ARTnewsJAPAN

北極海に沈む19世紀の巨大な船に崩壊の危機。気候変動により今後の調査活動に暗雲

カナダ北岸に拡がる北極海には、19世紀にイギリスを出航した大型船が二隻沈んでいる。当時の遺品が数多く遺り、現在では活発な調査研究の舞台となっているこの二隻だが、気候変動の影響により崩壊の危機が近づいている。

北極海探検航海フランクリン遠征時にキングウィリアム島付近で氷に閉じ込められたHMSエレバス。 Photo: API/Gamma-Rapho via Getty Images

イギリス海軍が英国海軍艦船(HMS)エレバスとHMSテラーを出航させたのは1845年5月のこと。イングランドを発った二隻の大型船は北大西洋からグリーンランド西岸へと北上し、同年7月にはバフィン湾の海上で目撃されている。しかしその後、二隻の船や129名の船員たちが極寒の海から故郷に戻ることはなかった。

その行方を突き止めるべく、これまでに数多くの捜索隊が結成されてきた。最初の何十年間かは暗中模索の状態が続いたものの、20世紀に入ると、最終目撃地周辺の島々から船員のものと見られる遺体や遺品が発見されるように。これらは、母船を放棄して陸に到達したのち、敢え無く死んでしまった者たちである。遺体のなかには人肉食の痕跡を示すものもあり、船員たちが置かれた環境の過酷さを物語っている。

そして2014年、パークス・カナダが主導する捜索プロジェクトにより、ついにキングウィリアム島沖で海底に直立するHMSエレバスが発見され、続いて2016年にはHMSテラーも同様の状態で発見された。長期間にわたって海底に潜んでいた二隻が、170年越しに人の目に触れたのである。

気候変動で迫るタイムリミット

その後はパークス・カナダが主導するチームにより地道な調査活動が続けられ、士官や船員たちの船室にも到達。製図具や拳銃などの仕事用具から、釣り竿や革靴、肩章などの私物まで、さまざまな遺品を回収した。これらをDNA鑑定にかければ、将来的には船員一人ひとりの身元を特定できるかもしれない。

しかし、気候変動によって周辺環境が変化しているため、今後の調査活動には暗雲が垂れ込めている。パークス・カナダと協働する調査会社Stantecの報告によると、北極圏では温暖化に伴って嵐の発生頻度が増加する傾向にあり、これにより船の残骸がダメージを被っている。特に影響を受けているのは比較的浅い海底に沈んでいるHMSエレバスで、2018年には甲板の一部が船体から崩れ落ちてしまったという。

二隻の船が沈没に至ったそもそもの原因は、流氷に行く手を阻まれたことにある。その二隻が今になって、気候の温暖化と氷の融解によって再び危機に晒されているというのは、なんとも皮肉な事実だ。調査チームはこの事態に対処すべく、船の全体像を3Dモデルに落とし込むための作業に邁進している。二隻の船とその運命に関しては未だ解明されていない事実も多いが、船が崩壊するのが先か調査が完了するのが先か、果たしてどちらになるだろうか。

あわせて読みたい