ウォーホル、バスキアから新進作家まで。ウィーン随一のアートコレクターが作った美術館、ハイディ・ホルテン・コレクションとは?
米国ARTnewsの「トップ200コレクター」にもランクインしているオーストリアのアートコレクター、ハイディ・ゴエス=ホルテンが、6月初め、待望のプライベートミュージアム「ハイディ・ホルテン・コレクション」をウィーンにオープンさせた。その間もなく、ハイディは12日に81歳で亡くなったことが明らかにされた。アートコレクションに情熱を傾けた彼女の半生と、ハイディ・ホルテン・コレクションについてご紹介しよう。
1996年、ロンドンのサザビーズで行われたオークションで、あるコレクターがたった1人で2200万ドル分の美術品を落札し、アートマーケットに衝撃が走った。
このニュースを報じる当時のニューヨーク・タイムズ紙の記事は、落札者について、サザビーズに所属するウィーンの専門家を通じて電話で入札した「ドイツ語を話す、謎のコレクター」と表現。ルシアン・フロイト、フランシス・ベーコン、ピエール=オーギュスト・ルノワール、マルク・シャガール、パウル・クレーなどの作品をまとめて購入したこの女性は、一夜にしてアート界の寵児になったと書いている。
記事を読み進むと、このコレクターの正体がハイディ・ゴエス=ホルテンであることが明らかになる。百貨店チェーンのオーナー、ヘルムート・ホルテンの妻だった女性だ(ヘルムートとの死別後、2度再婚)。
ハイディがアート作品の収集を開始したのはヘルムートの生前からだが、1987年に彼が亡くなって数年後にコレクターとしての情熱が再燃。700点もの作品を所有するまでになり、米国ARTnewsの「トップ200コレクター」にもランクインしている。そして、6月初め、ウィーンにハイディ・ホルテン・コレクションを開館させた。
ハイディがこの美術館の館長に指名したのは、96年のオークションで、サザビーズのスペシャリストとして彼女の入札を手伝ったアグネス・フスライン=アルコ。ハイディのコレクター人生が、ちょうど一巡したような形だ。
ウィーンでハイディの所蔵品が公開されるのは、これが初めてではない。2018年にレオポルド美術館でコレクション展が開催されているが、この時は半年間しか作品を披露できなかった。新たにオープンしたハイディ・ホルテン・コレクションは、これまでほとんど公にされることのなかった、オーストリア有数の個人コレクションの常設展示を目的としている。
ハイディはARTnewsへのメールで次のように語った。「初めてコレクションを公開した後、私の中にある想いが生まれました。これらの作品を後世に伝えたい、長年日々の生活の中で身近にあり、私に幸せを与えてくれた宝物を人々と共有したいと考えるようになったのです。私はこの美術館を発見の場、感覚に訴える場、芸術の喜びを得られる場として捉えています。自分にとって、アートはずっと喜びの源泉であり続けてきたのですから」
関係者によると、約1500平方メートルの展示スペースを持つハイディ・ホルテン・コレクションは、ウィーン市民の間で早くも人気になっているそうだ。同美術館の発表では、オープン直後の1週間は連日800人以上の来館者が訪れ、開館からほんの15分で人だかりができていた日もあったという。
この人気ぶりは、ちょっと意外だ。というのも、アルベルティーナ美術館やmumok(近代美術館)、クンストハレ・ウィーンなど、いくつもの美術館がすぐ近くにあるからだ。しかし、フスライン=アルコ館長は、来場者の多さに驚きはないという様子で、ハイディ・ホルテン・コレクションは「人々から愛されています」と述べている。
来場者の中には、フランシス・ベーコンやロイ・リキテンスタインの絵画など、ハイディ所蔵の超有名作品が見られると期待して来る人もいるようだ。だが、そうした有名作家の絵画の多くは、まだ彼女の自宅にある。オープニングを飾る展覧会は、主に新進気鋭のアーティストや中堅作家に焦点を当てた構成で、その多くがオーストリア人だ。展示点数を絞り、完成したばかりの美術館の3つのフロアを広々と使っている。
フスライン=アルコ館長は、オープニング展についてこう述べている。「これは意図的な構成で、2つのことを示したいと思いました。1つは、コレクションは現在も成長中であるということ、もう1つは、若いアーティストの作品もコレクションに含まれているということです」。さらに、ウィーンを拠点とする建築事務所、エンタープライズ・アーキテクツのデザインを前面に押し出したいという理由もあった。
ハイディ・ホルテン・コレクションの建物は、外からは小さく見えるが、中に入るとかなり広く感じる(大人料金が15ユーロというのも、決して小さな金額ではないが)。内部には、来館者の頭上に浮かんでいるように見える2つの階段や、屋根まで見上げることができる大きな吹き抜けがある。
この広さが、巨大な作品の展示を可能にしている。特に目を引く大型作品が、コンスタンティン・ルーザーの《Vibrosauria(バイブロソリア)》(2022)だ。高さが6メートル以上ある雌の恐竜の彫刻で、たくさんの金管楽器をねじり合わせて骨格のような形を作っている。なんと、最大24人のミュージシャンが同時に演奏することもできるのだという。
美術館のティールームも、それ自体がマルクス・シンヴァルトによるアート作品になっている。壁には昔の喫茶店の様子が描かれているが、原画に登場する人々はフォトショップで消し去られ、ティールームの利用者がその代わりになるという趣向だ。
ミニマルな作品も存在感を示している。蛍光灯を部屋の角に立てかけたダン・フレイヴィンの彫刻は1つの展示室を独占し、リリー・レイノー=ドゥヴァールのビデオ作品『Lady to Fox(レディ・トゥ・フォックス)』(2018)も同じく、1部屋を割り当てられている。
映像の中では、レイノー=ドゥヴァールが全身を赤く塗り、白いスニーカーだけを履いて、羊の群れの間を歩き回っている。この作品や、クロード・ラランヌ、レナ・ヘンケ、ウルリケ・ミュラーの作品がコレクションに加えられた背景には、ハイディの長年にわたる動物への愛があるという。
有名アーティストの作品を見たいという来場者を満足させる展示もある。たとえば、アンディ・ウォーホルとジャン=ミシェル・バスキアが共同制作した2点の絵画(さらに、バスキアによるドローイングが1点)、ハイディが所有する6点のルチオ・フォンタナの絵画のうちの2点、人気が高いロバート・ラウシェンバーグの60年代初頭の絵画、死んだ蝶を使ったダミアン・ハーストの作品などだ。
このほかにも、フランツ・マルク、ゲオルク・バゼリッツ、エルンスト・ルートヴィヒ・キルヒナーといった有名作家の作品が、今後の展覧会で見られることだろう。だが、まだあまり知られていない作家たちこそ、ハイディのコレクションの奥深さを物語っている。今回の展示作品はわずか50点、つまりコレクションの7%に過ぎない。
ハイディは生前、こう語っていた。「私のコレクションは、ウィーンやオーストリアはおろか、ヨーロッパでも比類のない宝物だと確信しています」(翻訳:野澤朋代)
※本記事は、米国版ARTnewsに2022年6月10日に掲載されました。元記事はこちら。