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テイラー・スウィフト楽曲を美術館で大合唱! コンサート中止を受け「音楽の都」ウィーンが粋な計らい

ウィーンで予定されていたテイラー・スウィフトの3公演が、テロ計画のため直前に中止された。この異例の事態に急遽立ち上がったのが同市の美術館・博物館。コンサートチケットを持つファンのために施設を無料で開放するという迅速な対応を取材した。

テイラー・スウィフトのファン同士が交換するフレンドシップブレスレット。美術館スタッフとも交換されていた。Photo: Courtesy of The Albertina

ファンたちに文化施設を無料開放

8月第2週の後半、ウィーンの美術館や博物館にテイラー・スウィフトのファンが詰めかけた。ウィーンで8日から10日にかけて3回予定されていたスウィフトのコンサートがテロの脅威で直前に全てキャンセルされたのを受け、同市の複数の文化施設がファンのために入館料を免除したのだ。その1つ、ハウス・デア・ムジーク(日本語で「音楽の家」の意)のマネージングディレクター、サイモン・ポッシュはUS版ARTnewsの取材にこう明かした。

「どれくらいの人が来るか正直予想できていませんでした」

キャンセルされたコンサートチケット保有者の入館を無料にしたのは、モーツァルトハウス・ウィーン、ハウス・デア・ムジーク、クンストハウス・ウィーン、ウィーン市立ユダヤ博物館、オーストリア応用美術博物館(MAK)、MAKガイミュラー城館、ウィーン・ルートヴィヒ財団近代美術館(MUMOK)、アルベルティーナ美術館、ハウス・オブ・シュトラウスだ。また、MUMOKなど複数の美術館が集まる文化地区、ミュージアム・クオーターでは、10日と11日、コンサートのチケットを持つ来場者向けに英語とドイツ語による無料ガイドツアーも行った。

この取り組みは、ウィーン市観光局やのミヒャエル・ルートヴィヒ市長の声明で発表され、主にソーシャルメディアを通じて告知された

US版ARTnewsが取材した美術館関係者は、普段よりも来館者数が大幅に増えたのは嬉しい驚きだったと答えている。来館者の多くは18歳から25歳までの英語を話す若い女性で、中国や南アフリカ、オーストラリア、カナダ、アメリカなど、遠方からウィーンを訪れていた。彼女たちはスウィフトのコンサートグッズや、コンサートで着るはずだったカラフルな服をまとい、もちろん腕にはファン同士で交換するためのフレンドシップブレスレットを着けていた。

一般19.90ユーロ(約3200円)、26歳以下15.90ユーロ(約2500円)の入館料を免除したアルベルティーナ美術館は、8月8日(木)から11日(日)までの間、2万人以上のスウィフティーズ(スウィフトのファン)を迎え入れた。同美術館の広報担当者ニーナ・アイステラーは、これほど大勢の来館者があるのは2018年のクロード・モネ展のような大型展だけだとしてこう補足した。

「週末の来館者数は、通常なら1日2000人ほどなんです」

実は、アイステラー自身やマーケティング部門の同僚たちもスウィフトのファン。何人かはコンサートに行く予定だったので、中止されてショックを受けていたという。

入館料免除が決まった8月6日、同美術館の警備チームとチケット販売チームにはスタッフ増員の通達が出された。アルベルティーナ美術館には長蛇の列ができ、摂氏33度近い炎天下で20分近く並んだ時間帯もあったが、アイステラーによるとスウィフティーズたちはとても協力的で、誰もクレームをつけなかったという。

ハプスブルク時代に宮殿として建てられた同美術館では、アート作品のほか、当時の様子を偲ぶ広間や居室を見ることができる。「ステートルーム」と呼ばれる古典的な設えの部屋は20室あり、通常はクラシック音楽を流している。しかし、この期間はテイラー・スウィフトの曲に切り替えられ、来訪した大勢のファンがそれに合わせて歌っている様子がTikTokで拡散された。この状況について、アルベルティーナに勤務して8年経つというアイステラーはこう語る。

「私は、モーツァルトやベートーヴェンなどクラシック音楽が大好きです。でも、普段とは打って変わって、ステートルームでテイラー・スウィフトの曲の大合唱が起きているのを見て、とても嬉しくなりました」

来館者は他の展示施設でも増加した。ハウス・デア・ムジークでは、8日から11日にかけて、スウィフトのコンサートチケット提示で一般17ユーロ(約2800円)、27歳以下の学生13ユーロ(約2100円)の入館料を免除。その結果2746人のスウィフティーズが訪れたが、これは総入場者数(5862人)のほぼ半分にあたる。また、その週末のギフトショップの売り上げは、通常より4500ユーロ(約73万円)増加した。

モーツァルトハウス・ウィーンでも、9日から11日にかけて2663人のスウィフティーズが訪れ、週末にはスタッフ増員の対応をとった。同館の広報担当、ヤスミン・ウォルフラムは、「大勢のスウィフティーズを迎えるため、英語のガイドツアーを随時増やしていました」と話す。

ウィーン・ルートヴィヒ財団近代美術館の広報担当責任者、カタリーナ・ムルシェッツによると、884人のテイラー・スウィフト・ファンが同美術館を訪れ、カプツィーナー納骨堂のエヴァ・グルントショーバーは、「ちょうど500人のスウィフティーズが無料チケットを利用した」とコメント。また、ウィーン市立ユダヤ博物館のCFOヨーゼフ・ガシュニッツは、来場者数は通常の「倍以上」で、「ギフトショップと併設レストランの売上は約50パーセント増加した」と驚きを隠さない。

さらに、いくつかの展示施設では、従業員とスウィフティーズの間でフレンドシップブレスレットの交換が行われていたという。

告知に威力を発揮したソーシャルメディア

複数の関係者によると、急遽決まった入館無料の告知には、ソーシャルメディアが大きな役割を果たした。テイラー・スウィフトのファンを自認するハウス・デア・ムジークのポッシュはこう説明する。

「この層にアプローチする方法は、ソーシャルメディア以外に考えられません。オーストリアの公共放送(ORF)が夕方のニュースで告知したり、ウェブページに情報を載せたりしても、ほとんど意味がないでしょう。海外から来た若い人たちはORFのホームページなど見ません。情報を可能な限り早く人々に届けるのにソーシャルメディアは最適です。すぐに拡散されていきますから」

入館料無料の取り組みは、美術館・博物館の収入にとって一時的な打撃となったかもしれない。だが、スタッフの話によると、グッズの売り上げや宣伝効果、若者への訴求力向上など、収入面でのロスをはるかに上回るメリットがあったという。

アルベルティーナ美術館のアイステラーは、若者にとって文化施設の入館料は安くないと指摘し、こう語った。

「お金のことはまったく考えていませんでした。重要なのはメッセージを送ること。コンサートを楽しみにしていたのに、襲撃計画という恐ろしい理由で中止になって失望しているファンたちに、私たちは少しでも希望を与えたかった。『本当にショックだと思います。確かにコンサートには行けなくなったかもしれないけれど、ウィーンでアートを楽しむことはできます。それに関してなら力になれます』と言いたかったのです」

一方、ハウス・デア・ムジークのポッシュは「展示施設の高評価につながる」と言う。

「フレンドリーかつ寛大で、ホスピタリティに溢れていることを示せば、ウィーンという都市に好感を持ってくれるでしょう。それは長い目で見ると、数ユーロのチケット代の売り上げよりも価値があるのです」

ハウス・デア・ムジークやアルベルティーナ美術館などいくつかの美術館は、スウィフティーズに対する入場料無料の期間をコンサートが予定されていた週末以降も1日から2日延長。ポッシュはこう呼びかけた。

「コンサートのチケットを提示した人は無料で入館できますので、週末に来れなかったファンの方で、まだこの街に滞在している人はぜひ来てください。歓迎します」(翻訳:野澤朋代)

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