代表的プロジェクトからシアスター・ゲイツを予習! アフロ民藝から地域再生活動etc.

2024年4月24日から9月1日まで、東京の森美術館シアスター・ゲイツ日本初個展が開催される。メディアやジャンルを超えた幅広い創作活動を展開するゲイツの6つの代表作を通して、その核心を見ていこう。

ニューヨークのニュー・ミュージアムで開催された展覧会「Theaster Gates: Young Lords and Their Traces」の展示風景(2022)。Photo: Dario Lasagni/Courtesy New Museum

シアスター・ゲイツほど守備範囲の広いアーティストはそういないだろう。シカゴを拠点とする彼の活動は、陶芸や彫刻から音楽、パフォーマンス、映像、地域再生まで多岐にわたる。そのプロジェクトには、美術史家がソーシャル・プラクティス(社会や地域の問題をアートの手法で改善すること)という言葉を使って説明するタイプのものも少なくないが、ゲイツ本人はその呼び方を拒んでいる。

彼が取り組んできた一つひとつの仕事は、一見するだけでは相関性がないように見えるかもしれない。伝統的な陶器の壺、屋根の防水塗料を用いた絵画、黒いマリア像、貧困と荒廃の課題を抱えるシカゴのサウスサイド地区での地域再生プロジェクト、そして伝説的DJが所有していた5000枚ものレコードコレクションの上で光る「Burn Baby Burn」というネオンサイン——これらには、実は全体を貫く何本かの糸が存在するのだ。

2015年、TEDトークに登壇したゲイツは聴衆にこう語った。

「私は陶芸家です。地味な職業だと思われるかもしれませんが、陶芸には15年ほど取り組んでいますから知識は豊富です。ろくろの前で長い時間を過ごし、これまで粘土でいろいろな形をつくろうと試みてきました。(中略)自分の能力の限界は、手技と想像力の限界によって決まります。カッコいい器を作りたいけれど、高台(器の底の接地面)のつくり方を知らなければ、まずそれを学ばなければならない。そういう学びのプロセスは、人生でも非常に役立ってきました。陶芸家として経験を積むうちに、世界を新たに形づくる方法も学んでいけるような気がします」

アイオワ州立大学で都市計画と陶芸を学んだゲイツは、卒業後、焼き物で知られる愛知県常滑市で1年を過ごした。このときの経験は彼の人生を大きく変え、美学的な面でもコンセプトの面でも、今日までゲイツの仕事に活かされている。その後、ケープタウン大学で宗教学と美術の修士号を取得。ミュージシャンとしても活動する彼は、ブラック・モンク(旧ザ・ブラック・モンクス・オブ・ミシシッピ)というグループで、アメリカ南部の黒人の伝統に根ざした実験的な音楽を制作している。

ニューヨークのニュー・ミュージアムでは、2022年11月から2023年2月にかけて、ゲイツの仕事を振り返る大規模な回顧展「Theaster Gates: Young Lords and Their Traces」が開かれた。この展覧会では、ゲイツが自らの両親や社会活動家で著述家のベル・フックス、映画研究者のロバート・バード、カラーフィールドペインティングの画家サム・ギリアムなどに影響を受けたことが示されている。同展のオープニングイベントで、ゲイツは来場者にこう語りかけた。

「ここに並んでいるアートは、アート自体が目的で作られたものではありません。これらの作品は、互いに助け合いながら自分を高めていくことのできる、人間の力への深い信念を表現しています」

以下、ゲイツの代表的なプロジェクトや作品を6つ紹介する。

1. The Rebuild Foundation (継続中)

シカゴのサウス・ドーチェスター通り6916番地に立つアーカイブ・ハウス。Photo: Sara Pooley/Courtesy of the artist and Gagosian Gallery, New York

ゲイツのプロジェクトの中で最も規模が大きいのは、The Rebuild Foundation(リビルド・ファウンデーション、開始当初は「ドーチェスター・プロジェクト」と呼ばれていた)だろう。アフリカ系アメリカ人が多く住むシカゴのサウスサイド地区の荒廃した街並みの再生を目指すこのプロジェクトは、過去10年間で約40棟の廃墟を改修し、人々が集ったりアートに触れたりできる文化拠点へと変貌させてきた。リビルド・ファウンデーションは、展覧会や手頃な価格の住居提供、スタジオスペース、ワークショップの運営など、数多くのイベントやサービスを手がけ、今も成長を続けている。

そもそもは2009年、現在アーカイブ・ハウスと呼ばれている一軒家の改修から始まった。グランド・クロッシング近隣の衰退ぶりに心を痛めたゲイツは、ドーチェスター通り6916番地の廃墟を購入し、図書館や写真アーカイブなどを備えた複合施設に改修。併設されているソウルフードキッチンでは、社会課題について話し合うきっかけになればと、地元住民や来場者に料理が振る舞われた。シカゴ大学のスマート美術館が2012年に公開したビデオで、彼はこう説明している。

「何よりも、ここは家だということを意識しました。人々が生活し、眠る場所として建てられた2階建ての家屋です。でもそれだけに留まらず、ここでは非常に興味深い方法で生きることができるのです」

このプロジェクトの軸となるのは、ゲイツが「文化活動の中核的拠点」と呼ぶストーニー・アイランド・アーツ・バンクだ。金融機関として1923年に建設され、廃墟となっていた約1600平方メートルの建物を、彼は市から1ドルで買い取った。入念な改修を経て文化施設として生まれ変わったこの建物には、ゲイツがこれまで集めたコレクションが収蔵されている。

アフリカ系アメリカ人の歴史や美術史に関するそのコレクションは、全部で4つある。1つ目は、かつてシカゴ大学の美術史学科で教育や研究のための資料として使われていた6万枚のガラススライドだ。2つ目は、1940年代から2016年まで、黒人向けの雑誌ジェット誌とエボニー誌を発行していたジョンソン・パブリッシング・カンパニーから引き取った写真アーカイブ。3つ目は、シカゴ出身のDJで、1980年代のハウスミュージックのパイオニアだったフランキー・ナックルズのレコードコレクション。

そして4つ目は、今では痛々しく感じるステレオタイプな黒人像を表現した絵やオブジェなど、「ニグロビリア」(*1)と呼ばれる約4000点のグッズからなるエドワード・J・ウィリアムズ(銀行家)のコレクションだ。さらには、アーティストやミュージシャン、研究者が、これらのコレクションを利用して行う作品制作や研究を支援するアンドリュー・メロン財団の助成プログラムも用意されている。


*1 黒人の蔑称である「negro」とコレクターズアイテムを意味する「memorabilia」を合わせた造語。

ミネアポリスのウォーカー・アート・センターで2019年に開催されたゲイツ展、「Assembly Hall」の共同キュレーターを務めたヴィクトリア・ソンはこう話す。

「彼のアート制作の核心にあるのは収集への衝動です。集めるという行為そのものだけでなく、それに付随する手間と労力、そして細かな配慮がいるアーカイブ作りやカタログ化に対する熱意がそこにあります。ゲイツは手に取れる物質としてのモノに興味を持っていて、それらの中に物質的な形で記憶が埋め込まれていると考えています。私たちを取り囲むさまざまなモノに命を吹き込み、それらに対し人々の関心を向けようとする。彼の創作活動の一部を形成しているのは、そうした仕事です」

2. 《In Case of Race Riot II》(2011年)

《In Case of Race Riot II》(2011) 木材、塗料、プラスチック、金属、接着剤、約85 × 68 × 15cm Photo: Brooklyn Museum

公民権運動が盛んだった頃、平和的なデモを解散させるためによく使われたのが消防ホースだ。たとえば1963年、アラバマ州バーミンガムでは人種隔離制度の撤廃を求める非暴力のデモ隊に、警察が高圧ホースで放水を行った。ゲイツは、こうした歴史的背景のある消防ホースを頻繁に作品に取り入れ、今では彼のトレードマークとも言える素材となっている。コイル状に巻かれた消防ホースを使った《In Case of Race Riot II(人種暴動に備えてII)》の作品名は、アメリカにおける根深い人種差別と、今も続く黒人に対する暴力に対する警鐘を鳴らしている。

古い消防ホースは、「Civil Tapestry」シリーズでも欠かせない素材として使われている。このシリーズも、人種差別撤廃を訴え続けるアフリカ系アメリカ人の闘いを、抽象芸術の手法を使って表現したものだ。消防ホースを切って並べ、大規模な縞模様の「絵画」に仕立てることで、ゲイツは苦痛の象徴を崇高なものへと変貌させている。

ニュー・ミュージアムのキュレーターで、「Theaster Gates: Young Lords and Their Traces」を共同企画したゲイリー・キャリオン=ムラヤリはこう述べた。

「長く抽象芸術と関わってきたシアスターは、それがスピリチュアルな側面を持つことをよく知っています。彼は、フランク・ステラアグネス・マーティンカジミール・マレーヴィチなどのアーティストを長年研究し、また、黒人のアーティストたちがアメリカの抽象芸術の歴史にどう組み入れられるべきかについて考えてきました」

その言葉通り、ニュー・ミュージアムの展覧会では、ゲイツの作品と並んでマーティンとステラの作品が展示され、両作家がゲイツの芸術に与えた影響を見て取ることができる。

3. 《Facsimile Cabinet of Women Origin Stories》(2018年)

《Facsimile Cabinet of Women Origin Stories》(2018)、コルビー・カレッジ・ミュージアム・オブ・アートでの展示風景。Photo: Luc Demers/Courtesy of Colby College

2018年にバーゼル美術館で開催されたゲイツの個展、「Black Madonna」の一部として初公開された《Facsimile Cabinet of Women Origin Stories》は、シカゴの出版社ジョンソン・パブリッシング・カンパニーに保存されていた第2次世界大戦以降の写真に新たな文脈を与えた作品だ。

この出版社が発行していた黒人消費者向けのエボニー誌とジェット誌は、20世紀のアフリカ系アメリカ人の美的感覚や、考え方、政治的指向の形成に一定の役割を果たしている。伝説的シンガーのアレサ・フランクリンや公民権運動の指導者ローザ・パークス、さらには専門職として活躍する中流階級の人々まで、アフリカ系アメリカ人を取り上げた記事を数多く掲載したこれらの雑誌は、黒人に対するステレオタイプ的な見方に抗い、それまでメディアで取り上げられることの少なかったアフリカ系アメリカ人の存在感をアピールした。

洗練されたデザインの大きなキャビネットに黒人女性の写真が3000点近く収められ、インタラクティブな鑑賞体験ができるこの作品について、キュレーターのキャリオン=ムラヤリはこう解説する。

「来場者はそこから写真を取り出し、キャビネットの上の飾り棚に自由に並べ、自分自身の物語を編むことができます。これは、歴史的なアーカイブであると同時に生きたアーカイブでもあり、物理的な方法で、そして実に美しいやりかたで、鑑賞者が変更を加えたり関わったりすることができるのです」

《Facsimile Cabinet of Women Origin Stories》は、アーティストは社会史(*2)のケアテイカー(世話人・介護人。そばに寄り添い、面倒を見る人)であるというゲイツの考え方を象徴している。この作品の場合、彼が特に守ろうとしているのは、シカゴの黒人の歴史を伝える物質的遺産だ。キャリオン=ムラヤリはこう続ける。


*2 社会史(social history)とは、国家問題よりも社会構造や社会におけるさまざまな集団の相互作用を重視する歴史学の一分野。権利を剥奪された社会集団に焦点を当てるところから始まった。

「出版社が廃業したことで、多くの貴重な資料が失われる可能性がありました。そこでシアスターは、自分の作品に写真を使用する許可を得てこれらを引き取ることにしました。中には、レイアウトの指示といった編集メモが記された写真もあります。彼にとって、これは保存のための方策でもあったのです」

4. 「Tar Paintings」シリーズ(継続中)

《Flag》(2014) Photo: Ben Westoby/Courtesy of White Cube

ゲイツが多用するもう1つの重要素材であるタール(コールタール)は、彼にとって個人的な意味を持つ。そのことを彼は、「私の父は、屋根の工事を請け負う小さな会社を営んでいました。80歳で父が引退するというとき、仕事で使っていたタールの溶解釜を譲り受けたのです」と2015年のTEDトークで語っている。

ゲイツの抽象画シリーズ「Tar Paintings(タールペインティング)」は、2020年にニューヨークのガゴシアン・ギャラリーで開催された個展で初公開された。ゲイツはそれに先立つ2017年、ワシントン・ポスト紙のインタビューでこう話した。

「父の助手として働いたことは、私にとって美術の修士課程のようなものでした。屋根にタールを塗る技術を活かして何か作れないか、彫刻と絵画の分野における自分の野心を全部そこに注ぎ込むことができないかと考えていました」

「Civil Tapestry」シリーズと同様、「シアスターのタールペインティングには、抽象画に対する彼の広い見識や、今の時代に抽象芸術に取り組む黒人アーティストにとって抽象とは何を意味するかという彼の考察が反映されています」とキャリオン=ムラヤリは言う。ニュー・ミュージアムの回顧展では、同シリーズとともに作品のインスピレーションとなったタールの溶解釜も展示された。

5. 《Black Chapel》(2022年)

《Black Chapel》(2022) Photo: Iwan Baan/Courtesy of Serpentine Galleries

2022年の夏から初秋にかけて、ロンドンのケンジントン・ガーデンにゲイツが手がけたパブリックアートのインスタレーション、「ブラック・チャペル」が登場した。これは、サーペンタイン・ギャラリーが著名建築家やアーティストにデザインを依頼し、毎年夏季限定でこの場所に設営する「サーペンタイン・パビリオン」として制作されたものだ。

当初は2021年に披露される予定が、コロナ禍で1年延期になったこのパビリオンのデザインは、テキサス州ヒューストンのロスコ・チャペルや、カメルーンのムスグム族の泥小屋、イギリスの陶磁器産業の中心地ストーク=オン=トレントで見られる18世紀末から19世紀のボトル窯(瓶のような形状で、上に開口部がある窯)などを彷彿とさせる。黒く染色された合板で作られ、中央に丸い天窓があるこの円形のチャペルでは、ジャズの演奏やコーラス、陶芸のワークショップ、パネルディスカッションなどのイベントが催された。

このプロジェクトについてゲイツは、陶芸、精神性、建築環境という彼が関心を寄せてきた異なる分野を統合するものだと説明している。数々の実績を誇る著名な建築事務所、アジャイ・アソシエイツの協力で建てられたチャペルには亡父に対する追悼の意も込められ、タールペインティングの新作が7枚、内部に飾られていた。

子どもの頃、教会の聖歌隊で歌っていたというゲイツはこう話している

「ある場所がスピリチュアルな空間だと言えるのは、どんな時だろう。私はずっとそれについて考えてきました。今、思うのは、人々が一緒になって何かをするときにスピリチュアルなことが起こるのではないかということです」

また、チャペルのオープニング時には、ニューヨーク・タイムズ紙の取材にこう答えた。

「ブラック・チャペルはブラックネス(黒人であること)についての作品です。私にとってブラックネスとは、オープンであり続けること、楽観的であり続けること、文化やスピリチュアルな部分を大切にしながら生きていくことに関係しています」

6. 「Afro Mingei(アフロ民藝)」(2022-23年)

ダラスのナッシャー彫刻センターで開催されたシアスター・ゲイツの展覧会「アフロ民藝」(2022-23)。Photo: Kevin Todora

2018年に権威あるナッシャー彫刻賞をゲイツに授与したテキサス州ダラスのナッシャー彫刻センターは、2022年から2023年にかけての5カ月間、食・陶芸・音楽を融合させた彼の新プロジェクト「Afro Mingei(アフロ民藝)」の展覧会を開催。1階の展示室に設置され、DJブースとカフェが組み込まれたインスタレーションには専用の出入り口があり、日本料理とアフリカ系アメリカ人に馴染み深いアメリカ南部の料理が、ゲイツのスタジオがデザインした食器で提供された。

ナッシャー彫刻センターのチーフキュレーター、ジェド・モースはこう語る。

「レストランやバーとして利用できるアフロ民藝には、シアスターの美学を形作る重要な要素が全て入っています。黒人文化と日本文化を交差させる試みをしてきた彼は、それを反映する空間を作り上げました。ここはまた、DJやシンガー、パフォーマーなど、有色人種の若手アーティストのためのプラットフォームでもあります。人々が集い、交流できる場所なのです」

「アフロ民藝」では、初期の代表作の1つである《Plate Convergence》(2007)に見られる寛大さやホスピタリティといったテーマが再現されている。《Plate Convergence》では、100人の招待客のための夕食会が開かれ、古くからアメリカ南部で親しまれてきたソウルフードが、日本風の器で振る舞われた。器は有名な日本人陶芸家のものという演出だったが、実はゲイツ自身が制作したものだ。

ゲイツはニュー・ミュージアムのアーティスティック・ディレクター、マッシミリアーノ・ジオーニにこう話したという。

「日本の陶器を見ていると、神を見ているような気持ちになることがあります。人々の中にある神のような創造性。泥の中に美を見出す普通の人々。そういうものに私は反応しているのだと思います」(翻訳:野澤朋代)

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