマを追求する。それは、ユーモアやかわいらしさ、親しい人との一体感、そして言うまでもなくやさしさだ。(翻訳:野澤朋代)

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