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アートは社会とつながるための美的なチケット──国木田彩良【街とアートVol.4】

文豪・国木田独歩の玄孫でイタリア人の父と日本人の母と共に幼少期を海外で過ごしたモデルの国木田彩良。自身の感性を育んだ体験にはアートやアーティストの存在が大きいと話す国木田が、日本のアート市場や制度に抱く違和感、そしてアートの力への希望を語った。

──国木田さんは生まれた時からアートやアーティストに囲まれていました。アートの原体験として、どういうことを思い出しますか?

私が国際的な出自であることは、アートに囲まれて育つ一助となったと思います。母は1970年代の日本で育ち、ヌーヴェルヴァーグ的な映画に出演する女優で、当時にしてはとても進歩主義者でした。そうしたこともあり、家にはアーティストが度々遊びに来ていました。

アートは、クリエイターや思想家といった人々をつなぐ架け橋になっていると感じます。もちろん、鑑賞者としてアートに触れているだけでは、業界の複雑さに気付きません。アートの背景には、巨大な業界や市場があります。多くの日本人は、学校教育の過程において古典的なアートしか学ぶ機会がないので、アートを非常に退屈に感じるかもしれません。

──国木田さんにとって、アートはそれを通じて人と出会い、つながり合うことができるもの、という位置付けなのですね。

人はアート作品を通して、人々の魂や歴史を感じることができます。その一方で、アートはあくまでエリートたちのものであり、保守的で威圧的に感じている人も少なくないと思います。それはとても残念なこと。私は、アートを難しく考える必要はないと考えています。業界自体は非常に複雑に構造化されていますが、本質的には、アートは感動を与えてくれるものだからです。アーティストの歴史やギャラリストの歴史を知らなくても、作品に対峙したときの自分の感情を素直に楽しむことができます。 

重要なのは、アートをもう少し民主化すること。アートビジネスは、もしかするとエリートのものかもしれませんが、アートそのものは違います。

──国木田さんが拠点としているヨーロッパやアメリカには、大きなアートマーケットがありますね。そうした場所と比較して、日本のアートマーケットをどうご覧になりますか?

外から見て、日本のアートシーンは非常に閉ざされた場所だと感じることがあります。ヨーロッパやアメリカのコレクターの中には、日本で作品を購入したいと思っても、どこに行けばいいのかわからないという人もたくさんいます。

また日本には、村上隆のような世界的な現代アーティストも、葛飾北斎のような歴史的アーティストもいますが、その間に位置付けられるような今を生きるアーティストが、海外のコレクターに知られる機会は多くありません。つまり、一般に知られているアーティストと、プロやアートファンが評価するアーティストの間には、大きな認知格差があるのではないかと思うんです。

欧米のギャラリーの多くは、所属アーティストたちにパブリックな存在となることを強く求めますが、日本では、アーティストよりも作品が主役になっているような印象を受けます。だから、ヨーロッパやアメリカのコレクターたちと日本の作家をつなぐ何かがあれば、双方にとってとてもいいことだと思います。もちろん、欧米流が必ずしも良いかどうかは分かりませんし、現在のアート業界は、概して流通速度が加速しているようにも感じます。それによって、アーティストが消費されてしまうという弊害もあるのではないかという懸念もあります。

──今、日本は国をあげてアートを盛り上げようとしていますし、民間企業もアート事業に参入しはじめています。こうした状況をどうご覧になりますか?

民間企業によるアートの取り組みには期待するところが大きいので、政府も、そうした企業の取り組みをきちんとサポートしてほしいと思います。

なぜなら、日本の文化を発展させることは、世界に対する私たちの防衛でもあるからです。そのためにも、例えば日本の美術館を若い人々や学生に無料で開放するといった取り組みは効果的だと思います。美大生だけでなく、歴史や経済を学ぶ学生にとっても、美術館で作品に触れることは非常に有意義な学びになります。

例えば私が育ったフランス・パリでは、未成年や学生の美術館入場料は無料か2〜3ユーロほどでした。だからパリの若者は、美術館やギャラリーで暇つぶしをするんです。

また、以前2年ほど住んだベルリンは、戦争から音楽と芸術を通して自らを立て直しました。そして今、この街には、非常に進歩的なギャラリーがたくさん存在します。例えば、現代アートギャラリーのボロス・コレクションは、第二次世界大戦中にナチスのために作られた防空壕の中にあります。そこは非常に暗く凄惨なストーリーを内包する場所ですが、一方で、展示されている作品はあくまで美しく、残酷な歴史を超越する力があります。 

こうした場所を通じて、そしてアートを通じて、若い人たちが自分たちの歴史について学ぶことは非常に重要だと思います。自分たちが何者なのかを知り、何を目指しているのか、どうなりたいのかを考えるためにも、アートは大きな一助となります。

──国木田さんの人生や世界の見方を変えたようなアーティスト、作品はありますか? 

一人を選ぶことは難しいですが、例えばギャラリーや美術館のオープニングパーティなどでアーティストに会い、彼らのビジョンについて話を聞くと、作品を見る目が少し変わってきます。彼らの中には、過酷な環境で育った人も少なくありませんし、そういう人たちがつくった作品には、本物の問いがあると思います。現実というものは、自分の過去の経験や認知から形成されるもの。自分とは異なる視点を持った他者の考えを知り、刺激を受けることは、とても重要なことだと思います。自分が世界をどう見ているのかを考え直すきっかけにもなりますから。

──国木田さんはアートをコレクションされていますか?

実はそれが、大人としての私の次のステップだと思っているんです! ファッションから始まり、家を買い、車を買い、そしてアートを買う。芸術は、社会とつながるための美的なチケットですし、アートを所有することは自分の誇りになります。ステータスということよりも、自分はここまで成長したんだ、というある種の達成感だと思います。

──どんな作品を購入しようか具体的に考えていらっしゃいますか?

レアンドロ・エルリッヒの《The Cloud》は本当に美しいですよね。彼の人間性も、とても好きです。

また、以前ベルリンで見た塩田千春さんの作品から、様々なことを考えさせられました。糸を用いた作品で、そこから、人間を含むすべてのものには重みがあり、エネルギーがあり、互いにつながり合っているのだと感じて深く印象に残っています。

──国木田さんはジェンダーの問題にも積極的に取り組まれていますが、アートには、そうした社会課題に対して何ができると思いますか?

私は自分のやり方で、何年も男女平等を主張してきました。私は、次世代のためにも、自分自身のためにも、より良い未来を望んでいます。それは非常に個人的なものでもありますが、そうした個人が集まることで、社会を公平な場に導くことができるのだとしたら、そんな素晴らしいことはありません。

社会をより良くするためには、アート業界にも変化が必要だと思います。女性アーティストをサポートする女性のギャラリストやディーラー、コレクターがもっと必要です。アートの世界で活躍する女性が増えることは、女性たちの問いを社会に発信する意味でも、とても重要だと思うんです。

それは日本のアート業界にも当然ながら言えることです。特に、日本にとって女性の地位向上は核心的な問題ですし、日本政府はその重要性をより深く理解する必要があると思います。

Text: Mitsuhiro Ebihara Photo: Koki Takezawa Editor: Maya Nago

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