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  • 2023.08.03

アート作品を地球から3億kmの深宇宙へ打ち上げ。バイオアートの先駆者、エドゥアルド・カックの野望

ブラジル系アメリカ人アーティストのエドゥアルド・カックが宇宙に送り出すことを念頭に制作していた作品《Ágora》(1986-2023)が、30年以上の時を経てロケットで打ち上げられることになった。カックはこれまでも、遺伝子操作で蛍光色に光るウサギなど、最先端技術を用いたバイオアートで物議を醸してきた。

エドゥアルド・カック《Ágora》(1986-2023) Photo: Courtesy Celestis

宇宙へ飛び立つホログラム作品はどのようなものか

エドゥアルド・カックの作品を深宇宙(*1)へと打ち上げるロケットには、スタートレックの生みの親であるジーン・ロッデンベリーの遺灰のほか、ジョージ・ワシントン、ジョン・F・ケネディ、ドワイト・D・アイゼンハワーら歴代米大統領のDNAも積み込まれる(これらはカックのアートプロジェクトとは関係がなく、同じロケットに載るというだけだが)。しかし、アートにおいては、いかなる場合でも文脈が重要なのは間違いない。


*1 地球からの距離が遠い宇宙空間。電波法では地球からの距離が200万キロメートル以上とされる。太陽系または銀河系の彼方を指す場合もある。

カックは、US版ARTnewsにこう語った。

「私が作った物理的な作品が、宇宙空間で永久的な軌道に乗ることになりました。このようなプロジェクトを達成するのは宇宙機関にとっても民間企業にとっても決して簡単ではありませんが、一個人にとってはさらに難しいことです。私はこれまで何十年もの間、実現に向けた道筋を探り、このビジョンを完成させる方法を模索し続けてきたのです」

カックは、先駆的な手法でホログラフィー(ホログラムの製造技術)を用い、「ホロポエム」を制作する作家として知られている。彼の「ホロポエム」では、文字やシンボルがホログラムとして浮かび上がる。なお、ホログラムは記録方法を含む技術のことを指し、身近なホログラムには、紙幣やクレジットカードに用いられる虹色に光る印刷(角度によって見え方が違う)がある。

《Ágora》の制作では、特殊な乳剤に浸したガラス板にレーザーを照射し、「Ágora」(アゴラ:ポルトガル語で「今」の意)という単語を立体的に彫り込む。レーザー光はビームスプリッターという装置で2つに分けられ、1つは撮影したい物体に当てて記録材料であるガラス板に反射させ、もう1つは記録材料に直接当てる。この2つがぶつかり合うと干渉縞という模様ができ、それを記録したものがホログラムになる。《Ágora》は一辺が1.5センチメートルの小さなガラス版の作品で、そこにペンのような装置で45度の角度でレーザー光を当てると、「Ágora」という緑色の単語が投影されるというものだ。

ちなみに、この言葉はギリシャ語で「人が集まる場所」を意味する「Agorá」(アゴラ)に由来する。カックがこの言葉を選んだのは、アクセント(上記のAやaの上に付いている記号「´」)の位置によって意味が異なるところが示唆的だからだという。

《Ágora》で協業するのはどんな企業か

ここまでは1986年に完成していたが、この作品を宇宙空間に存在させるというのがカックが目指した最終構想だった。彼は既にほかの作品で宇宙進出に成功しており、NASA(国際宇宙ステーション:ISS)やSpaceXと協業している。

ISSの中では、フランス人宇宙飛行士トマ・ペスケの力を借りて《Inner Telescope》(2017)が作られた。2枚の紙で出来たこの作品は、1枚をアルファベットの「M」の形に切り取り、Mの真ん中に開けた穴に筒状に丸めたもう1枚の紙を通すというもので、カックの指示に従ってペスケが作業を行った。無重力状態の中でこの立体的な作品をある方向から見ると、フランス語で「私」を意味する「Moi」と綴られているように見えるというものだ。

また、いくつものシンボルが刻まれたナノフィッシュディスク(アナログ大容量ストレージメディア)の作品は、ラテン語で「私はここにいる」を意味する《Adsum》と題されている。このディスクは、2022年2月19日にNASAの施設から飛び立ち、スペースX社のカーゴ・ドラゴン2に載せられて2023年1月11日にフロリダ沖の大西洋に帰還した。

今回の《Ágora》では、深宇宙という新たな領域への進出を目指した。カックはこの作品を「潜在的な星」と捉え、「現代ではなく、未来の鑑賞者に発見される」かもしれない「宇宙考古学的な期待を込めた」作品であると、自身のウェブサイトで説明している。

彼はこの計画を実現するためにセレスティス社という企業の協力を得ている。同社は、宇宙採掘を行う企業でもなければ、億万長者の道楽でも、ヴァージン・ギャラクティックのような宇宙旅行会社でもない。同社が提供するサービスは宇宙葬だ。

1997年に初めてロケットを打ち上げたセレスティス社のCEO、チャールズ・M・チェイファーは、US版ARTnewsにこう説明した。

「私たちは長い間、人々の遺灰やDNAサンプル、デジタルメッセージなどを打ち上げてきました。私たちはこれらをタイムカプセルのようなものだと考えています」

そのタイムカプセルは、いったい誰に発見されることを意図しているのか? チェイファーによれば、人々は触れることのできない「永遠のタイムカプセル」に深い意味を見出すのだという。

「人間が行くところにはアートと詩が必要」

エンタープライズ・フライトと呼ばれるセレスティス社初の深宇宙ロケットは、地球から3億キロ離れた所で永久的な軌道に入り、ある時は地球と火星、ある時は地球と金星の間で太陽を周回することになる。

しかし、セレスティス社のロケットとその運搬事業は、究極の贅沢だと感じずにはいられない。莫大な資金や炭素排出量と引き換えに、個人や国家、または種としての人類のエゴを慰め、死への深い恐怖をやわらげようとしているかのようだ。だがカックは、このような見方に対する反論も用意している。

「このプロジェクトのヴィジョンを初めて思い描いたのは、私が24歳だった1986年のことです。冒険心、そして、新たな環境を切り拓き、これまでにない経験をしたいという願望を持つ人類は、科学やビジネス、政治など各領域の力を合わせ、少しずつ宇宙での滞在時間を伸ばしてきました。人類がどこに行こうとも、そこには常にアートや詩が存在するでしょう。宇宙で体験される宇宙文化は、宇宙で作られなければなりません」

こう述べた上で彼は、地球におけるアーティストの制作活動でも、石油由来のアクリル素材など、さまざまな有害物質が用いられていると指摘した。そして、このように重要な芸術的使命を達成するにあたり、少しばかり環境への負荷が増えたとしてもさほど大きな問題ではないと主張する。どんな場所であれ、人間が行くところにはアートと詩がなければならないというのがカックの信念なのだ。とはいえ、そもそも私たちは今、いったいどこへ向かおうとしているのだろう?(翻訳:野澤朋代)

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