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緊縮財政のイギリスはなぜ、故エリザベス女王の記念碑建設に最大90億円もの巨費を投じるのか

2022年に崩御したエリザベス女王の功績を称え、バッキンガム宮殿付近の公園に記念像が建設されるという。イギリスでは緊縮財政の一環として文化予算が大幅削減されているが、この像の建設に充てられる予算は最大91億円にもなるという。

最大4600万ポンド(約91億円)の費用を費やして建てられるエリザベス女王の像は公費で賄われる。Photo: WIREIMAGE

イギリス政府は昨年12月、アーティストや建築家、そして技術者を対象に、故エリザベス女王2世を追悼する記念碑の設計案の公募をスタートした。応募は1月20日に締め切られ、最終選考に残った5人はその後、2カ月半を費やして像のデザインを具体化し、2026年夏に最優秀作品が発表される。最優秀作は、バッキンガム宮殿近くのセント・ジェームズ・パークに建設される予定で、建設予算は2300〜4600万ポンド(約45〜91億円)。そのコストは公費で賄われるという。

エリザベス女王の功績を考えれば、この莫大な予算は妥当に思えるかもしれないが、国は依然として緊縮財政に苦しんでいる。中でもイギリス政府は芸術・文化予算を大幅に削減しており、これほど巨額の資金が女王の像に投じられることに疑問を抱かざるを得ない。

2017年から今に至るまで、イングランドの地方自治体が文化セクターに割く予算は48%も減少しており、予算削減の影響に苦しむ文化施設は少なくない。例えば、イングランド東部、サフォーク州の場合、2024年初頭に同州議会は芸術文化プログラムへの資金援助を完全に停止する意向を発表し、これによってサドベリーにあるトーマス・ゲインズバラの家美術館などのスペースに深刻な影響を及ぼす可能性がある

国内の多くの文化施設が経営難に陥っているというのに、巨額の資金が亡くなった君主の銅像に充てられるのは公平と言えるのだろうか。ロンドンのナショナル・ポートレート・ギャラリーの元館長であり、今回の審査員も務めるサンディ・ネアに取材を申し込んだところ、取材依頼のメールはイギリス政府の広報へと転送され、次のような返事が返ってきた。

「同国で最も長く女王として在位し、尊敬を集めた君主を追悼する国家の記念碑として、政府は暫定的な建設予算を算出しました。これは、設計者が案を練り上げるための指針となります。すべての提出物は、費用対効果を含む複数の基準に基づいて審査される予定です」

これに加えて広報担当者は、記念碑を建設する構想はスナク政権時代から動き出しており、スターマー現政権もこの計画を支持していると語った。

国の美術機関のほとんどが政府から資金援助を受けており、例えばイギリス最大の美術機関を管理するテートは資金援助の30%を政府から受けている。それでも、2023〜2024年の会計報告書によると、2年連続で資金不足に陥っており、同報告書は「財政的に持続可能な新しいビジネスモデルを見つけるべき」と指摘している。

こうした財政難は氷山の一角にすぎない。政府がテートを見捨てることはおそらくないが、地方の文化施設は見放されていることが多い。2024年にはハンプシャー州のイーストリー博物館、ウェスト・ミッドランズ州のクランロック・チェイス博物館などが閉館している。これらの博物館を含め、2000年以降に閉鎖した文化施設は500以上にのぼる

イギリスの文化大臣であるリサ・ナンディは2024年12月10日、「音楽、芸術、美術館といった業界には多くの脆弱性があることを重々承知しています」と語った。ではなぜ政府は税金から最大4600万ポンドの大金を像に費やすのだろう。美術館の運営資金にその金を使いたくないのであれば、負債だらけで破綻しつつあるイギリスの医療サービスに投入し、救命装置を病院に導入したり、国民たちが目で見てわかるような変化をもたらすようなことに使ったりすることはできないのだろうか。

もしくは、王室の主な収入源である税金から支払われる年次交付金である王室助成金から、女王の像の費用を支払ってもいいように思える。2024~2025年度の交付金は8630万ポンド(約171億円)であり、その大半は不動産の維持費と人件費に充てられている。王室は数カ月間、像の費用を支払うために質素に暮らすことはできないのだろうか。

活気のある美術館や文化施設は一般市民に利益をもたらし、アーティストにも利益をもたらす。このエコシステムがうまく機能していれば、芸術家たちは文化助成金を受け取る芸術機関から恩恵を得られるはずだ。結局のところ、芸術家がいなければ芸術は生まれない。グラスゴー大学が最近発表した報告書によれば、国内の芸術家の平均収入はわずか1万5600ドル(約246万円)であり、2010年の2万5000ドル(現在の為替で約395万円)から40%近く減少し、芸術家の経済的苦境を浮き彫りにしている。

ある美術関係者は、イギリスの美術館は悲惨な状況に置かれていると強調し、ロンドンの主要美術館で行われたオープニングパーティーで出された「劣化して酸味が増したワインとひどいカナッペ」と、スロバキア国立美術館が最近催したパーティーで振舞われた贅沢なごちそうを冗談まじりに比較していた。

展覧会オープニングで振る舞われる飲食物の質には目を瞑るとしても、王室への過剰な崇拝をやめ、記念碑建設に法外なコストを費やすのを中止すれば、アーティストや美術機関の苦境は多少なりとも改善するかもしれない。(翻訳:編集部)

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