• SOCIAL
  • NEWS
  • 2024.08.06

気候変動で美術品保管・輸送に新たな課題。異常気象から美術品を守ることはできるのか?

異常気象による熱波や、台風・ハリケーンの大型化、集中豪雨が引き起こす洪水など、世界各地で気候変動による甚大な被害が生じている。こうした危機に対し、美術品の保管・輸送業者はどんな策を講じているのか。ニューヨークフロリダに拠点を持つ企業に取材した。

2022年にフロリダ州などを襲った大型ハリケーン「イアン」(カテゴリー4:シンプソンスケールで5段階中2番目に強い)の気象レーダー画像。Photo: Jeffrey Greenberg/Universal Images Group via Getty Images

気候変動の進行は美術品保管にとって望ましくない事態

冷房の効いた部屋から一歩も外に出ていない場合でもない限り、今夏の厳しい暑さにうんざりしない人はいないだろう。各地で高温状態が続き、7月下旬には世界の平均気温が2日連続で観測史上最高を更新した。熱波の到来は年々早くなって継続期間が長くなり、夕方になっても気温が下がらない日が続く。そうこうするうちに、アメリカではハリケーンの季節の到来だ。

こうした中、美術品倉庫を運営する企業は、ハリケーン対策はもちろん、気温や湿度の極端な上昇に細心の注意を払わなければならなくなった。また、業界基準の厳格化や新しい空調システムの導入に加え、顧客サービスへの要求が高まっていることから、経費増とロジスティクス関連の課題にも直面している。

アメリカのアート・ロジスティクス大手、ガンダー&ホワイトのニューヨーク拠点ディレクター、フランシス・プティはこう語る。

「率直に言って、事態はまったくいい方向に向かっていません。今進行している気候変動は、美術品保管にとって望ましくないものです」

ガンダー&ホワイトは、1986年にニューヨークで最初の拠点となる約2800平方メートルの倉庫をロングアイランドシティに設立。2013年にはマンハッタン33丁目にある1964年築の建物を改装し、オフィス、梱包用木箱を備えた作業場、保管庫を擁する約5600平方メートルの倉庫を増設した。プティによると、1960年代建築の典型である分厚い壁は温度維持に役立つ一方で、暖房や換気といったコンピューター制御による空調システムの設置・更新には障壁になるという。

ギャラリーやオークションハウスから個人コレクター、美術館・博物館に至るまで幅広いクライアントを相手に美術品倉庫を運営するプティは、ニューヨークの夏はここ10年で暑さが格段に厳しくなり、熱波の長期化、豪雨の頻発、ハリケーンや熱帯低気圧による洪水が増加したと指摘する。

「雪は少なくなりましたが、全般に厳しい気象条件に見舞われることが多くなっています」

異常気象による被害は予測が難しい

美術品の輸送・保管に携わる企業は、温度や湿度の急激な変化をできる限り避け、作品の損傷を防ぐことに努める。とりわけ配慮が必要なのが、木製パネルや紙、ワックスプリントの古い美術品だ。

「こうした作品は特に傷みやすく、中でも湿度に気をつけないと作品に膨張や収縮が起こり、ひび割れなどが生じてしまいます」

プティによると、美術品保管に適した環境を維持するため、ニューヨークの倉庫では夏場の空調と湿度管理に通常の2〜3倍の電力を消費する。また、プティが提供してくれたデータによると、ニューヨークの保管設備の電力消費量は2020年以降6〜10%増加している。

ガンダー&ホワイトのパームビーチとマイアミのオフィスには、さらに頭の痛い問題がある。それは、ハリケーンの時期における美術品輸送・保管サービスの運用だ。

US版ARTnewsの取材に応じた同社ディレクターのジル・ド・グレリングは、暴風雨による被害は予測が困難なため、ハリケーン対策やそのための準備を保証の対象から外したと答えている。

「私の22年の経験からして、ハリケーンに襲われた場合、顧客に適切なサービスの提供を保証するのは非常に困難です。最悪の事態が発生したときに私たちが速やかに駆けつけ、顧客のコレクションを救えるかといえば、現実的にそんな約束はできません」

政府が発表する最新の気象データをもってしても、ハリケーンや熱帯低気圧がいつやってくるか、直撃するのか、近くを通過するのか、それとも進路が逸れるのかを把握できるのは接近の5〜7日前だという。そして、美術品の移動が必要であることをクライアントに通知できるのは、そうした情報が得られてからになる。ド・グレリングはその対応の難しさをこう説明する。

「最悪の場合、スタッフが出動できず、燃料も使えず、保管庫に運び込む手段がなくなるかもしれません。トラックに軽油を供給できなくなるかもしれないし、スタッフが出勤するための車にも給油できないかもしれない。スタッフも、自宅と家族を守るための準備をしなくてはならなくなるでしょう」

「本当に必要なとき」だけ移動させる

ガンダー&ホワイトはまた、フロリダにある約7900平方メートルの倉庫を、暴風による飛来物などから守る必要がある。さらに、ハリケーン襲来前の強風や雨も、大型美術品の移動を困難にする。1997年から2000年までサザビーズで美術品輸送を担当していたド・グレリングは、その経験に基づく知見をこう語る。

「美術品の梱包や輸送を行うアートハンドラー経験者の私に言わせれば、(美術品の)移動は少なければ少ないほどいい。動かすのは相応の理由があるときだけにするべきです」

そこで彼は、フロリダの倉庫とそのスタッフが美術品を受け入れる体制を整えておくことに注力。クライアントには、6〜7月に美術品を預け始めるようアドバイスしている。

「だからといって、6月1日に全コレクションを預けに来なければならないということではありません。たとえば、絵画が20点あったとして、その中から特に大型だったり、重かったり、価値が高いなど、簡単に移動できないものは早めに運び込むべきだということです」

場合によっては、ガンダー&ホワイトのスタッフが顧客宅に赴き、嵐の前に移動が必要な美術品を写真に撮って記録することもある。そうしておけば、顧客への提案や輸送資材の提供、どの作品を倉庫などに移すべきかの判断がしやすくなる。

また、優秀なスタッフの確保も大きな課題だ。数億円単位の美術品の保管や輸送に精通した人材は、見つけるのも、教育するのも、長く働いてもらうのも難しいとプティもド・グレリングも口を揃える。ド・グレリングはこう言って笑った。

「顧客の大切な美術品を扱うスタッフを雇うのに、路上でスカウトするようなわけにはいきませんから」(翻訳:清水玲奈)

from ARTnews

あわせて読みたい

  • ARTnews
  • SOCIAL
  • 気候変動で美術品保管・輸送に新たな課題。異常気象から美術品を守ることはできるのか?