著作権侵害を訴えた翻訳者と大英博物館が和解。翻訳に関する認可プロセスの年内確立を約束
イギリス・ロンドンの大英博物館は、著作権侵害として訴えられた漢詩の翻訳の扱いに不備があったことを認めた。件の翻訳は、カナダ・バンクーバー在住の作家、詩人、翻訳家のワン・イーリンによるもので、両者による和解の一環として、許可やクレジットなく翻訳を使用したことを謝罪した。
大英博物館が許可なく中国詩の翻訳を使用
大英博物館は、現在開催中の19世紀中国に関する大規模展「China’s hidden century」(会期は10月8日まで)に、秋瑾(しゅうきん)の詩を展示。当初、ワン・イーリンによるこの詩の翻訳が、ビデオ展示や展覧会の展示パネル、カタログなどに使われていた。しかし、博物館側はワンから翻訳の使用許可を得ておらず、正当な報酬の支払いや翻訳者名のクレジット表示も行っていなかった。
大英博物館の解説シートによると、展示品が300点にもおよぶ同展は「14カ国から100人あまりの研究者が参加した4年間の研究プロジェクトの成果」と説明されている。また、展覧会を企画した大英博物館中国陶磁器キュレーターのジェシカ・ハリソン=ホールとロンドン大学バークベック・カレッジのジュリア・ラヴェル教授(中国現代史)は、イギリス芸術・人文科学研究会議(AHRC)から71万9000ポンド(約1億3000万円)を超える助成金を受けている。
ワンは、6月19日にソーシャルメディア「X」(旧ツイッター)上の長文スレッドで、展示等に使用されているすべての翻訳を削除するよう要求。「大英博物館が適切な報酬額を提示し、ただちに支払いを行わない限り、展示に関する図書、ビデオ、写真、展示資料、看板、パンフレットなどのデジタル表示や印刷物、その他翻訳が掲載されているあらゆるメディアから削除するべき」だと主張した。これを受けて大英博物館は、6月20日に秋瑾の詩とその翻訳を展覧会から撤去している。
その後、クラウドファンディング・プラットフォームのクラウドジャスティスで1万7380ポンド(約320万円)を集めたワンは、ロンドンのハワード・ケネディ法律事務所に弁護を依頼し、7月10日に知的財産企業裁判所(IPEC)で大英博物館への申し立てを行った。
「翻訳に関する規定や手続きは存在しない」
対する大英博物館は、8月4日にプレス向けの声明を発表。「特別展に関する現行の認可プロセスを見直し、特に翻訳に関する認可手続きと、コントリビューターのクレジット表示を適切に行うため、迅速で明確な方法を確立していく方針」であることを明らかにした。また同博物館は、声明で次のように説明している。
「現時点では、翻訳に特化した規定は存在していません。内部プロセス見直しの一環として、今後は認可手続きに翻訳が含まれることを明記し、翻訳者名が適切に表示されるようにします。見直しは年内に完了し、その結果明らかになった不備にはしかるべき方針を定め、手続きを実施する予定です」
これに対しワンは、「このような大規模な機関に、きちんとした内部規定がなかったのには驚きました。私は、大英博物館が約束を果たし、翻訳に関する今後の認可プロセスを年内に確立させ、今回のような過ちが二度と起こらないよう具体的な措置を講じることを願っています」とコメントしている。
ワンによれば、退任が決まっている大英博物館館長のハートヴィッヒ・フィッシャーが、7月11日にワンにコンタクトし、和解提案を行っている。その内容は「法的手続きのための資金集めを開始する前に、何度か(ワン側が)提案していた合理的な条件と合致する」ものだったという。
ワンは、「大英博物館が歩み寄ってくれたことに感謝はしていますが、私が資金集めと法的代理権獲得のための労力を費やす前にそうならなかったことは残念です」と語った。彼女はまた、今回の経験から「人々が結束すれば、大きな組織にその責任を全うさせられる」ことを学んだと話す。
翻訳は盲点になりがち
今回の一件では、著作権のある翻訳を使用する場合、博物館などの団体や出版物は必ず事前に翻訳者の許可を得て、その名前を明記し、専門的能力にふさわしい報酬を支払うことがいかに重要であるか、教訓が示されたと言えるだろう。
和解の一環として、8月11日までに大英博物館が秋瑾の詩に翻訳者名の適切なクレジットを表示し、正当な報酬を支払うことが合意された。同博物館はまた、秋瑾の詩「滿江紅・小住京華」の翻訳「A River of Crimson: A Brief Stay in the Glorious Capital」を公式ウェブサイトに掲載し、館内の「China’s hidden century」での展示を復活することについて、ワンから全面的な許可を得た。
これについてワンは、「初めてクレジットが表示された状態で私の翻訳を多くの人が読めるようになり、より多くの見学者が秋瑾のすばらしい詩を知ることができるのを嬉しく思います」と表明。大英博物館とワンとの間で合意された支払い金額などの条件は明かされていないが、ワンによれば大英博物館は翻訳使用料と同額の資金を、中国詩の翻訳者を支援するために寄付することにも同意したという。
「この寄付金をもとに、翻訳におけるフェミニズムやクィア、脱植民地主義のアプローチに関する一連のワークショップを実現し、革命家でフェミニストでもあった秋瑾に敬意を表する機会にしたいと思います」とワンは述べている。(翻訳:清水玲奈)
from ARTnews