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「9億円バナナ」落札者がデヴィッド・ゲフィンを詐欺疑惑で提訴。被告側は「不当な訴え」と反論

マウリツィオ・カテランの《コメディアン》を9億円で落札したジャスティン・サンは、自身が所有するアルベルト・ジャコメッティの《Le Nez》が不当に売却されたとして、ドリームワークス創業者のデヴィッド・ゲフィンを提訴した。これに対してゲフィンの弁護士は、サンは彫刻作品を手放したことを後悔しているだけだと反論している。

アルベルト・ジャコメッティ《Le Nez》(1947) Photo: Courtesy of Sotheby's
アルベルト・ジャコメッティ《Le Nez》(1947) Photo: Courtesy of Sotheby's

暗号通貨プラットフォームTRONの創業者で、大富豪のジャスティン・サンが、アルベルト・ジャコメッティの彫刻作品《Le Nez》の返還を求めて、映画・音楽プロデューサー兼アートコレクターのデヴィッド・ゲフィンを提訴した。訴状によると、サンのアートアドバイザーが彼の署名を偽装したり、実在しない弁護士を介して作品を不当に売却したという。

2021年にサザビーズで開催されたオークションで《Le Nez》を7840万ドル(当時のレートで約89億円)で落札したサンは、彼のアートアドバイザーを務めていたション・シーハン・シドニーが書類を偽造し、さらには弁護士になりすましてメールを送り、ゲフィンへの売却を同意なしに画策したと主張している。

現在サンは、過去に購入した彫刻の返却、もしくは「または相当な額の損害賠償」を求めているが、ゲフィンの弁護士であるティボール・L・ナギーはニューヨーク・タイムズ紙に対し、この訴えは「奇妙で根拠のないもの」であり、サンは彫刻を手放したことを悔いているだけだと反論している

訴状には、ゲフィンとションが接触を図ったことや、連絡をとっていたという主張は記されておらず、弁護士のナギーは次のように語る。

「取引は仲介業者を通じて行われたものです。仲介業者を通して1年前に成立した取引にサンが不満を抱いていたとしても、ゲフィンを訴える正当な理由にはなり得ません」

サンがマンハッタン連邦裁判所に提出した訴状によると、彼は《Le Nez》を利益を得るために売却することに関心を示していたが、ションに取引を承認したことは一度もないと主張している。サンからの承認を得ていないにもかかわらず彼女は、2024年1月から3月の間に、美術商のデヴィッド・タンクルとコール・タンクルを介してゲフィンの代理人と取引を仲介したとされている。この取引では、彫刻が合計5500万ドル(約84億円)相当の2枚の絵画と1050万ドル(約16億円)相当の暗号通貨と交換されており、これはサンの希望価格を大幅に下回るものだったという。

また、暗号通貨として受け取った取り分は、架空の買い手からの「前払い金」としてサンに提示されたと訴状には記されており、ションの暗号通貨ウォレットからサンのウォレットに資金を移す際に50万ドル(約7620万円)を自分のウォレットの残していたとサンは主張している。この事実は、12月にションに取引の進展の有無を問い詰めた際に発覚したという。

とはいえ、今回の訴訟は、美術界における取引のあり方に疑問を投げかけている。こうした事例は過去にも起きており、ロシアの大富豪ディミトリ・リボロフレフが、数千万ドル相当の美術品の販売で詐欺行為があったとして、昨年サザビーズを相手取って起こした訴訟と重なる部分もある。リボロフレフが起こした訴訟では、サザビーズは無実であることが証明されており、同オークションハウスは、その責任のほとんどをリボロフレフのアートアドバイザーであるイヴ・ブーヴィエに向けた。ブーヴィエは、リボロフレフの裏で自身の利益のために働き、その過程で数百万ドルを稼いでいたという。

同様にゲフィンの弁護士を務めるナギーも、サンによる提訴は見当違いであると主張している。サンは実際に起きた取引を隠そうとしている可能性があるとしてナギーはこう続ける。

「言ってしまえば、過去に成立している取引を破棄するための明確な理由はないということです。取引が成立するまでの過程を正しく双方は踏んでいるはずですから」

これに対してサンの弁護士は、ゲフィンは取引を進める前に「明白な危険信号」に気づくべきだったと主張している。その最たる例が、ションが売却を監督するために採用したとされる弁護士のローラ・チャンであり、彼女は個人用のGmailアカウントで業務を行っていたという。今回の訴訟では、この弁護士が実在しているか否かが争点の一つとなっている。サンの弁護士を務めるウィリアム・L・シャロンはUS版ARTnewsに対して次のように語る。

「ションは盗みを働いたことを認めています。彼女はサンの署名を偽造し、弁護士の存在をでっち上げた。正当な美術品取引、ましてや数千万ドルに及ぶ取引が、そのような方法で行われることはありえません」

大規模なアートの取引で知られるサンは、壁にバナナをダクトテープで貼ったマウリツィオ・カテランによる作品《Comedian》を11月に購入し、作品で使われていたバナナを売ったフルーツスタンド店員に救済案を提案したことで話題となった。今回の訴訟の顛末がどちらに転ぶかはまだわからない。(翻訳:編集部)

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