西洋的な表現主義とメリトクラシーへの反抗──視覚障がいのあるクリストファー・ウンペスベルデ・ヌニェスの身体表現【New Talent 2023】

US版ARTnewsの姉妹メディア、Art in America誌による「New Talent(新しい才能)」は、今後が期待される新進アーティストを称える人気企画。今年、そのひとりに選ばれたクリストファー・ウンペスベルデ・ヌニェスは、コスタリカ出身のパフォーミングアーティスト。視覚障がいを抱える彼がダンスを通じて発信するメッセージとは?

クリストファー・ウンペスベルデ・ヌニェス《The Sun Set Twice on the Same Day》(2018)  Photo: Javier Gamboa/Illustrated Portrait by Denise Nestor

汗にまみれ、疲れ切った2人のダンサーが、パフォーマンスの最後に血のりが入ったボウルを手に取り、床に絵を描いていく。普通なら不気味に思えるだろうが、クリストファー・ウンペスベルデ・ヌニェスの作品では舞台が瞑想的な空気に包まれる。

ヌニェスはこの効果を重視していた。冬にリハーサルを行った際、彼は、血が暴力や恐怖を連想させるのは銃や国境に問題を抱えるアメリカ特有の現象だと語った。今年3月にニューヨークのエイブロンズ・アーツ・センターで初演された最新作《The Square: Displacement with no end》でヌニュスがやりたかったのは、生命の源である血液を称え、素材としての肉体を探求することだった。

彼の多くの作品では、ダンスにナレーションがつけられている。ナレーションはダンサーへの合図を兼ねた語りでもあり、描写でもある。視覚障がいを持つヌニェスにとって、これは自然なことだ。また、視覚障がいのある観客用に考案された別のライブ音声解説トラックも用意されている。

「体の声」に耳を澄ます

現在プリンストン大学のフェローであるヌニュスは、コスタリカで生まれ育った。彼がこの作品《The Square》でダンサーたちに指示したのは、宇宙を構成する元素や祖先からの波動、自分の第三の眼を感じ取れということだ。彼の言葉はヨガのインストラクターのようで、ダンサーは自分の体をコントロールするのではなく、体の声を聞きとることを求められる。ヌニュスはダンサーたちがトランス状態になることを望んでいるのだ。

ニューヨークのエイブロンズ・アーツ・センターで行われたパフォーマンス《The Square: Displacement with no end》(2023)。Photo: Maria Baranova

ヌニュスは、ピナ・バウシュに代表されるドイツ表現主義の流派から学んだことを捨て去ろうとしている。踊ることは苦しむことだと教えられたが、それは西洋的で能力主義的なものだと考えているのだ。ヌニェスの作品のダンサーたちは、踊りの波が高まってきたら、そのエネルギーに身を任せるようにと指示されている。彼はこれを脱植民地的なメソッドだと説明する。

彼の振り付けの特徴は回転とうねりだ。ダンサーたちは互いの周囲を回転しながら動き、彼らの背中は尺取虫のように上下する。視覚に障がいのあるヌニェスは、距離を判断するのが困難だったことから、この「渦のように旋回する」方法を取り入れた。全員が1点を中心に回っていれば、ヌニュスは彼らの位置を推測し、衝突を避けることができる。

「障がい児の記憶:現実、想像、誤解」シリーズ(2021)より《Yo Obsolete》

周縁的コミュニティの一員としての表現

《The Square》には、アルフォンソ・“ポンチョ“・カストロが作曲した音楽が付けられている。そこでは中米先住民の打楽器、ロバの顎の骨でできたキハーダが使用される。これを棒で叩いた音をポンチョが電子的にミックスして、ヌニュスが「宇宙の周波数」だと言う432ヘルツに合わせる。彼いわく、この周波数は「人々を休息に誘う」もので、ダンサーと観客への贈り物なのだ。

しかしヌニェスは、自分がしていることは「癒し」ではないと強調し、こう語る。「私は自分の体を育み、活力を与えたい。一方で、傷があることを感じるのも嫌いではない。周縁的なコミュニティの人間が、自分は癒しを与えられていると社会に伝えたなら、抑圧的な社会構造が責任逃れをするのを助長するリスクがある」

「旋回する」メソッドの延長線上にあるヌニェスの振り付けでは、育むことでも傷つけることでもなく、その両方が混じり合って渦を巻くことが重要なのだ。(翻訳:平林まき)

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