トランプ関税はアート市場にも大打撃。関係国の美術界は混乱、アメリカ市場離れの可能性も

「タリフマン(関税男)」を自称するトランプ大統領の高関税政策は、各国に大きな波紋を広げ、アート界にもその影響が押し寄せている。貿易戦争の激化が懸念される中、アメリカ、カナダ、メキシコのアート市場関係者に取材した。

アート業界の専門家は、トランプ大統領の関税政策が美術品販売に悪影響をもたらすと見ている。Photo: Jim Watson/AFP via Getty Images

かねてからの予告通り、トランプ政権はアメリカ東部時間の3月4日午前0時1分をもって、主要貿易相手国であるカナダメキシコ中国からの輸入品に対する関税措置を発動。対する中国とカナダは報復関税を発動し、メキシコも9日に報復関税を含む対応の詳細を発表するとしていた。

しかし、6日にトランプ大統領が「アメリカ・メキシコ・カナダ協定(USMCA)」に含まれる品目は来月2日まで関税措置の対象としないとしたため、カナダは今月下旬に予定していた第2弾の報復関税をいったん見送ると発表。メキシコからも報復に関する言及はなかった。

免税対象だった美術品にも25%の関税が適用に

こうして貿易戦争が現実のものとなり、2025年にアート市場の回復を見込んでいたギャラリー経営者やアート関係者は期待を打ち砕かれることになった。対応に追われるディーラーや美術館幹部、アートフェアのディレクター、美術品輸送業者らは、US版ARTnewsの取材に対し、関税が今後の美術品販売、あるいは取得にどんな影響を与えるか、把握に努めているとした。

懸念が持たれているのは、関税によって美術品の販売、輸送、展示にかかる費用や工程が複雑化し、価格上昇が起き、不確実性が増すことだ。特にギャラリーは、アート・バーゼル香港、インディペンデント、フリーズ・ニューヨークといったアートフェアへの参加を数カ月かけて計画してきただけに、その影響は無視できない。

美術品輸送会社ガンダー&ホワイト・ニューヨークのディレクター、フランシス・プティは、「これでは販売につながりません。美術品の購入に積極的でなくなる人が増えるのは間違いないでしょう」と回答。また、カナダ唯一の国際アートフェアであるアート・トロントのディレクター、ミア・ニールセンは、「この業界で過去に例のない課税が行われる事態に直面しています」と話す。

トロントのアートディーラー、スティーブン・バルジャーは、4月にニューヨークで国際写真美術商協会(AIPAD)が開催するアートフェア、フォトグラフィー・ショーで予定していたカナダ人アーティストの個展を、関税を理由にキャンセルしたことを認め、こう言った。

「状況をちゃんと理解できていません。次は一体何が起きることやら」

従来のアメリカの関税率表では、美術品や骨董品、コレクターズアイテムは免税対象だった。しかし、3月4日午前0時1分以降、カナダとメキシコからの全輸入品に25%の関税が課され、中国には2月4日からの追加関税10%に加え、さらに10%の上乗せが実施された。輸入業者が支払うことになるこの税金は、カナダとメキシコについては2月3日に30日間適用を猶予することが明らかにされていた。ちなみに、バイデン前政権下における中国への関税率は、7.5%から100%まで幅があった。

カナダと中国はさまざまな分野で報復関税を導入し、カナダの最新報復関税リストには、「完全に手作業だけで描かれた絵画、図画、パステル画」や、「あらゆる種類の版画や写真」が含まれている。ただし、「エンジニアリング、建築、その他の目的で使用される手描きの設計図や図面」は対象となっていない。

一方、香港を含む中国からアメリカへの美術品は現在輸入関税の適用除外となっているが、中国で製造されたさまざまな画材、事務用品、電子機器、輸送用木箱やフレーム、イベント用品および低価格のアート関連商品(トートバッグ、トレーナー、Tシャツ、靴下、傘、玩具など)は、アメリカに輸入される場合、10%の追加関税の対象となる。

また、カナダ、メキシコ、アメリカ間では、木材(輸送箱やフレーム用)、原油、自動車部品の輸出入量が膨大であることから、美術品の輸送・配送にかかる諸経費の上昇が予想されている。3月4日にはカナダのオンタリオ州も、アメリカのニューヨーク、ミネソタ、ミシガン各州への送電に25%の関税を課すことを発表した。これらに加え、トランプ大統領は2月10日、鉄鋼・アルミニウム製品に対する25%の追加関税を全輸入品に適用する大統領令に署名。いずれも彫刻や収納棚、美術館の外装などによく使用される素材だ。

高関税による国際アートフェアへの影響は不透明

カナダドルやメキシコペソが対USドルで安い状態が続いていることもあり、新たな関税は、すでに苦境にあるアート業界関係者に追い打ちをかけている。たとえば、3月4日現在のレートを適用すると、アメリカで1万ドルの作品は、カナダドルでは1万4445カナダドル、メキシコペソでは20万9200メキシコペソとなる。これに25%の関税が課されると、それぞれ1万8056.25カナダドル、26万1500メキシコペソに跳ね上がり、さらに州税や連邦消費税なども加わる。

仮にその作品がアメリカのアーティストによるもので、前出のトロントのアートディーラー、バルジャーのギャラリーが販売した場合は、13%の統一売上税がかかる。そのため、1万アメリカドル(3月4日のレートで約150万円)の作品の販売価格は、最終的に2万403.56カナダドル(同約212万円)になる計算だ。

カナダ経済はアメリカ経済との結びつきが強いため、2024年11月にトランプ大統領の再選が決まって以来、新政権下での新たな関税はカナダのアートディーラーにとって深刻な懸念材料となってきた。それに加え、アメリカのアートディーラーも関税の影響を受けつつある。アメリカのアートディーラーの多くはカナダやメキシコのアーティストを扱い、メキシコシティのゾナ・マコ、トロントで開かれるアート・トロントといったアートフェアに参加し、カナダやメキシコの美術館、コレクターに作品を販売しているからだ。

カナダ美術商協会(ADAC)のエグゼクティブディレクター、マッケンジー・シンクレアは、US版ARTnews宛の書面でこう述べている。

「アート市場のエコシステムは脆弱です。どんな変化でも、予期せぬ結果を引き起こし、それが業界全体に波及する可能性があります」

関税発動の前に、いわば作品の買いだめを行った美術館もある。その一例がトロントのオンタリオ美術館で、カナダへの関税が30日間停止されていた間、同館はニューヨークとロサンゼルスのギャラリーから計100万ドル分(約1億5000万円)の美術品を購入したと広報担当者が明かした。しかし、それ以上の詳細については言及を避けている。

同館のディレクター兼CEOであるステファン・ヨストからの書簡にはこう述べられていた。

「高い関税率は、どんな美術品がどこで購入されるかに影響を与えます。カナダ人がカナダの美術品を購入するのはすばらしいことですが、同時に、カナダのアーティストは世界的な市場や鑑賞に値すると信じています」

カナダ美術商協会によると、2024年にアメリカで開催された28のアートフェアに参加したカナダのアートギャラリーは76社。また、同年にカナダで開催された2つのフェアには、アメリカのギャラリー14社が出展した。こうしたフェアなどでアーティストの発表の場を増やせば、彼らのキャリア形成に絶大な効果がもたらされる。しかしギャラリストたちは、今後の国際アートフェア参加に、新たな関税がどんな影響を生じさせるかをまだ把握しきれていない。

2023年のフリーズ・ニューヨークでトロントのダニエル・ファリア・ギャラリーは、同じくトロントを拠点とするアメリカ人アーティスト、ジューン・クラークのソロブースを出展。このブースの評判は、ニューヨーク・タイムズ紙にも取り上げられた

同ギャラリーのオーナーであるファリアは、「これは彼女のキャリア形成にとって、また、アメリカ、カナダ、さらにその他の国での認知を広げる意味でも非常に大きな出来事でした」と語り、「こうしてメディアの注目を集めたことが、美術館やコレクターへの作品販売にもつながっています」と付け加えた。その1人がUS版ARTnewsのTOP 200 COLLECTORSに選出されているベス・ルーディン・デウッディで、ファリアのブースでクラークの金属彫刻《Enough (from the Perseverance Suite)》を購入したという。「それはニューヨークでしか起こり得ない、非常に重要な瞬間でした」とファリアは強調する。

ダニエル・ファリア・ギャラリーは2023年のフリーズ・ニューヨークにジューン・クラークの作品を出展。Photo: Silvia Ros. Courtesy of Daniel Faria Gallery.
ダニエル・ファリア・ギャラリーは2023年のフリーズ・ニューヨークにジューン・クラークの作品を出展。Photo: Silvia Ros. Courtesy of Daniel Faria Gallery.

「アメリカ市場に依存しない」方向へのシフトも

2011年のギャラリー創設以来、アメリカは常に「非常に重要」な市場だったとファリアは語る。同ギャラリーはこれまでにアート・バーゼル、アート・バーゼル・マイアミビーチ、そしてアーモリーショーに出展。今年5月にニューヨークで開催されるインディペンデント・アートフェアにも参加を予定している。しかし新たな関税に直面し、ギャラリー運営をどう調整するべきか模索しているという。

「もしアメリカで開催されるアートフェアに出展するとなると、ヨーロッパ在住のアーティストを紹介せざるを得ないかもしれません。その場合、カナダの作品は出展しなくていいのか悩みます」

トランプ関税を受け、カナダではアメリカ製品の不買やアメリカへの旅行取りやめなどの抵抗が広まっていると複数の情報筋が口にした。それによると、こうした動きは現在、アート市場にも広がりを見せているという。

「誰もが正直に、現実的にならざるを得ないでしょう。カナダ人がアメリカのアート作品を購入したり、アメリカのアートフェアを訪れたりする機会はかなり減少するはずです」

こう話すのはアート・トロントのディレクター、ニールセンだ。15年以上前からアート・バーゼル・マイアミ・ビーチに参加している彼女によると、昨年12月のアート・バーゼル・マイアミ・ビーチにカナダの主要企業コレクションのキュレーターが参加しなかったのは初めてだったという。それについてニールセンは、「11月の大統領選でトランプが勝ったことが理由です」と付け加えた。

トランプ関税に何らかの光明があるとすれば、カナダやメキシコのアーティストに対する国内外の注目が高まることかもしれない。2月にメキシコシティで開催されたアートウィークでは、メキシコやラテンアメリカのアーティストを前面に押し出すギャラリーが多かった。今月末のアート・バーゼル香港で、あるいは今年後半のアート・トロントでも同じ傾向が続くのは想像に難くない。ニールセンは、「カナダやメキシコの中堅アーティストの作品は、同じくらいのキャリアを持つアメリカのアーティストよりもかなり良心的な価格で買うことができます」と明かす。

将来的には、アメリカと各国の間で関税が引き下げられることがあるかもしれない。しかし、アート業界ではすでにアメリカ市場に依存しない方向へのシフトが進み始めている。これは、トランプ政権がウクライナへの軍事支援を一時停止した後の国際安全保障環境と似ている。

関税の導入前にニールセンは、数週間メキシコシティに滞在して現地のコレクターと会い、ギャラリーと話し合いを持ち、カナダのアーティストとメキシコのアート市場をつなぐための取り組みを進めていた。「(カナダのアーティストたちは)規模の大きなアメリカ市場へのアクセスを追求しつつ、アメリカ以外の選択肢も考慮することになるでしょう」とニールセンは説明する。さらに、トロントのアートディーラー、バルジャーはこう吐露した。

「アメリカ人はアメリカ人だけでやっていくつもりなのかもしれません。とはいえ、世界は広いですよね? さまざまな友好関係や同盟関係が、新たに、瞬時に、生まれるかもしれません。経済戦争に突入したことで、そうした関係が生まれるかもしれないのです。苦境に立たされたとき、人々は同じような境遇にある人々と急速に親しくなるものです。アメリカがそんな事態を望むのであれば、そうなるしかないでしょう」(翻訳:清水玲奈)

US版ARTnews編集部注:本記事の内容は、最新のアート市場動向やその周辺情報をお届けするUS版ARTnewsのニュースレター、「On Balance」(毎週水曜配信)から転載したもの。登録はこちらから。

from ARTnews

あわせて読みたい