「機械には複製できない人間の揺らぎや凄みを表現したい」──田村星都【KUTANIを未来に繋ぐ女性たち】

いま、九谷焼の中でも特に女性の若手作家の活躍が目覚ましい。そんな状況を代表する4人の作家たちに光を当てる、大丸松坂屋百貨店との連携企画「KUTANIを未来に繋ぐ女性たち」。代々、九谷細字技法(極小の文字を九谷焼の器体に描き入れる技法)を得意とする陶窯田村の4代目であり、同技法の唯一の後継者となった田村星都を訪れた。

──まず、九谷の伝統技法である九谷毛筆細字技法について教えてください。

九谷毛筆細字技法は九谷焼の伝統技法のひとつで、明治時代以来一つの形式美が確立されています。旧仮名(平安時代から江戸時代中期まで使用されていた仮名遣いのこと)、万葉仮名(平仮名や片仮名が誕生する以前、漢字のみで日本語を記述するために用いられた)、変体仮名(昔の平仮名)を用いて古典文学を非常に細かい文字で茶碗などに書いていくのですが、器という立体に、美しい配置、かつ、文様や絵とバランスよく描くのが本当に難しい。私も最初は全くできませんでした。10年かかってようやく落ち着いて書けるようになったというのが実感であり、制作の際は、いつもあらゆる九谷焼の職人の軌跡を感じ、自分が生かされているのだと感じます。

字義通り「文字を書く」というより、器に触れるか触れないかという繊細な手つきで、そっとなぞっていく。

──田村さんはご自身を「作家」とは呼ばないとおっしゃっています。その理由を教えていただけますか?

私の仕事は「表現」の世界というより、やはり職人的なものだと思っています。代々受け継がれてきた技法の基本となる美しい型を、毎日、何年もやり続けた先にようやく出合うことができる世界観というものがある。それが伝統工芸なのだと理解しています。若い時は、まだ自分が何を作りたいのかもわからなかったので、とにかく自分ができること、やれることをちゃんとやろうと訓練を続けてきました。今年でちょうど20年目になるのですが、基礎を何万回とやり続けてきた結果、やっと今、どんな依頼が来ても自分の作品として出せるようになりましたし、自分のやりたいことが表現できるようになってきた。やはり、時間の積み重ねが手業に現れるんですね。今、九谷毛筆細字技法を実践しているのはうちだけなので、比較対象がなく孤独に思うこともありますが、古九谷を含め先人たちの作品を参照しながら、それに並ぶか超えるかしなければ意味がないと思って研鑽を積んでいます。そうして長い歴史の中で、未来の世代が私の代を「面白いね」と言ってくれたら嬉しいですが、その逆にならないよう油断してはいけないなと思います。

田村のデスクの後ろに置かれた棚には、和絵具がずらりと並ぶ。
細字用の筆は、たぬきの毛を用いたもの。道具の作り手が減っているなか、投資だと思って一生分の筆はすでに確保しているという。

──田村さんは、九谷毛筆細字技法の唯一の後継者です。先人が詠んだ和歌の持つ世界観を細字を通じてご自身の「表現」として昇華するために最も腐心されてきたこととは、どんなことでしょうか。

古典文学を題材にしながら細字という伝統技法で制作する九谷焼には、日本の仮名文字の独自の美しさや、九谷焼の華美な色絵の世界観などが総合的に詰め込まれています。日本の美のさまざまな要素を用いて、自分にしか出せない独自の世界を表現したいと常々考えていますが、いまだ独自性を確立できたとは全く思っていません。超絶技巧でただ細かく描けば言い訳ではなく、器の形と文字や絵との調和が大切ですし、書としての抑揚を表現できなければいけない。私は器の展開図を想像しながらパズルのように文字を埋めていくのですが、完成された作品を見て完全に満足することはありません。もっと良いバランスがあったんじゃないか、もっと良い崩し方があったんじゃないかと、試行錯誤を繰り返しています。その挑戦ははこれから先も一生続くだろうし、逆に言えば、おそらく一生わからない。だからこそ作り続けることが大事ですし、逃げずに考えるようにしています。

失敗作をなかなか捨てることができないという田村。「後で見返すと、新しい発見があることも少なくないんです」

──制作工程について教えてください。どのような工程を経て一つの作品は出来上がるのでしょうか? それぞれの工程にかかる時間も合わせて教えていただけると嬉しいです。

粘土から成型し、素焼き(800℃)、本焼き(1260℃)を経て、約2カ月かけて形が出来上がります。その後、私が最も大切にしている工程である上絵付け、つまり文様や細字を書き入れる工程に約1カ月を費やします。その後、上絵焼成(600~800℃)を行うのですが、作品にもよるものの通常3回ほど行うので、一つの作品を仕上げるまでに最低3カ月ほどかかります。

──制作過程の中で特に喜びや誇りを感じる瞬間は?

窯出しの瞬間ですね。でも、どんなに時間をかけて作っても失敗はつきもの。勉強した通りには全然行かないんです。その理由を探っても、パターン化されているわけじゃないのでデータも取りようがない。ただ、そういう偶発性の中から新しい面白さに出合えることも少なくありませんし、そういうときは、内心「ラッキー」って思っています。

九谷毛筆細字技法の二代である星都の曽祖父、田村金星の作品。
九谷焼は、緑、黄、赤、紫、紺青を用いた五彩手(ごさいて)と呼ばれる鮮やかな色彩が特徴。香炉に描かれた細字は、田村曰く「読めるか読めないかくらいがちょうどいい」。

──技術革新によって機械化が進む今、目指される場所とは?

おっしゃる通り、いまや転写技術も進化し、手書きと同じクオリティで色絵付ができるようになっています。ですが私にとってそれは脅威ではありません。それよりも、自分が目指したものを表現できる技術力の高みに到達できるかどうかという自分との戦い。あるいは技術を体得できたとしても、身体的な衰えには抗えません。その中でどう折り合いをつけていくか。私の曽祖父は92歳のとき、「もうやりたくない」と言って筆を置いた一週間後に亡くなりました。彼はとても色っぽい、洒脱な文字を書いていたのですが、ずっとやってきた人にしか書けない字でした。それを思うと、どんなに機械化が進んだとしても、人間の揺らぎや凄みといったものは複製できないんだなと感じます。私もいつか、自分の作品を見て感動を覚えてくださる方がいたら嬉しいなと思います。

──田村さんにとって、伝統と革新がそれぞれ意味するものとはなんでしょうか?

伝統は長い年月の中で確立されてきた型であり、革新はそこに加えていく現在の自分の表現だと思います。どちらも目指すものというよりは、真摯に向き合う過程を経て、自然とできていくもの。有形のもので表現すべきというよりは、むしろ思想において意識するものと思います。

現在、田村が積極的に挑戦しているという吹き付けのシリーズ。

──今回の企画では、4名の女性作家に光を当てています。九谷焼では女性作家の活躍が目覚ましいと感じますが、この状況をどうご覧になっていますか?

最近、特に若手において女性の九谷焼作家の活躍が著しいと私も感じていて、本当に素晴らしいことだと思います。

実は、私が自分の画号を「田村星都」にしたのは、名前からとにかく女性性を取り除きたかったからなんです。当時は、女性であることが不利になるかもしれないと思っていました。でも、人の先入観って本当に当てにならないというのが20年やってきた実感です。私の作品を見て「おじいさんが作っていると思った」という人が、私が女性だと知った途端に「どうりで女性らしい色使いだと思った」と手のひらを返すことも珍しくありません。結果、年齢や性別は関係ないと思うようになりましたし、お客さまにも先入観を持って欲しくないなと思います。

──最後に、九谷焼の今後の発展について、どんな希望をお持ちでしょうか?

近年、世界の工芸が近似していく中で、九谷焼が独自の発展を遂げているのは特筆すべきと思います。私は海外留学や世界各地を旅する経験の中で様々な工芸に触れてきましたが、やはり日本の工芸のレベルや文化の高さは比類ないと気付かされることが多くありました。個人作家、量産にかかわらず、九谷焼が世界でより広く認知され、様々な人が生活の中で愉しんでくださることを願っています。

Photos: Kaori Nishida Text & Edit: Maya Nago

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