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  • 2024.08.19

キャリアが水没するような挫折──何が若手アーティストのオークション価格の暴落を招いたのか

ニューヨークタイムズが、苦境にあえぐ「ウルトラ・コンテンポラリー」アーティストたちの現状を伝えている。2021年時点で総額7億1200万ドル(最新の為替レートで1037億3500万円)もの市場を築いた彼らの作品価格は、その後2023年までに3分の1まで急落したのだ。

2022年10月17日、サザビーズ・ロンドンの近現代アフリカ美術展が開催され、エル・アナツイなどとともにイシャク・イスマイルの作品も出品された。Photo: Tristan Fewings/Getty Images for Sotheby's

ニューヨーク・タイムズが、「ウルトラコンテンポラリー(超現代的)」と呼ばれる若手アーティストたちの苦境を報じている

とりわけ2023年は、アート市場に若手作家による作品が大量に流出した1年だった。その深刻な影響を受けたのは、ほかでもない彼ら若手作家たちだ。彼らは、自身のキャリアが水没するような劇的な挫折を経験している。

Artnetの価格データベースによると、1974年以降生まれのアーティストによる作品のオークションでの落札価格は、2021年時点で総額7億1200万ドル(最新の為替レートで1037億3500万円)にもなっていた。しかし、その後の2023年までの2年間で、価格は3分の1まで急落。下降傾向はいまも続いており、2024年の若手アーティストの作品の売上は前年比で39%減となっている。

なぜこれほどの暴落が起きたのか。ニューヨーク・タイムズは、その大きな原因は投機目的の投資にあると述べている。パンデミック初期には、即座にリターンが得られるという誤った認識による投機的な若手作家ブームが到来し、彼らの市場価格は高騰した。しかしその数年後には、手っ取り早く利益を得るための投機目的で作品を購入した人々が相次いで作品を売った結果、価格の暴落を招いた。

もちろん、アーティストがオークションから直接利益を得ることは稀だ。だからと言って、セカンダリー市場の変動がプライマリー市場における彼らの作品価格への影響がないわけでは全くない。

イシャク・イスマイルという34歳のアーティストが手がけたキュビズム風の肖像画は、セカンダリー市場において2023年に36万7000ドル(最新の為替で約5360万円)という高値で取引された。しかしこの作品が、今年のオークションで2万ドル(同・約290万円)を超えなかったという。

イスマイルは、一度に5点もの作品をアートアドバイザーやコレクターに売ってしまったことを後悔していると、ニューヨーク・タイムズの記事で吐露している。バイヤーはメールやInstagramで購入を打診してきたというが、本物のコレクターと投機目的のコレクターを見分けることは難しかったと振り返る。

また、27歳のアリソン・ズッカーマンは、メガコレクターであるドナルド・ルベールとメラ・ルベールに才能を見出され、作品20点を販売した。そしてその後、彼女の作品は20代のアーティストにとっては異例と言える59回もオークションで落札された。しかし、その作品を制作するために彼女が巡らせたさまざまな思考について語られることはなかったという。

市場の乱高下は新しい事象ではない。1980年代には日本とアメリカの好況によって、アート市場も活況だった。しかし、その後日本は「失われた10年」に、アメリカも株式市場の暴落に見舞われ、1990年代になるとオークションで半分以上の作品が売れ残る事態に陥った。

しかし、アート市場に流れ込む資金が増えていくにつれ、その乱高下のふり幅は大きくなっている。

アート・ニュースペーパーの元アート市場担当エディターであるジョージナ・アダムはニューヨーク・タイムズのインタビューに対し、以前はアーテイストの運命は市場の嗜好の変化によって変わっていたが、現在では投機によって決まると語った。2021年を見てみると、クリスティーズとサザビーズのバイヤーの3分の1以上は新規顧客であり、そうした落札者たちは長期間のパトロンになるよりも、利益を上げることに興味があったのだろうとアダムは考えている。しかも、今日ではその売買のサイクルは、より短くなっているという。

アーティストの卵たちが美術学校でビジネスについて学ぶ機会はほとんどない。前出のズッカーマンはニューヨーク・タイムズの記事の中で、「私にとって大学院は、自分の内なる声を見つけるためのものでした」と語り、こう続けている。「ビジネスコースを取っておけばよかったと、いまになって思います」

いま、彼女は市場で自分の絵をコントロールできなくなったことをテーマに新たな作品を制作中だ。

「これが、自分の主体性を保つための唯一の方法なのです」

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