気鋭建築家たちに聞く「美術館の未来像」──美術館が社会を進化させるプラットフォームになるために

ミュージアムコンサルタントのアンドラス・サントーが今年初めに上梓した『Imagining the Future Museum: 21 Dialogues with Architects(未来の美術館を思い描く:建築家との21の対話)』には、注目の若手から実績ある有名建築家まで、美術館設計の分野で活躍する建築家への興味深いインタビューが収録されている。サントーへのインタビューから見えてきた、「これからの美術館像」とは?

オランダの建築家集団WVRDVの設計によるデポ・ボイマンス・ファン・ベーニンゲン(ロッテルダム)。Photo: Ossip van Duivenbode

ポスト・コロナの美術館像を探るインタビュー集

サントーがインタビューを行ったのは、デイヴィッド・アジャイデイヴィッド・チッパーフィールド、エリザベス・ディラー(ディラー・スコフィディオ+レンフロ)、ビャルケ・インゲルス(BIG)、ジン・リウ&フロリアン・イーデンブルフ(SO - IL)、藤本壮介、マ・ヤンソン(MAD)など、国籍もキャリアもさまざまな建築家たち。

本書は、コロナ禍のただ中にあった美術館の館長たちに、未来の美術館のあり方について話を聞いた『The Future of the Museum: 28 Dialogues(美術館の未来:28の対話)』(2020年)の続編とも言える内容だ。

意欲的な建築とはどんなものか、控え目なデザインを求める近頃の傾向について、そしてアート界が社会全体の指針になるにはどうすればいいのか。サントーに話を訊いた。

──前著『The Future of the Museum: 28 Dialogues』の反響はどうでしたか? 驚いたことや、印象に残ったことを教えてください。

つい先日、ある美術館の館長と食事をしたとき、この本が話題に上りました。出版されたのは2020年の終わり近くで、まだ新型コロナウイルスが猛威を振るっていたとき。その館長は、「コロナ禍で多くの疑問を抱き、何も信じられなくなっていた時期だっただけに、タイトルにはっきり未来という言葉を掲げた本があるということに、とても勇気づけられた」と言っていました。この本を読んで勇気づけられ、あるいは楽観的になれたと感じた人が多数いたというのは、とても意外でした。当時、美術館の館長たちは、誰もが自分のキャリアの中で最も困難で試練に満ちた時期を経験していたし、文化面でも経済面でも世界は危機的な状況にあったわけです。そんな中で生まれた本が、失望を感じさせるものにならなかったのを嬉しく思っています。

その楽観主義の根底には、美術館は困難な局面を乗り越えられるという信念があったと思います。そして、観客動員や財政面が回復している今、まさにそれを目の当たりにしている。それに、美術館という組織が進化を遂げられるという信念もありました。世間一般の認識と違い、美術館は排他的でエリート主義的な組織でもなければ、停滞して変化することのないギリシャ神殿のような存在でもない。美術館は進化を遂げることができ、現代社会にふさわしい存在になれるんです。ただ、この本に取り掛かる前、そのメッセージをはっきり意識していたとは言えません。インタビューの前から美術館のあり方に関して新しい考え方が出てきていることは知っていましたが、それに加えて、美術館を従来の居場所に安住させるのではなく、現代社会のニーズに沿って新しく進化させようという意欲が感じられたことに、とても勇気づけられました。

建築家は新しい役割を持つ美術館の実現をリードできる

──今回は建築家に着目したわけですが、きっかけは何だったのでしょうか?

最初の本を人に説明するとき、自分が「美術館を動かす新しいソフトウェアができたようなもの」と言っていることに気づきました。現在、美術館ではこれまでにない野心的な試みが行われています。それは、地域社会と関わりを持ち、教育や娯楽のためのスペースを設け、絵画や彫刻以外の新しいタイプのアートを紹介し、都市のコミュニティをつなぐための拠点となり、自然環境の保護にも取り組むとなど、さまざまな役割を果たすもの。だから、「どのような美術館建築が、こうした新しい目的を達成するための触媒になりうるのか」と考えるのは、自然な流れだと言えます。

話を聞くうちに分かってきたのは、建築家はその問いに答える意思を持っているだけでなく、その問いに対する回答へと美術館を導くことができるということ。美術館設計はおそらく建築家なら最もやりたい仕事だろうし、美術館設計を任される建築家であれば、大学、工場、政府施設、公園、教会など、ほかにもさまざまな分野の建築を手がけているはず。そうした幅広い分野からアイデアを得ることができ、どんな美術館建築を実現するべきかという問題に、それまでの経験を応用することができます。

OPENの設計による中国・秦皇島市のUCCA砂丘美術館。Photo: ©OPEN

──この本に登場する建築家は実に多様で、活動の場所も方法論もさまざまです。インタビューする建築家はどう選んだのですか?

私は美術館のコンサルタントをしていたので、最初の本に登場してもらった館長は、ほとんどが知り合いでした。だが、2冊目はそういうわけにはいかなかったので、まずは地域や男女比に偏りがないようにしようと考えました。いろんな人と話をしたり、アドバイスをもらったりするうち、この本は主に若い世代、これから業界の第一線で活躍する世代に届けようという結論に達したんです。とはいえ、建築家が成熟する年齢を考えると、若い世代と言っても40代、50代も含まれますが。

ジャン・ヌーヴェルやフランク・ゲーリーレンゾ・ピアノに登場してもらいたかったかと聞かれたら、もちろん「YES」と答えますが、こうした巨匠たちの考えはすでに多くの人に届いているし、彼らの信奉者を通した影響も浸透しています。今回取り上げた建築家の名前を聞いたことのない人もいるかもしれませんが、だからこそ、美術館建築の分野に貢献できる本ができたと考えています。なぜなら、ここに登場してもらった建築家こそが先駆けとなり、場合によっては今後10年、20年、30年にわたって美術館を設計することになるからです。

──建築はアイデアが重視されると同時に、クライアントの要望にも大きく左右されます。また、建築家はアイデアの段階から建設工事の段階まで、さまざまな時間軸で活動しています。彼らは、インタビューに応じることにどれくらい積極的、あるいは消極的でしたか?

若い世代の建築家は、このインタビューに答えることが自分にとって本当に大切なことは何かを改めて考える機会になったと思います。取材にはとても協力的でしたから。もう1つ付け加えたいのが、建築家は魅力的なインタビュー対象だということ。彼らは、言葉は悪いが「人たらし」です。途方もない金額のプロジェクトを、あらゆる利害関係者に、この常識を超えた革命的な建築を実現するべきだ、とプレゼンして説得しなければなりません。つまり、議論をする能力が高いんです。

アンドラス・サントー Photo: Patrice Casanova

美術館は従来の基本的機能を超えたところで何ができるか

──本の冒頭に、「美術館を建物のことだと思ってはいけない。それよりもっと多くのことを意味する」とあります。これはどういう意味ですか?

平凡な建物の中に優れた美術館を作ることはできますが、どんなにすばらしい建築であっても、優れたプログラムや優れたコレクションがなければ良い美術館は作れません。世界有数のコレクションを埃っぽい建物に収めている美術館もあれば、建物はピカピカだけれど退屈な美術館もある。ポスト・コロナ、ポスト・スターアーキテクトの時代と言われる今、この問題はさらに今日的な意味合いを持つようになっています。

1990年代以降に出現したのが、いわゆるポスト・ビルバオ・スタイルでした。ビルバオ・グッゲンハイム美術館の成功を受けて、世界の都市がこぞって莫大な資金を投じ、派手で人目を引く建築の美術館を建てるのが主流になりました。文化的な観光資源の目玉として、また都市の象徴として機能するよう設計されたこれらの美術館は、確かに大きな成功を収めましたが、今は、そうした考え方にある種の幻滅があると思います。つまり、都市景観の中に巨大な彫刻のような美術館建築が出現し、それが美術館の中身と競い合うという考え方です。それに代わって注目されているのは、周囲の環境に溶け込み、これまでとは違ったやり方で存在感を示す、控え目な美術館建築です。

コロナ禍で、私たちはさまざまな問いに直面しました。美術館は誰のためのものなのか?美術館はどのような組織であるべきなのか? 美術館は地域住民に、あるいは広く社会にどう貢献するべきなのか? 社会への貢献には、美術館の建物の中で行われることだけではなく、さまざまな活動が含まれます。美術館を単に建物の中に閉じ込められた組織として見るのではなく、壁を取り払ったさまざまな関係やコラボレーション、計画を通して、都市と融合する存在として考えることが求められています。

ビャルケ・インゲルス・グループ(BIG)が設計したノルウェー・イェヴナケルのキステフォス現代美術館、通称「ツイスト」。Photo: Laurian Ghinitoiu & Bjarke Ingels Group

──本の冒頭で、「美術館は、先駆者に、そして前衛の一部を担う存在になり得る。芸術的な前衛であるだけではなく、社会的な前衛だ」というある建築家の言葉を引用しています。この社会的な前衛とは何を意味するのでしょうか?

それは、ビャルケ・インゲルスと美術館が持つ影響力について話し合っていたときに、彼自身が言ったことです。グーグル・ベイ・ビュー(*1)やマーズ・サイエンス・シティ(*2)などを手がけたビャルケは、新世代の奇才とも呼ぶべき存在で、同世代で最も成功した建築家の1人でもある。デンマーク出身の彼は、特に気候というテーマに傾倒していて、世界中の港湾都市で環境に配慮した港を建設する取り組みをしています。社会的な前衛というのは、そうした活動の文脈の中での発言でした。地域経済にとって非常に重要な港湾が環境に配慮したものになれば、その地域全体が環境に配慮せざるを得なくなるということです。


*1 グーグルがシリコンバレーに新設した社屋。ビャルケ・インゲルスの建築事務所BIGとヘザウィック・スタジオによる設計。
*2 ドバイ近郊の砂漠に設けられた、火星の居住空間をシミュレーションするための都市。

この発言を引用したのは、小さなアート界の中で我われが行っていることが、社会を前進させているかのように錯覚されがちなのを示すためでもあります。実際、アートの世界で起きていることの多くは特殊で、狭い範囲のオーディエンスに向けられています。まるでミラーハウスのように。ビャルケが言いたかったのは、美術館を人々の問題意識を高めるためのプラットフォームにすれば、社会を進歩させられるということ。そして建築は、さまざまなシナリオで、美術館を他の建物や施設と統合する役割を果たせるのではないか、という視点です。建築家は信頼できるアドバイザーであり、幅広い分野に通じている。美術館が一般のアートファン向けの基本的な機能を超えたところで何ができるのか、そこに目を向けるよう人々の背中を押すことができるのは、建築家だからこそだと思います。(翻訳:清水玲奈)

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