ヴェネチア・ビエンナーレが参加アーティストにもたらす「ハロー効果」とは? 業界関係者が語る

世界中の現代アート好きの誰もが知る芸術祭、それがヴェネチア・ビエンナーレ。129年にわたる歴史の中で、出展作家はどのような恩恵を受けてきたのだろうか。

MAHKUの壁画に覆われたジャルディーニの中央パビリオン。 Photo: Simone Padovani/Getty Images

初期は作品売買も。今も残る商業的性質

ヴェネチア・ビエンナーレは1895年、本質的にはアートフェアとして始まった。すなわち、当時コンテンポラリーアートと考えられていた作品の市場を確立するために特別に企画される展覧会という性格だった。1942年から1968年までは、イタリアのアートディーラー、エットーレ・ジャン・フェラーリが運営する公式オフィスが設けられ、展覧会に出品された作品の買い手を見つける業務をしていた。そして、アーティスト(とそのギャラリー)から、ビエンナーレの運営資金として販売価格の15%、フェラーリへの謝礼として2%の手数料が支払われていたのである。

アート界で商業ギャラリーと美術館のシステムが固まっていった流れを受けて、1968年には表向きの売買が禁止された。ただし、熱心な興味を示した買い手に対しては、一定の時点で販売が解禁されるというコンセンサスがあった。有力な美術館が買い入れを希望しているのであれば、なおさら歓迎された。2019年に至るまで、会場の展示パネルには各アーティストの所属ギャラリーが記載されていたくらいだから、興味を持った関係者はすぐにギャラリーから作品を購入するか、少なくともコンタクトを取ることができた。

そのようなあからさまな商業活動はもはや許されないが、だからといってビエンナーレが本質的に商業的でないかといえば、そうとも言えない。近年は一般的に少しだけより平等に、トリクルダウン(*1)的な方法で利益が分配されている。でも、近代資本主義の発祥の地であるヴェネチアだけに、ビエンナーレの商業的な性格は消え去っていない。


*1 トリクルダウンは、富める者が豊かになれば、貧しき者にも富の一部がもたらされるとする経済理論。

「ビエンナーレに出展することの最も重要な側面のひとつは、アーティストが突然、世界中のコレクターの目に留まるようになるという事実です」

著名なキュレーターであり、コラムニスト、オークショニアでもあるサイモン・ド・ピューリーは、ジャルディーニ会場の外で、私にこう語ってくれた。

ド・ピューリーは「もちろん、それは売買につながる可能性があるし、実際にそうなることが少なくありません」と付け加えた。著名なキュレーターが企画する美術館の展覧会によってアーティストの作品が信頼性と人気を得るのと同じように、ビエンナーレに参加したアーティストの履歴書には箔がつく。ド・ピュリーは最後に、2022年のビエンナーレはとりわけすばらしいものだったと話してくれた。

「女性アーティストにスポットライトを当てたビエンナーレでした。今日のオークションを見ると、非常に高く売れる現代アーティストの大半は女性です。それがビエンナーレのおかげかといえば、もちろん、そうとは言えませんが、ひとつの要素であることは明らかです」

第60回ヴェネチア・ビエンナーレ、アルセナーレの展示風景。2024年4月18日撮影。Photo: Stefano Mazzola/Getty Images

ビエンナーレに参加すれば市場価値が上がる

ビエンナーレには、現実にハロー効果(*2)があるのだ。アルセナーレのカフェで昼食をとりながら、サンパウロとブリュッセルに拠点を置く新ギャラリー、マルティンズ&モンテーロ(Martins&Montero)のマリア・モンテーロは、ヴェネツィアはアーティストを「国際的な評価が確立された」存在にしてくれる理想的な舞台だと話した。ビエンナーレの会場で売買が行われることはなくても、ビエンナーレを経たからこそ成立する取引は多いというのだ。


*2 ハロー効果(光背効果)とは、人物がある点で優れていると評価されると、その影響で他のすべての点でも高く評価される傾向をいう。

「ギャラリーは常にアーティストの知名度を上げたいと考えていて、そのためにこれ(ビエンナーレ)を上回る方法はないと思います。多大なインパクトがありますから」とモンテーロは言う。

「たとえば、どこかのギャラリーと美術館の間で、少し前からやり取りが始まっていたとします。そんな折に、作品がここで展示されれば、交渉は急速に進展するでしょう。有力な美術館であればなおさらです」

ブラジル・サンパウロ美術館(MASP)の芸術監督アドリアーノ・ペドロサが企画した今年のビエンナーレのメインパビリオンに、マルティンズ&モンテーロは、ジョタ・モンバサ、マナウアラ・クランデスティーナ、ダルトン・パウラの3人の所属アーティストを送り込んでいる。パウラは本展への参加だけでなく、2024年シャネル・ネクスト・プライズの受賞も果たした。賞金は10万ユーロで使い道は自由。さらに、シャネルのグローバルパートナーによる2年間のメンターシップを受けることができる。

ビエンナーレ参加というお墨付きが得られるだけではなく、アーティストの市場での位置付けもガラリと変わる。ニューヨークのヘイルズ・ギャラリー(Hales Gallery)のアートディーラー、スチュアート・モリソンは「世界のどのビエンナーレにも威信があり、アーティストへの関心とともに批評的な地位を高める」と語る。

「芸術祭の中でもとりわけ注目度が高いのが、ヴェネチア・ビエンナーレだと言っていいでしょう。自然な流れで一連の出来事が展開します。ビエンナーレを企画するために招かれるキュレーターたちは、現在のアート界で最も重要な仕事をしている人たちです。だからこそ、選ばれるアーティストとその作品には特別な意味が与えられるのです」

モリソンは、ディーラーによって違いはあるものの、ビエンナーレに出展することで、そのアーティストの作品の価格についての認識が変わり、特に需要の高まりを受けて価格が上昇する傾向にあると付け加えた。

「私たちは、ビエンナーレに選ばれたアンワル・ジャラル・シェムザやエルダ・セラート、そして5点の作品を出品しているケイ・ウォーキングスティックといったアーティストの財団と仕事をしています。過去のアーティストも存命のアーティストも作品の数は限られ、希少性が発生することになります」

ジャルディーニ会場の中央パビリオンの裏にあるカフェテリアは、白黒のグラフィックで彩られた明るい場所だ(そして、ビエンナーレ会場周辺で最も手早く安く食事ができる場所でもある)。ここで、カスミンのニック・オルニー社長はこう語った。

「本当に重要なのは、ビエンナーレは、人々がアーティストの作品についてより広く、より深く知るチャンスだということです。これまでこのように国際的な発表の場に縁のなかった多くの参加アーティストにとって、ビエンナーレは、ライター、キュレーター、コレクターなど、非常に聡明で、好奇心旺盛で、影響力のある関係者たちが、作品を注意深く見てくれる機会を提供するのです」

優れた作品であれば、会話が促され、そこから美術館による展示や買い入れといった現実的な成果につながると、オルニーは言う。

「それは自然発生的なプロセスです。市場の操作などという作為的なやり方ではなく、自然で有機的な方法で、アーティストの作品に関心が集まり、対話と発表の機会が生まれ、そして、もちろん需要にもつながるのです」

それは、ビエンナーレ効果とも呼ぶべきものだ。(翻訳:清水玲奈)

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