テキサスのクー・クラックス・クラン(KKK)元本部が、アートと癒しの場に生まれ変わる
クー・クラックス・クランとは、「テロリズムを通じて白人至上主義を実現しようとした団体」とされる。目の部分に穴を開けた頭巾をかぶった白装束の人々の姿を、写真などで見たことがあるかもしれない。その団体がかつて使っていた建物が、いま生まれ変わろうとしている。
1921年、テキサス州フォートワースにあるスイフト社の食肉工場で、白人の組合員たちがストライキを起こした。スト参加者の代わりに雇われたのが家庭持ちの黒人男性、フレッド・ラウズだ。12月のある朝、彼はスト破り防止の警戒線や人種隔離の境界線を超えてストックヤーズ地区まで歩いて仕事に向かった。
しかしその晩、帰宅途中にストの扇動者たちに襲われて重傷を負い、そのまま放置された。病院に搬送されたものの、5日後、療養中の病室に暴徒が押し入り、その日の夜に死亡している。NPO団体、イコール・ジャスティス・イニシアティブが米国のリンチを調査したプロジェクトによると、ラウズはフォートワースで届出のあった唯一の黒人リンチの犠牲者だという。
テキサス州には当時、クー・クラックス・クラン(以下、KKK)の米国最大規模の組織があった。フォートワース本部はノース(N)・メイン・ストリート1012番地にあり、1924年に完成したレンガ造りの建物だった。1階だけでも2000平方メートル以上、2000人を収容できる広さの大講堂だ。
1927年にKKKが建物を売却し、その後何人もの所有者を経て内部は朽ち果てたが、堂々とした外観は変わらず、街に暗い過去の影を落とし続けてきた。それが、2025年にラウズの名を冠した新しいアートセンターに生まれ変わる。この地の醜悪な歴史を記憶すると同時に、再生の場として機能するようになる予定だ。
2019年6月、アダム・W・マッキニーとパートナーのダニエル・バンクスは、建物の所有者が市に取り壊しを申請したことを知った。マッキニーはバレエダンサーの訓練を受けた経歴があり、現在はTCUカレッジ・オブ・ファインアーツの教授を務めている。マッキニーとバンクスは、すぐに建物を生まれ変わらせる構想を抱いた。ラウズの子孫が暮らすこの街を、アートと癒しの拠点にしようと考えたのだ。
バンクスは、「互いに対立したり、孤立し交流がなかったりする人々の集団を1つにまとめる」ことが狙いだと話す。「この街では、文化的な違いを持つグループが地理的にも分かれて住んでいる。だから、グループ間の関係だけでなく、グループ内の意見調整にも話し合いが必要だった」
マッキニーとバンクスがセンター構想を具体的に練り始めると、フォートワースの歴史文化財委員会は建物の取り壊しを6カ月間延期し、その間、所有者は利害関係者と代替案を検討することが義務づけられた。この期間に、マッキニーとバンクスは再利用への支持を取り付けるため、市議会議員との折衝を開始。9月までにフォートワースの7つの文化団体と、かつてKKKの標的となった複数のグループを統括する代表組織がこの構想に参加した。すると次第に相乗効果が生まれ、プロジェクトの対象範囲も広がっていった。
こうして生まれた連合組織、トランスフォーム・1012 Nメイン・ストリート(ノース・メイン・ストリート1012番地を変革しよう)は、全米有色人種地位向上協議会(NAACP)の州支部と地方支部、歴史保存活動などを行うナショナル・トラストの支援を受け、非営利団体としての地位を獲得。メロン財団、フォード財団、全米芸術基金からも助成金を得ることになった。
そして2021年12月、建物の前オーナーとレインウォーター慈善財団からの寄付を財源の一部として建物を取得した。翌22年には、フレッド・ラウズの孫が遺族代表として理事会に参加している。こうして、KKKが所有していた大講堂は、改修工事の後にフレッド・ラウズ・センター(*1)として生まれ変わることになった。
ダラスから車で40分ほどのフォートワースは、急速に変化しつつある。米国国勢調査局によると、2010年〜20年に米国の全都市で最も急速な成長を遂げ、人口増加は毎年平均2万人にのぼる。20年の人種比率は、人口のおよそ35%がヒスパニック系、19%が黒人だった。この数字は今後10年間でさらに拡大が予想されている。
フォートワースには、キンベル美術館、エイモン・カーター美術館、フォートワース現代美術館などの有名な美術館がある。これらは、歴史的に公共施設へのアクセスが制限されてきた層のニーズに応えるべきだという米国全体の動きに、ある程度対応してきた。しかし、フォートワースの芸術関連のインフラは今も不完全だと、トランスフォーム1012 Nメイン・ストリートは主張する。
フォートワース出身でメキシコ民族舞踊団SOLバレエ・フォークロリコのリーダー、ロマン・ラミレスは、舞台芸術の施設が不足していることから、若手アーティストの多くがダラスに流出するか、活動をやめてしまうと指摘する。
フォートワースのコミュニティ支援団体ウィンドウ・トゥー・ユア・ワールドの創設者、アイシャ・ガングリーは、「コミュニティ全体が民主的な場を必要としていた」と言う。「最初から、(フォートワース市民が)どんなスペースを求めているか希望を聞いた上で計画を進める方針だった。立派すぎて敷居が高い施設よりも、リーズナブルな費用で気軽にワークショップに参加できるような施設を求めているかもしれないし、従来型の展示施設よりも、クリエイティブな発信の場を望んでいるかもしれないから」
フレッド・ラウズ・センターには、最先端のパフォーマンス・スペース、社会正義や公民権に関するアートに特化した展示室、アーティスト・イン・レジデンスのための手頃な利用料の滞在施設・スタジオなどが設けられる。
ラミレスは、「バレエのクラスを目にしたり、アートを鑑賞したりすることが、どれだけ学生たちの刺激になることか」と語る。また、リーダーシップ・ワークショップなどライフスキルの講習会や、LGBTQ+の若者のためのサービスも提供される計画だ。さらに、フォートワースの黒人や有色人種が集まる歴史的な貧困地区で安価な食料を供給する市場や、手工芸品のマーケット構想もある。
センターは、過去の銅像や記念碑など、米国の負の歴史を象徴してきたモニュメントに関する問題にも取り組んでいる。2019年にトランスフォーム1012 Nメイン・ストリートが設立された翌年には、1960年代以来、最も大規模で継続的な公民権運動であるブラック・ライブズ・マター(BLM)の抗議活動が広がった。
センター構想の発案者であるマッキニーは、「フォートワースが特殊だとは思わない」と言う。教育NPOのリーダーでもある彼は、「米国政府も国際組織も、植民地主義の根底にある人種差別や奴隷制の歴史を直視してこなかった。私たちはその歴史の名残を、地域社会や国内外を問わず、いたるところで感じている」
南部連合(*2)に関係する人物の銅像や白人至上主義のモニュメントをめぐる議論は以前からあったが、BLMの抗議活動により解決を求める声が高まった。米国各地で銅像が地方政府や市民の行動によって倒され、今もその動きは続いている。南部貧困法律センターが収集したデータによると、テキサス州では2021年、南部連合関連で15のモニュメントが撤去された一方で、撤去するべきではないという反対意見もある。これに対し、フレッド・ラウズ・センターでは、別の視点から作り直すことを提案している。
かつて、大講堂の舞台では、KKKが黒人を揶揄するゲームや集会などの差別的なイベントを開催していた。トランスフォーム・1012Nメイン・ストリートが、改修工事でこの舞台を取り壊したことを批判する人は、ほとんどいないだろう。センターを準備しているチームは、フォートワースのLGBTQ+やBIPOC(黒人・先住民・有色人種)でダンサーやパフォーマンス・アーティストを目指す人たちのために、かつての舞台を浄化する芸術的エネルギーが生まれ続ける場に作り変えたいと願っている。
マッキニーはこう語る。「この建物を取り壊せば、人種差別、人種テロ暴力、白人至上主義に関わる歴史が失われてしまうと感じていた。だから、そうすべきではないと確信していたし、今もその考えに変わりはない。取り壊してしまえば、再び愚行が起きる恐れが増しただろう」(翻訳:清水玲奈)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年5月26日に掲載されました。元記事はこちら。