ARTnewsJAPAN

その一口は誰に支配されている? 食がテーマの展覧会から考える権力と倫理

山口情報芸術センター[YCAM]の特別展「The Flavour of Power─紛争、政治、倫理、歴史を通して食をどう捉えるか?」で展示されているのは、ボードゲームやポップなミュージックビデオ、そして大きなスクリーンに映し出されるインスタレーション。そのとっつきやすさとは裏腹に、同展は太平洋戦争中の日本とインドネシアの関わり、そして政治的な権力闘争と食の関係という複雑に入り組んだ問題を伝えている。

「The Flavour of Power」展で試遊できるボードゲーム「ハンガー・テイルズ」。Photo: Kosuke Shiomi/Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

山口情報芸術センター[YCAM]の特別展「The Flavour of Power─紛争、政治、倫理、歴史を通して食をどう捉えるか?」は、大画面に映し出された陽気なミュージックビデオとボードゲームから始まる。ボードゲームの名は「ハンガー・テイルズ」。カラフルなイラストレーションが目を引くこのゲームが伝えるのは、食糧危機を巡る社会的・政治的情勢だ。プレイヤーは農家や卸売業者、市長などの役割に分かれ、食糧のサプライチェーンにはびこる抑圧や搾取を疑似体験する。

ボードゲームを紹介するミュージックビデオは歌う。「The government just tells you to suck it up! Suck it up….Suck it up…(政府はただ言う。我慢しろ…我慢しろ…我慢しろ…)」

「ハンガー・テイルズ」の試遊コーナー。思わず興味を惹かれるポップな色遣いだ。Photo: Kosuke Shiomi/Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

食を起点に社会問題を語る

「The Flavour of Power」は、YCAMが2021年から続けてきた研究開発プロジェクト「食と倫理リサーチ・プロジェクト」の一環だ。誰もが生きるために必要とする「食」を災害やバイオテクノロジー、倫理、サステイナビリティなどの観点から捉えなおすこのプロジェクトで、YCAMはアーティスト/料理人の岩間朝子や文化人類学者の鈴木和歌奈などさまざまな専門家とのコラボレーションを行ってきた。

今回、コラボレーターとして「The Flavour of Power」を率いたのは、インドネシアのバクダパン・フード・スタディ・グループ(以下、バクダパン)。「食をお腹を満たすものとしてだけでなく、料理をはじめ、政治、社会、ジェンダー、経済、哲学、芸術、文化など、より幅広い問題について語るための道具にもなる」という信念のもと、文化人類学や哲学、アートやデザインなどさまざまな専門領域をもつ女性8人が集まり活動するコレクティブだ。

アーティストコレクティブではなく「スタディ・グループ」を名乗っているとおり、そのアプローチはパフォーマンスからインスタレーション、ワークショップ、レシピ制作、ガーデニングまで幅広い。「バクダパンは学問や組織の厳格なルールにとらわれずに食について探究できる場なんです」と、メンバーの一人で、「ハンガー・テイルズ」の制作を中心となって進めたプトゥリ・シルフィーナは語る。

「The Flavour of Power」を率いたバクダパン・フード・スタディ・グループ。Photo: Bakudapan Food Study Group

日本によるインドネシア占領と米

バクダパンは「The Flavour of Power」で、ボードゲームとミュージックビデオのセクションのほか、資料展示と大型映像インスタレーションからなるセクションを設けた。《Along the Archival Grain》と名付けられた一連の展示で語られるのは、米と日本による占領の物語だ。

「オンラインでのリサーチやワークショップののち、実際に山口に来てフィールドワークをするなかで、山口にもゆかりのある育種学者の磯永吉や、彼が開発にかかわった蓬莱米(ほうらいまい)について知ったんです」と、プロジェクトで主にリサーチを担当したスワスティアストゥ・モニカは話す。蓬莱米は、日本統治時代の台湾で日本の米(ジャポニカ米)に近い米を生産するために開発された品種だ。台湾在来種のコメ(インディカ米)に代わって生産が進められたこの蓬莱米は日本へ輸出され、日本の食糧供給を支えた。

この蓬莱米は、台湾に経済的利益や農業技術の発展をもたらした。その一方、(磯自身が植民地支配に共感して開発した品種ではないものの)蓬莱米をめぐる政策が日本による植民地支配や文化的同化の一端を担っていたという声があることを忘れてはならない。《Along the Archival Grain》の資料パートでは、この蓬莱米をめぐるバクダパンとYCAMによる調査結果が展示されている。

《Along the Archival Grain》の資料パートの一部。バクダパンらによるリサーチの成果がタブレット端末内の資料にまとめられている。Photo: Yasuhiro Tani/Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

その奥にある大型映像インスタレーションは、植民地時代以降のインドネシアの食糧政策がテーマだ。オランダ占領時代から第二次世界大戦後までの映像や写真などがブリコラージュされ、大型のスクリーンに映し出される。そこには、日本当局が当時発行していた雑誌『ジャワ・バルー』や映像、チラシ、歌など、日本がさまざまなメディアを通じて行ったプロパガンダも登場する。「日本占領時代の資料を探すのは本当に大変でした。当時を知る人はすでに高齢だったり亡くなっていたりしているうえ、資料は人づてに聞いて集めるしかなかったんです」と、スワスティアストゥは振り返る。

「植民地時代の農業政策は、その後のインドネシアの農業政策や組織体制にも影響を与えました」と、「The Flavour of Power」のキュレーターで、自身もインドネシア出身であるYCAMのレオナルド・バルトロメウスは語る。さらに、大きなパワーが食糧システムを支配しコントロールするというその構造は、関わる人を変え、ときには大国による支配から大企業による支配へと形を変えながら、前述のボードゲームで語られるような現代の食糧問題にも通じているのだ。

《Along the Archival Grain》のインスタレーションのパート。植民地時代以降のインドネシアの食糧政策に関する映像や画像がブリコラージュされ流れている。Photo: Kosuke Shiomi/Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

センシティブなテーマをどう伝えるか

インスタレーションの制作を担当したバクダパンのシルバー・ウィカ・エスティは、山口を訪れたとき、地元の人たちが日本によるインドネシア占領の歴史についてよく知らないことに気づき、調査結果をどう作品に仕上げるか悩んだと話す。「わたしたちの作品は、インドネシアや日本について善悪を判断させるものではありません。でも、地元の人にそうとられてしまうかもしれない難しさもありました。これは日本の人にとっても、インドネシアの人にとってもセンシティブなテーマなので」

一方で、来館者の多く、特に若い世代はこのテーマに対してオープンだったとバルトロメウスは振り返る。「地元の人にとっては、このようにかなりストレートな展示があること自体が珍しかったようです」

そうした反応は、この展示の巧妙な設計の産物と言えるだろう。「展示はハンガーテイルズというポップなボードゲームから始まりますが、遊んでいるうちに、その裏にある食糧危機と社会的・政治的情勢というテーマの重さが見えてくる。そして、ハンガー・テイルズ雑なつながりを理解し始めるんです」と、バルトロメウスは語る。

今回展示されているハンガー・テイルズは、もともと台湾で開催された「Phantasmapolis-2021 Asian Art Biennial Taiwan」のために制作され、その後YCAMとのリサーチを経てアップデートされたものだ。飢餓というテーマに対してボードゲームを充てたのは、来場者を引き込み、遊ぶという体験を通して問題を理解してもらうためだ。国によって食糧事情は大きく異なるが、ボードゲームという形をとることで日本のように食糧危機があまり身近なものでない国の人にとっても仕組みがわかりやすくなるとプトゥリは語る。

また、芸術以外のさまざまなアウトプットをもつバクダパンにとって、アートは特にオープンな解釈の余地を残せる方法なのだとスワスティアストゥは話す。「明確なストーリーを語ることもできますし、あえて曖昧なままにしておくこともできます。そうした柔軟性と流動性が、アートにはあるんです」

《Along the Archival Grain》の冒頭に置かれたパネル。「誰の正義や名誉のため?」と来場者に問いかける。Photo: Yasuhiro Tani/Courtesy of Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

振り返りと内省のきっかけとして

日本と旧植民地の歴史を見つめるYCAMによる試みは今後も続く。2023年9月3日(日)まで開催中の「浪のしたにも都のさぶらふぞ」のテーマは日本統治時代の台湾における砂糖産業。台湾を拠点に活躍する許家維(シュウ・ジャウェイ)、張碩尹(チャン・ティントン)、鄭先喻(チェン・シェンユゥ)とYCAMとのコラボレーションにより、人形浄瑠璃とCGアニメーションを融合したパフォーマンスで二カ国の知られざる歴史が紐解かれていく。

2023年9月3日(日)まで開催中の「浪のしたにも都のさぶらふぞ」。人形浄瑠璃という伝統芸能と現代のCGアニメーションを組み合わせ、砂糖をめぐる日台の物語が語られていく。Photo: Yamaguchi Center for Arts and Media [YCAM]

アートというメディアを通して語られるこうした物語が、日本では避けられがちな議論や内省の土台となる視点をもたらしていることは間違いない。それは、当然ながらアーティストやプロジェクトメンバーたちの決意と研究、試行錯誤があってこそのことだ。

「この展示に際し、『アーティストとしてわたしたちは何を届けたいのだろう』と何度も自問しました。この問いかけに終わりはありません」と、スワスティアストゥは話す。「このセンシティブな出来事をテーマとすることで、自分たちを含めたみんなに歴史を振り返ってほしいと思っています。その内省を通じて、グローバルなスケールでよりよい食の未来をつくるために動いてもらえれば嬉しいです」

あわせて読みたい