「レジストラーとは、時代を超えて価値を保存する仕事」──国立国際美術館・小川絢子【アートなキャリアストーリー#6】

アートにかかわる様々な職業人にその仕事の醍醐味を聞く連載「アートなキャリアストーリー」。第6回は、歴史好きが高じて大学で絵画の修復を学び、現在は国立国際美術館でレジストラーとして活動する小川絢子に、「登録する(registrar)」という意味のラテン語を語源にもつこの仕事について話を聞いた。

国立国際美術館の専任レジストラー、小川絢子。

──レジストラーとは一言でいうと、どんな仕事なのでしょう?

美術館や博物館において、コレクションを管理するプロフェッショナルのことをレジストラー(registrar)といいます。

管理についていえば、作品のタイトル、制作年、作家名などの基本情報をデータベースに登録するのがメインの仕事になります。物質面については、作品をどう保管するのかについて、担当のキュレーターと相談しながら決めています。あとは、コレクションをほかの美術館に貸し出す業務の取りまとめも行なっています。

ほかには、展示するときの指示書をつくるような仕事もしています。当美術館がメインに収蔵している現代アートの場合、一般的な絵画や写真とは異なり、収蔵庫に置いてある状態では作品が完成していない場合があります。

たとえば、インスタレーションの作品だと、バラバラの箱にいくつかのオブジェが保存されていて、それらを空間に対して配置しなければ、作品としては成立しません。ギャラリーや作家とやり取りしながら、まずは自分たちの美術館でどう展示するかをフィックスさせて、情報としてまとめていくようなイメージです。

──国内では、レジストラーという専任のポジションがない美術館も多いと聞きます。レジストラーがいない美術館では、どのように業務が行なわれているのでしょう?

わたしも、いま所属している国立国際美術館で「レジストラー」の募集が出ていて、初めてその名前を知ったくらいです。「作品の状態の管理のできる人が望ましい」という要件があり、もともと作品の修復を専門にしていたので、まったくできないことはないだろう……と思いながら、どんな仕事なのか調べ、応募しました。

日本の場合は、作品を担当している学芸員が、他の学芸員と分担しながら行なっている場合が多いと思います。当館では、個別の展示方法や過去の展示における事例などを、作品にまつわる情報を集約して管理していくイメージです。

──もともと修復を専門にされていたとのことですが、そもそもなぜその分野に進もうと思われたのですか?

もともと中高生のころは、歴史が好きでした。進路を考えたときに、それを仕事にするには学校の先生か研究者になるしかないのかなと、漠然と思っていたんです。そんなある日、テレビで奈良の唐招提寺の修復を特集している番組を見ました。それが単なる修復のプロセスの紹介だけでなく、解体した部材を分析して、新しい歴史的事実が解明されるようなことまで扱っていました。

歴史を越えて受け継がれてきたモノ自体、その物質を掘り下げていくと、解釈や研究が大きく動くというのが、本当に刺激的だなと思いました。だから、古いものそのものに触れられる仕事として、修復や保存の勉強をしようと思ったんです。

大学では、文化財の保存を扱うコースに入りました。伝世品とよばれる寺社などで受け継がれてきた資料を扱ったり、発掘された資料を分析しながら、絵画の修復などについても勉強していました。その後、東京藝大の文化財保存学というコースに入り、油彩画の修復の道に本格的に進むことになりました。

──在学中から、実際に作品を修復されていたのですか?

絵画の修復工房でのアルバイトや、美術館でのインターンを経験しました。大学院で、素材や修復につかう材料などの知識や技術の基礎を勉強してから、実際に作品をどう扱うか現場で見識を積んでいったようなかたちです。

ただ、工房のような場所では、来た作品を修復したら、作品との関係はいったんそれで終わりですよね。同じ作品を再び修復する機会に恵まれる場合もありますが、一度触れた作品を目にする機会は、二度とないということもあります。もっと施設のなかに常駐して、作品を日常的にケアするような仕事をしたいと思ったんです。

というのも、大学時代に所属していたゼミで、六曲一双の大きな屏風を修復したことがありました。ゼミの学生が、週1〜2回修復に携わって進めていったのですが、工房ではないので時間がかかりました。修復が終わらないうちに卒業した学生もいたり、新入生も入ってきたり、入れ替わり立ち替わりのような感じです。

幸運にも、自分は修復の最後まで見届けることができたんです。ただ、所有者に作品をお返ししたとき、本当に寂しかった。毎日一緒にいた作品なのに、自分はもう二度と会うことはないんだ、と。

そういう体験もあって、作品を長い時間軸のなかでケアする仕事がやりたかったんです。一方で、日本の美術館や博物館では、作品の修復に携わる専門家の常勤のポストがほとんどありませんでした。

そのわずかなポストについても、展覧会の担当をしながら、プラスアルファで保存の仕事をするというかたちが比較的に多いように感じます。ただ、わたしは展覧会の企画ができるとは思いませんでした。だから、大学院を出てから、博物館や研究所でアシスタントをしていたときに、先ほども言ったように「レジストラー」という募集を見つけ、応募しました。

──日本では、美術館・博物館で働く=学芸員というイメージが強かったように思います。レジストラーという職業は、海外ではもう少し知られていて、「レジストラー・オブ・ザ・イヤー」を決めるアワードもありますね。

国立国際美術館では、2015年に初めてレジストラーという専門職を設けました。それから何をすべきなのかを、館の人たちと手探りで考えながら前に進めていきました。

課題としてあったのは、少しお話しした作品貸し出しに関する管理です。通常公立の美術館だと、版画の担当、彫刻の担当、絵画の担当というかたちで、分野ごとに担当がわかれていることが多いのですが、当館では現代美術を扱っている特性上、窓口が明確ではありませんでした。

つまり、作品について貸し出しの問い合わせがきたら、「誰がこの作品について一番詳しいのか?」というところから確認する必要があったんです。だから、レジストラーというポジションが求められていたのだと思います。

──海外のレジストラーの仕事を参照したこともありますか?

もちろん参照はしましたが、そのまま参考にできないのが正直なところです。海外の国立美術館だと、館にレジストラーが4〜5人いることがあります。分野で担当が分かれていることもありますが、作品を貸す担当と借りる担当で分かれていることもあります。

わたしは、レジストラーとして貸し出しを担当しているので、作品に付き添って移動することがあるのですが、海外では作品を出迎えてくれるのは、必ず先方のレジストラーです。話していると、「掘り下げ」が深いなと感じることが多いです。

自分の仕事はもともとの専門である保存に寄せていますが、海外だとペーパーワークのスペシャリストがいることもあります。輸送関係をとにかく調整する人や保険について詳しい人もいますよ。

──レジストラーというお仕事について聞いていると、鑑賞者が作品に触れるまでには、「キュレーション」や「企画」以外のさまざまなプロセスがあることに気づかされます。

自分には、作家の意図を引きだしたり、展覧会を企画したりする仕事はそれほど得意ではないという認識があります。自分はキュレーターという専門職の人とチームを組んだときに、何ができるのかを「物質を扱う」専門家の立場から考えていきたいんです。得意なことが違う人とチームをつくれば、自分一人でできる以上のことができるようになりますよね。

レジストラーってどういう仕事なんですか? と聞かれるたびに、実は結構困ってしまうんです。もしかしたら、「単に日常的な管理業務をやっているだけじゃないの?」と思われてしまうんじゃないのかなと。

先ほどもお伝えしたとおり、分業化されていない、つまりレジストラーがいない美術館では、みんながちょっとずつやっていることなんです。それが世界では、専門職として扱われている。その意味がまだ理解されていないので、疑問に思う人もいるかもしれません。

──とくにNFT作品に顕著ですがアートの投機的な価値が注目されることも多い現代において、作品を後世に残すという長い時間軸をもちながら、日々のなかで作品をケアする仕組みをつくるレジストラーという仕事は、とても価値があると感じました。

時間が経つうちに、大切な情報が失われていくということは、恐ろしいことだと思っています。時代によって解釈は変わるとしても、作家が制作したときの意図や作品がもつ価値をきちんと保存しなければ、作品のあり方自体が変わってしまいます。そうならないように作品を取り巻く環境をできるだけ、よくしていきたいですね。

最近は、自分が情報をハンドリングしすぎない方法を模索しています。これまでは、情報を自分に集約するということに専念してきました。ただ、それだと属人化という問題は解消していないですよね。

制度や分担の構造を設計して、それを統括するのがレジストラーという仕事なのかなと。時代が変わり、そこにいる職員が入れ替わったとしても、滞らずに美術館の仕事が回っていくということが、大事なのだと思います。

Photos: Hikaru Tsuzuki Text: Shinya Yashiro Edit: Naoya Raita

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