なぜ世界的デベロッパーは事業成功をアートに託すのか。マンハッタン・ウェスト プロジェクトから考える
アメリカの不動産市況が悪化する中、ニューヨーク・マンハッタンにオープンしたオフィス棟を含む新しい複合施設に、著名作家によるパブリックアートが登場した。不動産デベロッパーが、オフィス稼働率を上げるためにアートが必要と考える理由などを取材した。
商業不動産の苦境とオフィス回帰の流れ
6月初旬、世界最大級の不動産会社であるブルックフィールド・プロパティーズ社が、最新の再開発プロジェクト、マンハッタン・ウェストのオープニングセレモニーを行った。テープカットは行われなかったが、代わりにチャールズ・レイの彫刻とクリストファー・ウールのモザイク作品という著名作家によるパブリックアートが登場。もしかしたら、アートの方が拍手喝采を集められるという思惑があったのかもしれない。
今の世の中、オフィスビルのオープンを祝うような気分ではないだろう。終わりの見えない住宅危機に加え、企業による従業員のオフィス復帰義務化に抵抗する動きも根強く、商業不動産には逆風が吹いている。ブルックフィールドも決して例外ではない。
同社は4月、ワシントンとロサンゼルスの都市圏を中心としたオフィスビル関連ローンで、総額数億ドルが不履行となった。これは、同社が保有する不動産の約0.07パーセントに相当するという。セキュリティ会社のキャッスル・システムズによる調査では、オフィス稼働率は、コロナ禍直前の95%から昨年9月時点で48%にまで下落している(ただし、ブルックフィールドの物件はこの指標には含まれていない)。そして12月、一部のエコノミストは、このまま回復が見られない場合、4530億ドル(約63億円)もの不動産価値が失われる可能性があると指摘した。
ただ、少なくともニューヨークでは、ブルックフィールドの事業は好調だ。12月、ニューヨーク・ポスト紙は、2棟あるマンハッタン・ウェストのオフィスビル入居率が、それぞれほぼ100%と76%に達したと報じた。また、今月6日に同社は、新しい不動産ファンドのために150億ドル(約2兆1000億円)を調達すると発表。しかし何より、ビジネスパーソンをオフィスに呼び戻すには、すばらしい眺望のテラスやウェルネスセンターなどのアメニティに加え、アートが効果的だという確信があるようだ。
ブルックフィールドの開発・設計・建設担当エグゼクティブ・バイス・プレジデント、サブリナ・カナーはUS版ARTnewsの取材に、アートのためのスペースや設備を確保することが、マンハッタン・ウェストのプロジェクトにとって、特にオフィス回帰を促進する観点から重要だったと語った。
「アートは公共空間の重要な構成要素であり、オフィスワーカーに職場に戻ってきてもらうための重要な方策です」とカナーは言う。「公共空間に人々を引き込むことが重要なのは、そこに多くの人々が集れば、その空間はより良いものになり、そこで過ごす時間をより肯定的に感じられるようになるからです」
カナーによれば、アートは持続可能なデザインやアメニティと同様、オフィスや商業施設を訪れたいと人々に思わせる魅力の1つになると、不動産デベロッパーは考えているという。1980年代にカナーがこのプロジェクトに携わるようになったとき、マンハッタン・ウェストおよび隣接するハドソン・ヤード(やはり近年再開発されて複合施設ができた)の敷地には、広大な車両基地があった。当時まだ20代だったカナーは、「ここに来たい人などいるのだろうか」と思ったという。そして今、線路は姿を消したものの、高層オフィスビルも人を寄せ付けない雰囲気を醸しかねない。
アートがオフィスビルにもたらす「威厳と活力」
ブルックフィールドにとって幸いだったのは、親会社のブルックフィールド・アセット・マネジメントのトップが、US版ARTnewsが選ぶトップ200コレクターズの1人であるロンティ・エバースの夫、ブルース・フラットだったことだ。エバースは、マンハッタン・ウェストのパブリックアートを任せるアーティスト選定を、アートアドバイザーのジェイコブ・キングに依頼するよう提案。キングが選んだ第一候補はチャールズ・レイとクリストファー・ウールで、これまでニューヨークにパブリックアート作品のない2人はこの申し出を受け入れた。
「実は、この2人が商業不動産開発のための作品制作に興味を持つとしても、かなり先のことだと考えていました」と、キングは除幕式で語った。しかし、驚いたことに2人ともためらいを見せなかったという。「おかげで、彼らには新たな発表の場を提供し、ニューヨークの街にも新しい何かをもたらすことができたのです」
レイは除幕式で、自らの彫刻《Adam and Eve》(2023)についての説明をしている。それは、サスペンダー付きのズボンにTOMSの靴を履いた男性と、切り株の上に座る女性の老夫婦を描いたステンレス製の作品で、レイによれば、女性は男性よりも「3つか4つ上の社会階層」にいることが、身につけているパンツスーツによって示されている。レイは、ハドソン・ヤードは「いかにも商業的」で嫌いだと言いつつ、「でも、こっちは好きだ。引き受けた当時は、まだ建設されていなかったが」と話していた。
マンハッタン・ウェストの向かいには、ペンシルベニア駅の新駅舎でオフィスやフードホールなども入る複合施設、モイニハン・トレイン・ホールがある。そのせいか、このエリアは1950年代に登場した通勤列車と、その運行のために整備されたインフラが持つオーラや重厚さをまとっているように感じられる。これは、オキュラス(ワールドトレードセンター駅)やハイライン(廃線の高架部分を利用した空中庭園)、そしてハドソン・ヤードといった最近の再開発プロジェクトが、インスタ映えする建築やモールのある単純な観光スポットであるのとは対照的だ。さらに、レイやウールのような作家の、美しく、クラシックで、なおかつ意外性のあるアート作品は、他のプロジェクトに欠けている威厳や活力を感じさせる。
とはいえ、商業不動産の暴落が収束しないとすれば、どんなパブリックアートを注入したところで、市場原理を食い止めることは難しいだろう。(翻訳:清水玲奈)
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