家族写真が返還の決め手に! 4つの略奪文化財をネパールへ返還
マンハッタン地区検事局によると、1990年代に略奪されたバイラヴァの仮面を含む4つの古美術品が、ネパールに返還された。略奪の証拠となったのは、告発者から送られてきた家族写真だったという。
マンハッタン地区検事局が12月4日に発表した声明では、今回ネパールに返還された4つの古美術品の価値は総額1億ドル(約147億円)にも上るという。
中でも、16世紀に作られたふたつの「バイラヴァ」の仮面には金箔が施されており、合計すると90万ドル(1億3200万円)の価値がある。マンハッタン地区検事局は、これら仮面についてこう説明している。
「この仮面には、ブラフマーとヴィシュヌを含む、ヒンドゥー教の三位一体のひとつであるシヴァ神が描かれており、ネパールでは、年に1度開催される宗教的な大祭インドラ・ジャトラで儀式を行なう際に用いられる。二つの仮面は、1990年代に制作者の親族の家に強盗が押し入った際に盗まれたもので、香港へ密輸されたのち、ニューヨーク州でオークションにかけられた。押収されるまでは、ニューヨーク州のルービン美術館とテキサス州のダラス美術館でそれぞれ展示されていた」
証拠となったのは家族写真
これらが略奪品である証拠となったのは、「Lost Arts of Nepal(失われたネパールの芸術作品)」としてネット上で知られる匿名の告発者から送られた家族写真。ニューヨーク市立大学ジョン・ジェイ・カレッジ・オブ・クリミナル・ジャスティスで美術品犯罪を専門とする教授、エリン・トンプソンによれば、美術館や個人コレクションの品物が盗品であるか否かを判断する際、学術書や過去の写真を参照することは多いという。
一方、ネパールの作品で今回のような一致が見られたのは「わたしが知る限りでは初めて」とトンプソン自身も驚きを隠さない。彼女は2022年9月、Lost Arts of Nepalから送られてきた情報をマンハッタン地区検事局に提出し、検事局は、強盗に入られた際に親族が警察に提出した捜査報告を入手、ネパール人弁護士に翻訳を依頼したという。
トンプソンによると、バイラヴァの仮面は一般人が扱うものではなく、インドラ・ジャトラに参加している礼拝者たちに振る舞われるビールを入れる酒器として使われていたようだ。
「美術館やコレクターは、不正に取り引きされた証拠が提示されるのを待つのではなく、返却を検討するよう働きかけるべきです」とトンプソンは指摘する。
2005年に仮面を入手したルービン美術館は、ソーシャルメディア上で仮面についての投稿を見たことを機に、収蔵チームと独立研究者らとともに、仮面の出自を調査していた。その後、マンハッタン地区検事局から「1994年3月にネパールのドラカから盗まれたことを裏付ける証拠」が示されたことを受け、同館は自発的に仮面を当局へ引き渡したという。
ルービン美術館は、それまで「ネパールから盗まれた、あるいは不正に持ち出されたことは認知していなかった」と説明。同館のエグゼクティブディレクターを務めるジョリット・ブリッチギーは声明を通じて、こう述べている。
「わたしたちはこの特別な仮面を大切に扱い、入手した2005年からギャラリーで来館者と共有し、いくつかの学術論文を通じて知識を広められることに誇りをもっていました。しかし、提示された証拠は明確で、ネパールに返却するというわたしたちの決断も揺らぎません。仮面が失われたことで、ドラカの人々に喪失感が及んだことについて深くお詫び申し上げます。作品が本来の場所に戻ることをわたしたちは望んでいますが、返還されたことで過去の過ちが正されるわけではないことも理解しています」
加えて同館は、コレクション管理と出所調査の新責任者を置いたことを発表し、さらなるリソースを投入することを約束した。
文化遺産を後世に伝えるための重要な一歩に
また、今回ネパールに返還された残る2品のうち、「10本の腕をもつドゥルガー像」は、有罪判決を受けた悪徳美術商サブハッシュ・カプールの捜査の一環として押収されたものだ。
マンハッタン地区検事局は声明で、「(ドゥルガー像は)ジーシャン・バットとザヒード・バットの不正取引ルートによってネパールから運び出された。この取り引きルートは、カプールの共犯者だと思わしき人物によって管理されている。カプールはバンコクでこのドゥルガー像をバットらから購入し、2000年代前半にニューヨークへ密輸した。われわれは、カプールが所有していた倉庫から押収した」と説明している。
4つの古美術品は、ニューヨークの暫定ネパール領事を務めるビシュヌ・プラサード・ガウタムと、国土安全保障調査局の特別捜査官副責任者を務めるクリストファー・ローが12月4日に執り行なったセレモニーで返却された。ガウタムは声明で、返還の喜びを「不正に運び出された4つの名作が返ってきたことで、ネパールの文化遺産を後世に伝えるための重要な一歩が踏み出せたと言える」と語り、こう続けている。
「今回の出来事は、ネパールの国家的な取り組みである、失われた文化財の回収と復興に大きく貢献している。芸術分野におけるネパールとマンハッタン地方検事局の協力体制は、ほかの分野と同じように、深く賞賛に値するものであり、国際社会における文化財の不正取引との闘いを刺激するものだ」(翻訳:編集部)
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