ボブ・ディランの多彩なビジュアルアートが魅せる大回顧展が開催
分野を超え、最も揺るぎない地位を築いている米国人アーティストの一人、ボブ・ディラン。彼のめったに見ることのできない側面に光を当てた展覧会「Bob Dylan: Retrospectrum(ボブ・ディラン:レトロスペクトラム)」が、2021年12月にマイアミで始まった。ディランによるビジュアルアート作品の米国での回顧展としては、最大規模かつ最も広範囲なものとなる。
2年前に上海のModern Art Museum(MAM:藝倉美術館)で開催され、この度フロリダ国際大学のFrost Art Museum(フロスト・アート・ミュージアム)に巡回し、2022年4月まで開かれる本展では、言葉の達人として知られるディランが手がけた絵画、ドローイング、鉄製の彫刻など200点近い作品が展示される。
主催者の説明によると、約60年にわたるディランのキャリアを網羅するこの展覧会には、「没入型でインタラクティブな展示」が含まれるという。それは、「ディランが遂げてきた芸術的進化の文脈と、彼が生み出してきた楽曲や詩の体系を並行させながら、双方に光を当てる」ものだ。2019年に中国で初披露された展覧会と、それに変更を加えたマイアミの展覧会は、どちらもMAMのアーティスティックディレクターであるシャイ・バイテル氏がキュレーションを担当している。
常に謎めいた存在のディランは、2016年のノーベル文学賞受賞者でもある。彼は展覧会のプレスリリースで次のように述べている。「完成から何年も経つ自分の作品の多くを見るのは、素晴らしい体験です。私は自分の作品を、特定の時間や場所、心の状態と関連付けるのではなく、それらを長い道程の一部として捉えています。世の中に出てさまざまなことを体験し、人生によって認識の仕方が形作られ、変化していくというような。たとえば、ブラジルのモレテスで起きた出来事にも、エル・パイス紙を売るマドリードの新聞売りの男にも、人は同じように大きな影響を受けることがあります」
2022年4月17日まで開催される「Retrospectrum」展について、ARTnewsはMAMのバイテル氏にインタビューを行い、この展覧会のキュレーションについて、またディランの音楽のファンに彼のアートに対するまなざしを、どう知ってほしいかについて聞いた。
──上海で「Bob Dylan: Retrospectrum」展を開催しようと思いついたのは、どういった経緯だったのでしょうか?
シャイ・バイテル:ディランの独特な芸術的表現や世界に対する見方に、私はずっと魅了されてきました。彼のビジュアルアート作品を初めて見たとき、それは彼が観察したことや、物語をうまく伝えるための、もうひとつの媒体だと感じたんです。私は彼の主題の選び方、テクニック、そして多岐にわたるスキルが大好きです。彼のビジュアルアートはとても力強く、親しみやすいと同時に魅惑的でもあると私には感じられます。何時間も彼の絵を見ながら、自分の思考や感情の中を航海するように、近くから遠くまで、さまざまな時間や場所を巡ったこともあります。
ディランは何十年もドローイングや絵画の制作を続けてきましたが、その作品を包括的に紹介する展覧会が一度も開かれたことはありませんでした。そこで、MAMのアーティスティックディレクターに任命されたとき、私はすぐにディランのビジュアルアートの回顧展のアイデアを彼の事務所に持ちかけました。そして、ありがたいことに同意が得られたのです。
──最初に展覧会の企画を打診した時の、ボブ・ディランの反応はどうでしたか?
60年にわたる創作活動で繰り返し示してきたように、ディランは独自の声と表現方法を持っています。今回、ディランの仕事を構成する第三の柱となるビジュアルアートを、彼の音楽や言葉による表現という、より広い文脈の中に位置づけられる機会を与えられたのは、とても光栄なことです。
──彼は展覧会を高く評価していますが、ディランは展覧会の企画にどの程度関わっていたのでしょうか。
最初に展覧会のコンセプトをディランに提示して以降、構成やキュレーションに関しては私たちに一任してくれました。
──音楽の分野以外に、ディランというアーティストが持つ重要性を理解するのに力になってくれた人は他にいますか?
私たちは入念な調査を行いました。ディランの創作の背景や文脈を完全に理解するために、何人もの学者、アーティスト、歴史家、知識人に話を聞きました。多くの協力者のおかげで、私たちは知識を増やし理解を深めることができたんです。そのなかには本展のカタログに寄稿してくれた方もいます。
──展覧会を見にきた人に、一番感じてほしいことは何ですか?
ディランは、アメリカの真に偉大なアーティストの一人であり、そしてまた多面的な人物です。ミュージシャンや詩人としてだけでなく、ビジュアルアーティストとしてのディランも知ってもらいたい。また、さまざまな表現方法を追求してきた一人の人間の旅を映し出すものとして作品を鑑賞してもらいたいと思います。これらの作品が同時に展示されたことは、米国内では一度もなく、初公開される作品もあるので、多くの発見があると思います。
──観客にとって一番の驚きとなるのは何だと思いますか?
驚くべき多様性です。ボブ・ディランはその音楽と同様に、ビジュアルアートにおいても常にいくつものアプローチを試みているようです。それぞれのシリーズは互いに大きく異なっており、驚かされることもしばしばです。
──ディランの卓越した文章表現が、彼のビジュアルアートへのアプローチに直接的に(または間接的に)最も反映されているのはどういったところだと思いますか?
ディランのソングライターとしての特徴は、異質な文学や音楽の系統を独自のビジョンに取り込む姿勢にあると思います。ディランのビジュアルアートにも、同じような柔軟性と実験への意欲が見られます。創造性とは、どのような分野や状況であっても、人間の深いところにある同じ場所から生まれると私は確信しています。そして、それぞれの芸術における表現方法の違いは、表現者の創造性に対する私たちの理解を深めてくれるものでしょう。「Mondo Scripto(書かれた世界)」シリーズでディランは、手書きした歌詞をイラストで表現しています。彼の仕事を構成する3本の柱(音楽、文章、ビジュアルアート)が直接交わる、ユニークな基準点となっています。
──ディランは複数のメディウムを使って仕事をしていますが、彼にとって最も重要なのはどれだと思いますか?
とても難しい質問ですね。個人的には、彼の油絵やミクストメディアの作品が大好きですし、鉄の彫刻作品もとても気に入っています。ある特定のメディウムが他よりも重要だとは思いません。このように多種多様な作品を集めることで、彼がアーティストとして辿ってきた道を理解することができます。全体として見たときに伝わるものがより多くなると思います。
──どのようにして「Retrospectrum」*というタイトルを思いついたのでしょうか? とても良い言葉だと思います。
そう、うまい表現ですよね。このタイトルはディラン本人の提案で、私たちは皆すぐに気に入りました。
──フロリダでの展覧会は、上海での展示とどう違うのでしょうか?
Frost Art Museumは上海の会場より小さいので、各シリーズや時代ごとの作品群からエッセンスを抽出しようと考えました。また、中国の観客は、Frostの観客ほどボブ・ディランをよく知らないと想定し、上海では彼が西洋文化に与えた影響についてもう少し力点を置いて説明しました。Frostで展示される作品は、ディランの作品のなかでも最も優れたものです。さらに、彼の新シリーズ「Deep Focus(ディープ・フォーカス)」が初公開されますが、大変素晴らしいものです。
──ディランにまつわる伝説をどれだけ知っているのか、上海と米国では観客の持つ知識の度合いが違うと思いますが、それによって展覧会の見せ方は変わりますか?
アートの素晴らしいところは、学位がなくても「理解」できることです。作品があなたに語りかけてくるか、こないか、どちらかです。ボブ・ディランについてまったく知らなくても、彼の作品の良さは分かると思います。もちろん知っている人にとっても、多くの示唆に富んでいる彼の作品が心に深く響くはずです。
──他の会場に巡回する予定はありますか?
もちろんです。世界中から問い合わせが来ており、数カ月以内に次の会場を発表する予定です。(翻訳:野澤朋代)
※本記事は、米国版ARTnewsに2021年11月30日に掲載されました。元記事はこちら。