2025年春、世界のおすすめ展覧会40選。400点を超えるホックニー展、ルース・アサワの大回顧展、柳幸典個展、20世紀ドイツの写真展etc.

春本番を迎え、日本国内でもさまざまな大型展が開幕。鳥取県立美術館や直島新美術館のオープンなど、アートファンの心を浮き立たせるイベントも控えている。では、世界ではどんな個展・企画展が予定されているのか、これから始まる40の注目展覧会を紹介しよう。

ミルドレッド・トンプソン《Music of the Spheres: Mars》(1996) Photo: ©The Mildred Thompson Estate/Courtesy Galerie Lelong & Co.
ミルドレッド・トンプソン《Music of the Spheres: Mars》(1996) Photo: ©The Mildred Thompson Estate/Courtesy Galerie Lelong & Co.

この春、いくつもの展覧会で舞台となるのは「パリ」。キャリアの前半をパリで過ごしたアンリ・マティスとその娘マルグリット・デュテュイ・フォールの関係を掘り下げた展覧会や、マリア・エレナ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァなど、若き日にパリを拠点としていたアーティストの個展が開催される。また、ナショナル・ギャラリー・シンガポールでも、20世紀の戦間期におけるパリのアジア系アーティストの大型展が予定されている。

ドイツ好きにも朗報がある。ミラノのプラダ財団美術館では、ゲルハルト・リヒターやアウグスト・ザンダーの作品を含んだ、おそらく史上最大規模のドイツ写真の展覧会が予定されている。また、イギリスびいきには、ヘレン・チャドウィック、ジェニー・サヴィルデイヴィッド・ホックニーなどの展覧会をおすすめしたい。

とはいえ、アーティストやその作品には、国や地域の違いを軽々と超える魅力がある。特にこの春注目なのは、めったに見られないカラヴァッジョの名画やピカソの作品、古代ギリシャ彫刻などが世界各地の展覧会へと旅をすることだ。

以下、3月末以降に世界各地で開催が予定されている40の注目展覧会を紹介しよう。

1. 「Yukinori Yanagi: ICARUS(柳幸典:イカロス)」/ピレリ・ハンガービコッカ(ミラノ)

柳幸典《The World Flag Ant Farm》(1990) Photo: Yanagi Studio/©Yanagi Studio/Naoshima Museum of Contemporary Art
柳幸典《The World Flag Ant Farm》(1990) Photo: Yanagi Studio/©Yanagi Studio/Naoshima Museum of Contemporary Art

ピレリ・ハンガービコッカは、野心的でサイトスペシフィックな展示に定評がある。刺激的な企画がたくさんある中で柳幸典の回顧展が際立っているのは、設置が非常に難しいとされる作品が含まれているからだ。1993年のヴェネチア・ビエンナーレで大きな注目を集めた柳の作品は、色砂で作った国旗の中に蟻を入れ、その動きで徐々に国旗のデザインが崩れていくというものだった。その後もナショナル・アイデンティティに関する固定概念を覆す作品を作り続けている彼は、今回ピレリ・ハンガービコッカの広大なスペースに合わせてこれまでの作品を再構築する。具体的にどのような形になるかは明らかにされていないが、プレスリリースによると、全編にわたってギリシャ神話を参照したものになるようだ。

会期:2025年3月27日〜7月27日

2. 「Changing Times - Egon Schiele’s Last Years: 1914–1918(移り変わる時代:エゴン・シーレの最晩年 1914–1918)」/レオボルド美術館(ウィーン) 

エゴン・シーレ《Die Umarmung》(1917) Photo: Johannes Stoll/Belvedere, Vienna
エゴン・シーレ《Die Umarmung》(1917) Photo: Johannes Stoll/Belvedere, Vienna

「僕らはかつてないほど暴力的な時代に生きている」。エゴン・シーレは、スペイン風邪で死去する4年前の1914年、妹のゲルトルーデに宛てた手紙にそう書いた。まるで今の時代のことのようだが、きっといつの時代も人々はそう感じるのだろう。そして、やせ細り、髪や服が乱れた人物の描かれたシーレの絵が、常に人々の心を捉えるのはそのためかもしれない。シーレの大規模展では大概、彼が死去する直前の数年間に手がけた作品はあまり大きく取り上げられないが、この展覧会はそこに光を当てている。また、死をテーマとしたこの展覧会では、シーレが構想していた霊廟を飾るフレスコ画の下絵が初めて一堂に会することになる。

会期:2025年3月28日〜7月13日

3. 「José María Velasco: A View of Mexico(ホセ・マリア・ベラスコ:メキシコの風景)」/ナショナル・ギャラリー(ロンドン)

ホセ・マリア・ベラスコ《Rocks on the Hill of Atzacoalco》(1874) Photo: Museo Nacional de Arte, INBAL, Mexico City
ホセ・マリア・ベラスコ《Rocks on the Hill of Atzacoalco》(1874) Photo: Museo Nacional de Arte, INBAL, Mexico City

19世紀のメキシコ人画家ホセ・マリア・ベラスコは、ラテンアメリカの画家として初めてロンドンのナショナル・ギャラリーで個展を開く栄誉に輝いた。雪を頂いた山々や緑豊かな丘陵地帯、茫漠とした平原など自国の風景を主題としていたベラスコの絵には、列車や建物、道路が描かれることも多く、この時代にメキシコで進んでいた工業化の貴重な記録となっている。しかし一方で、こうした工業化は欧州の植民地になった結果であるのも事実だ。ナショナル・ギャラリーの展覧会では、この暗い歴史を浮き彫りにするため、ヨーロッパの画家の絵も合わせて展示される。

会期:2025年3月29日〜8月17日

4. 「Graffiti(グラフィティ)」/ムゼイオン:ボルツァーノ現代美術館(イタリア、ボルツァーノ)

KAYAの作品。Photo: Courtesy the artists, Meyer Kainer, Vienna, and Deborah Schamoni
KAYAの作品。Photo: Courtesy the artists, Meyer Kainer, Vienna, and Deborah Schamoni

ムゼイオン:ボルツァーノ現代美術館の広大なスペースで展開されるのは、グラフィティや現代アートの作家たちを集めた展覧会だ。キュレーションを担当したのは、スプレーで描かれたタグ(グラフィティの作者やグループ名を記したサイン)を思わせる絵画で知られるネッド・ヴェナと、ムゼイオンのキュレーター、レオニー・ラディン。出品作家には、フューチュラ2000やリー・キニョネスといったストリートアーティストをはじめ、さまざまな分野の作家が含まれている。たとえば、コンセプチュル・アーティストとして知られているローレンス・ウィナー、黒人への暴力とそれに対する抵抗を題材に彫刻を制作しているメルヴィン・エドワーズ、ヴェナと共同で作品を制作するほか、個人としても活動しているジャネット・ムントなどがいる。ムントは、ハイアートとは一線を画したストリートアート風の具象絵画を制作している。

会期:2025年3月29日〜9月14日

5. 「Martin Beck: … for hours, days, or weeks at a time(マーティン・ベック:何時間も、何日も、あるいは何週間もかけて)」/アルドリッチ現代美術館(アメリカ・コネチカット州リッジフィールド)

マーティン・ベック《equilibrium: Dawn/Dusk in the Okefenokee Swamp》(2023) Photo: Courtesy the artist and 47 Canal, New York
マーティン・ベック《equilibrium: Dawn/Dusk in the Okefenokee Swamp》(2023) Photo: Courtesy the artist and 47 Canal, New York

13時間に及ぶマーティン・ベックの映像作品《Last Night(昨夜)》(2016)では、何枚ものLPレコードを最初から最後まで流す様子を映している。それらは1984年のある晩、デヴィッド・マンキューソがニューヨークで開いた伝説のダンスパーティ「ロフト」でかけたものだ。ベックが手がけた他の多くの作品と同様、この映像が問いかけているのは、ある物を見るだけで果たしてどれだけの情報が本当に伝わるのかということだ。そして、どんな場合でも、文脈を理解することでより多くのことを知ることができる。こうしたベックの問題意識を考えると、ドローイングや映像など幅広い作品が並ぶこの展覧会では、その1つひとつを作品同士の関係性の中で見ることが大事だということが分かる。

会期:2025年3月30日〜10月5日

6. 「City of Others: Asian Artists in Paris, 1920s-1940s(他者の街:1920年代〜1940年代のパリにおけるアジア人アーティストたち)」/ナショナル・ギャラリー・シンガポール

リウ・カン《View of Sacré-Coeur》(1931) Photo : ©Liu Kang Family
リウ・カン《View of Sacré-Coeur》(1931) Photo : ©Liu Kang Family

「City of Others(他者の街)」展は、ポンピドゥー・センターで開催中の「Paris Noir(黒いパリ)」展(6月30日まで)と同様、近代以降パリで花開いた芸術に対する私たちの理解が著しく限定されていることを示し、そうした美術史観を是正しようとする試みだ。ポンピドゥー・センターで紹介されているアフリカや中南米・カリブ地域の黒人アーティストたちのように、シンガポールの展覧会が焦点を当てるアジア人アーティストたちも、フランスではあまり知られていないものの、パリのアートシーンに多大な貢献をしてきた。その1人、中国生まれの画家ジョージェット・チェンは、キャリアの初期に魅惑的な肖像画や静物画をパリのサロンに出品している。

会期:2025年4月2日〜8月17日

7. 「Ed Atkins(エド・アトキンス展)」/テート・ブリテン(ロンドン)

エド・アトキンス《The Worm》(2021) Photo: ©Ed Atkins/Courtesy of the artist, Cabinet Gallery, London , dépendance, Brussels, Galerie Isabella Bortolozzi, Berlin , and Gladstone Gallery
エド・アトキンス《The Worm》(2021) Photo: ©Ed Atkins/Courtesy of the artist, Cabinet Gallery, London , dépendance, Brussels, Galerie Isabella Bortolozzi, Berlin , and Gladstone Gallery

意味不明の詩的な言葉を口走るアバターが登場するエド・アトキンスのビデオアートは、Web2.0が台頭した時代に生きる人々の不安を捉え、一世を風靡した。2010年代にデジタルイメージだけで構成された作品を制作し始めたアトキンスは、近年さらに奇妙な方向へと作風を展開している。そのうちの1つに、作家のアバターが自身の母親から実際にかかってきた電話を受けている作品がある。こうした奇妙な作品と、それと並行して制作されたドローイングは、ほとんど全てのものをスクリーン越しに見ることができるようになった今、現実を形成しているのは一体何なのかを問うている。そして観客は、この展覧会を見るため、リアルな会場に足を運んで作品と対峙することになる。皮肉ではあるが、そうやって鑑賞するほうが心に響くのだ。

会期:2025年4月2日〜8月25日

8. 「Typologien: Photography in 20th-Century Germany(類型学:20世紀ドイツの写真)」/プラダ財団美術館(ミラノ)

ウルスラ・シュルツ=ドルンブルク《Transit Sites – Armenia. Erevan-Ararat》(2001) Photo : ©Ursula Schulz-Dornburg
ウルスラ・シュルツ=ドルンブルク《Transit Sites – Armenia. Erevan-Ararat》(2001) Photo : ©Ursula Schulz-Dornburg

アウグスト・ザンダーはさまざまな地位や職業の男性や女性、子どもたちをカメラに収めた。平明なスタイルで撮影されたそれらの肖像写真を見ていくと、1920年代のドイツ社会の全体像が浮かび上がってくる。かつて小説家アルフレート・デーブリーンが述べたように、「書くことではなく、写真を撮ることで社会学の著作を世に出した」ザンダーは、ドイツの写真界に多大な影響を及ぼした。これまで長い間、ドイツの写真家たちは1枚の写真で社会についてどれだけのことを語れるかに関心を寄せてきたが、こうした豊かな写真の伝統がこの国に存在するのは、ザンダーのおかげかもしれない。フランクフルト現代美術館(MMK)のスザンヌ・フェファー館長がキュレーションを担当したこの写真展は、ドイツ写真界の豊かな系譜を我われに見せてくれる。なお、20世紀に撮影された600点もの出展作品には、ゲルハルト・リヒターやマリアンネ・ヴェックスのコンセプチュアルな作品も含まれる。

会期:2025年4月3日〜7月14日

9. 「Roman Signer(ロマン・ジグナー展)」/チューリッヒ美術館

ロマン・ジグナー《Pillow with candle》(1983) Photo: ©Roman Signer
ロマン・ジグナー《Pillow with candle》(1983) Photo: ©Roman Signer

スイスで最も有名なアーティストの1人であるロマン・ジグナーは、家をロケットにくくりつけたり、急なスロープで車を走らせたり、バケツの上に開いた傘を置いたものを彫刻として展示したりしてきた。これらの作品を見て、彼が真顔で仕掛けたジョークに違いないと片付けるのは簡単だ。しかし、その表現があまりにドライなゆえに、もしかしたら彼は大真面目なのだろうかという気もしてくる。一体どこまでが本気でどこまでが皮肉なのか、チューリッヒ美術館のこの展覧会は、その答えを与えてくれるかもしれない。新旧の作品が並ぶこの個展で、観客は日々の生活で見かける何でもないモノについて再考を促されることになるだろう。

会期:2025年4月4日〜8月17日

10. 「Adam Pendleton: Love, Queen(アダム・ペンドルトン:ラブ、クイーン)」/ハーシュホーン博物館と彫刻の庭(ワシントンD.C.)

アダム・ペンドルトン Photo: Matthew Septimus/©Adam Pendleton
アダム・ペンドルトン Photo: Matthew Septimus/©Adam Pendleton

反体制的なフレーズを荒い筆致で描いた絵で知られるアダム・ペンドルトン。ブラック・ダダと呼ばれるスタイルを打ち出した彼は、それを「過去について語りながら未来について語る方法」と説明している。ハーシュホーン博物館と彫刻の庭で開催される展覧会では、絵の具が滴り落ち、輪郭がぼやけた文字で構成された作品のほか、新たに依頼を受けて制作された映像インスタレーションも展示される。これは、公民権運動が最高潮に達した1968年に、貧民救済を訴える人々がワシントンD.C.のナショナルモールを占拠して作ったテント村「復活の街」についての作品だ。現在、連邦政府の資金で運営されている施設はトランプ政権のもとで危機に直面し、先日もスミソニアン博物館(ハーシュホーン博物館と彫刻の庭はその一部)でDEI関連の部署が廃止された。こうした状況の中、ペンドルトンがこの展覧会で訴えるメッセージは、ますます重要な意味を持つことになるだろう。

会期:2025年4月4日〜2027年1月3日

11. 「Matisse and Marguerite: Through Her Father’s Eyes(マティスとマルグリット:父の目から見た彼女)」/パリ市立近代美術館

すでに語り尽くされた感があるアンリ・マティスについて、また新たな視点が登場した。マティスの娘であるマルグリットは、父の遺産を守るため尽力した女性というのが一般的な認識だが、この展覧会ではそれ以上の存在だったことが示唆されている。彼女は、マティスにとってモデルであり、相談相手であり、インスピレーションの源だった。絵画や彫刻、ドローイングなど、この展覧会に並ぶ110点の作品は、2人の間に豊かで密なやりとりがあったことを示している。晩年のマティスがより実験的なスタイルへ方向転換したのも、彼女との対話がきっかけだったのかもしれない。

会期:2025年4月4日〜8月25日

12. 「Ruth Asawa: Retrospective(ルース・アサワ回顧展)」/サンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)

ルース・アサワ《Untitled (BMC.145, BMC Laundry Stamp)》(1948–49年頃) Photo: ©2024 Ruth Asawa Lanier, Inc./Artists Rights Society (ARS), New York/Courtesy David Zwirner/Museum of Modern Art
ルース・アサワ《Untitled (BMC.145, BMC Laundry Stamp)》(1948–49年頃) Photo: ©2024 Ruth Asawa Lanier, Inc./Artists Rights Society (ARS), New York/Courtesy David Zwirner/Museum of Modern Art

300点以上の作品が並ぶサンフランシスコ近代美術館(SFMOMA)のルース・アサワ回顧展は、今シーズンに開催される展覧会の中でも特に展示物が多い。しかし、現在活躍する多くの彫刻家にアサワが与えた影響を考えれば、この規模の大きさは当然だろう。メキシコで学んだ籠細工に着想を得たアサワは、ワイヤーを編んで立体的な造形を作るようになり、それを天井から吊るした彫刻作品で知られるようになった。この展覧会にも、もちろんそうしたワイヤー彫刻が数多く展示される。しかしそれだけにとどまらず、ブラック・マウンテン・カレッジで過ごした学生時代や自然との関わり、パブリックアート、政治思想などを振り返り、アサワの活動が一般に知られるよりずっと幅広かったことが示される。こうしたスケールの大きさにふさわしく、この展覧会は各地へ巡回し、秋にはSFMOMAと共に企画に関わったニューヨーク近代美術館(MoMA)で、その後はビルバオ・グッゲンハイム美術館とスイスのバイエラー財団で開催が予定されている。

会期:2025年4月5日〜9月2日

13. 「Painting after Painting(ペインティング・アフター・ペインティング)」/ゲント市立現代美術館(ベルギー)

ノクカニャ・ランガ《I've been around for millennia》(2024) Photo: Justin Piperger/Courtesy the artist and Saatchi Yates, London
ノクカニャ・ランガ《I've been around for millennia》(2024) Photo: Justin Piperger/Courtesy the artist and Saatchi Yates, London

過去50年、ベルギーはリュック・タイマンスやラウル・デ・カイザーを筆頭に才能豊かな画家を輩出してきた。その伝統を今に受け継ぐのはどんなアーティストか? 答えは、1970年以降に生まれたベルギーの画家たちに焦点を当てるこの展覧会で見つかるだろう。紹介が予定されているのは、リバセ・カやハンナ・デ・コルテなど、70人の才能ある若手アーティストたちだ。

会期:2025年4月5日〜11月2日

14. 「Tatiana Trouvé’: The Strange Life of Things(タチアナ・トゥルヴェ:ものごとの奇妙な生)」/パラッツォ・グラッシ(ヴェネチア)

タチアナ・トゥルヴェ《Le voyage vertical》(2022) Photo : Thomas Lannes/Courtesy the artist and Gagosian/©Tatiana Trouvé, by SIAE 2024
タチアナ・トゥルヴェ《Le voyage vertical》(2022) Photo : Thomas Lannes/Courtesy the artist and Gagosian/©Tatiana Trouvé, by SIAE 2024

現代アートではありとあらゆる意外な素材が使われるが、作品制作に夢を取り入れていると主張するアーティストはさほど多くないだろう。そうしたアーティストの1人が、イタリア人アーティストのタチアナ・トゥルヴェだ。彼女は自身の大規模ドローイングに夢がどんな影響を与えているかを説明しながら、「観客には現実のさまざまなレベルにアクセスしてもらいたい」と語っている。焦点が合っていたりぼやけていたりする風景を描いた彼女のドローイング、そして彫刻やインスタレーションは、人間が住みつく前の世界を想像する試みの一部だという。今回の展覧会では、メガコレクターのフランソワ・ピノーがヴェネチアで運営する2つの私設美術館の1つ、パラッツォ・グラッシの3フロアを全て使って展示が行われる。

会期:2025年4月6日〜2026年1月4日

15. 「David Hockney 25(デイヴィッド・ホックニー 25)」/フォンダシオン ルイ・ヴィトン(パリ)

デイヴィッド・ホックニー《May Blossom on the Roman Road》(2009) Photo: Richard Schmidt/©David Hockney
デイヴィッド・ホックニー《May Blossom on the Roman Road》(2009) Photo: Richard Schmidt/©David Hockney

世界中で何度となく開催されてきたデイヴィッド・ホックニーの展覧会を新たに開くのなら、400点に及ぶこの大規模展こそがふさわしいだろう。《A Bigger Splash(大きな水しぶき)》(1967)など、1960年代に描かれた彼の代表作も含まれてはいるが、今回ホックニーがフォンダシオン ルイ・ヴィトンのキュレーターたちと綿密に企画した展示は、この25年間に制作された作品が中心になるという。その中には、コロナ禍の時期にiPadで制作した作品だけを見せる展示室もある。ホックニーは当時滞在していたノルマンディーの風景を、毎日欠かさずスケッチしていた。それは、人々が病に臥している間も自然は変わらず豊かだということを示し、自分自身だけでなく様々な人々の心を慰めるためだったという。

会期:2025年4月9日〜8月31日

16. 「Five Friends: John Cage, Merce Cunningham, Jasper Johns, Robert Rauschenberg, Cy Twombly(5人の仲間たち:ジョン・ケージ、マース・カニングハム、ジャスパー・ジョーンズ、ロバート・ラウシェンバーグ、サイ・トゥオンブリー)」/ブランドホルスト美術館(ミュンヘン)

ロバート・ラウシェンバーグ《Torso of Cy Twombly on beach》(撮影年不明) Photo: ©Robert Rauschenberg Foundation Archives, New York
ロバート・ラウシェンバーグ《Torso of Cy Twombly on beach》(撮影年不明) Photo: ©Robert Rauschenberg Foundation Archives, New York

この展覧会で紹介される5人のネットワークほど、美術史に大きな影響を与えたものはないかもしれない。彼らの中には視覚芸術以外の分野で活躍していたクリエイターもいる。マース・カニングハムは振付家でダンサーだったし、ジョン・ケージは作曲家だ。しかし、彼らの仕事は視覚芸術を一変させ、偶然性やレディメイドのオブジェを作品に取り入れる新たな方法を後継者たちに提示した。バランタイン・エールの缶を2本並べたジャスパー・ジョーンズの有名な彫刻《Painted Bronze(ペインテッド・ブロンズ)》(1960)をはじめ、150点の作品が並ぶこの展覧会は見どころ満載だ。

会期:2025年4月10日〜8月17日

17. 「Bas Jan Ader: I’m Searching…(バス・ヤン・アデル:私は探している…)」/ハンブルク美術館(ドイツ)

バス・ヤン・アデル《Fall 2, Amsterdam》(1970) Photo: ©The Estate of Bas Jan Ader/Mary Sue Ader Andersen/VG Bild-Kunst, Bonn 2024/Courtesy Meliksetian / Briggs, Dallas
バス・ヤン・アデル《Fall 2, Amsterdam》(1970) Photo: ©The Estate of Bas Jan Ader/Mary Sue Ader Andersen/VG Bild-Kunst, Bonn 2024/Courtesy Meliksetian / Briggs, Dallas

アーティストのバス・ヤン・アデルが海で消息を絶ってから50年が経つ。しかし、彼自身、そして数は少ないものの高く評価されている彼の作品は、今も謎めいた魅力を保ち続けている。ハンブルク美術館がこのオランダ人アーティストの回顧展を再び開催するのも、人を惹きつける彼の不思議な力のゆえだろう。今回の出展作の中には、1970年に制作された《Fall II (Amsterdam)(落下II [アムステルダム])》もある。これは、運河沿いを自転車で走ってきたアデルがそのまま川に飛び込み、大きな水しぶきを上げる様子を映した映像作品で、失敗に対するアデルの関心をテーマにしたこの展覧会の軸となっている。

会期:2025年4月11日〜8月24日

18. 「Kim Chong Hak, Painter of Seoraksan(雪岳山の画家キム・チョンハク)」/ハイ美術館(アトランタ)

Kim Chong Hak《Forest》(1987) Photo : ©Kim Chong Hak/Courtesy the artist
Kim Chong Hak《Forest》(1987) Photo : ©Kim Chong Hak/Courtesy the artist

生い茂る草花を壮大なスケールで描くキム・チョンハクは、韓国では不動の人気を誇っている。彼の絵画は、一見するだけでは革命的なものと感じられないかもしれない。しかし、韓国美術史の文脈の中に置くと見方が変わるはずだ。彼は、韓国で単色画が芸術の最も崇高な形式だとされていた時代に、自然を描いた具象へと移行していった。この展覧会は、キムの画業を歴史的な文脈の中で再評価し、アメリカではあまり知られていないその作品を目にする得難い機会となるだろう。

会期:2025年4月11日〜11月2日

19. 「Isaac Julien: I Dream a World(アイザック・ジュリアン:私はある世界を夢に見る)」/デ・ヤング美術館(サンフランシスコ)

アイザック・ジュリアン《Maiden of Silence (Ten Thousand Waves)》(2010) Photo: ©Isaac Julien/Courtesy the artist and Victoria Miro, London
アイザック・ジュリアン《Maiden of Silence (Ten Thousand Waves)》(2010) Photo: ©Isaac Julien/Courtesy the artist and Victoria Miro, London

クィア映画の金字塔となった1989年の『ルッキング・フォー・ラングストン』以来、アイザック・ジュリアンは、歴史の記録をベースにフィクションと事実を織り交ぜながら作品を制作してきた。彼が映像作品でよく使う手法は、ラングストン・ヒューズのような著名人を取り上げ、広く知られた伝記的な事実に、彼らが私的な生活の中で経験したかもしれない想像の場面を加えていくというものだ。過去20年、ジュリアンの視点は単一のスクリーンの枠を超え、ハリウッド映画を上回るほど壮大なスケールのマルチチャンネル映像インスタレーションへと発展していった。デ・ヤング美術館の展覧会ではその1つ、《Ten Thousand Waves(1万の波)》を見ることができる。2010年に発表されたこの有名な作品は、イギリスで洪水に巻き込まれて命を落とした20人の中国人労働者を題材にしている。

会期:2025年4月12日〜7月13日

20. 「Maruja Mallo: Máscara y Compás(マルハ・マリョ:仮面とコンパス)」/ボティン・センター(サンタンデール、スペイン)

Maruja Mallo《Máscaras. Diagonal II》(1949–50年頃) Photo: Private Collection
Maruja Mallo《Máscaras. Diagonal II》(1949–50年頃) Photo: Private Collection

スペインの画家マルハ・マリョは、1920年代から30年代にかけて不思議な人物や生き物が登場する夢のような情景を描いたことから、しばしばシュルレアリストと呼ばれてきた。しかし、多岐にわたるテーマを追求した彼女を単一の芸術運動にカテゴライズしてしまってよいのだろうか。彼女は数学に興味を持った時期もあれば、スペインのカーニバルの伝統に魅了された時期もあり、スペイン内戦中には故国を離れ、ブエノスアイレスで亡命生活を送った。その後故郷に戻り、表舞台に立つことなく活動していた時期もある。マリョの多様な作品を網羅するこの回顧展は、彼女が一般に知られているよりも多面的なアーティストだったことを証明するものになるだろう。

会期:2025年4月12日〜9月14日

21. 「Maria Helena Vieira da Silva: Anatomy of Space(マリア・エレナ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァ:空間の解剖学)」/ペギー・グッゲンハイム・コレクション(ヴェネチア)

マリア・エレナ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァ《Composition》(1936) Photo: ©Maria Elena Vieira da Silva, by SIAE 2025/Guggenheim Museum
マリア・エレナ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァ《Composition》(1936) Photo: ©Maria Elena Vieira da Silva, by SIAE 2025/Guggenheim Museum

男性優位の近代美術史で、周縁に追いやられていた女性画家に光を当てる回顧展がまた1つ実現する。ポルトガル生まれのマリア・エレナ・ヴィエイラ・ダ・シルヴァは、パリを拠点としていた頃に目にしたキュビスムや未来派の実験的作品に影響を受け、抽象画を制作するようになる。第2次世界大戦が勃発すると彼女はブラジルに亡命し、リオデジャネイロでプリズムのような多面的なフォルムを描き続けた。同時代の著名な男性画家たちと同じ時期に、見ることの本質を理解しようとしていたヴィエラ・ダ・シルヴァは、そうした男性作家と同じ評価に値することをこの展覧会は示している。

会期:2025年4月12日〜9月15日

22. 「Rashid Johnson: A Poem for Deep Thinkers(ラシード・ジョンソン:思索者のための詩)」/グッゲンハイム美術館(ニューヨーク)

Rashid Johnson《The Broken Five》(2019) Photo : Martin Parsekian/©2024 Rashid Johnson/Courtesy the artist
Rashid Johnson《The Broken Five》(2019) Photo : Martin Parsekian/©2024 Rashid Johnson/Courtesy the artist

ラシード・ジョンソンが過去10年間に発表してきた作品の中で最もよく知られているのは、ブラックソープ(アフリカ産の黒い石鹸)とロウを混ぜた素材を使い、神経質そうに歯ぎしりする顔を描いた「Anxious Men(不安な人々)」のシリーズだ。しかし、ジョンソンは絵画のほかにも、黒人ダンサーがビーチでヨガをする映像作品や、植物を取り入れた大型インスタレーションなど幅広い作品を手がけている。グッゲンハイム美術館のらせん状の展示スペースで行われるこの回顧展では、そうした彼の作品の多様さに改めて光が当てられる。企画担当はグッゲンハイムのシニアキュレーター、ナオミ・ベックウィズで、彼女が芸術監督としてドクメンタ16の準備に本格的に取りかかる前に同美術館で手がける大型プロジェクトの1つとなる。

会期:2025年4月18日〜2026年1月16日

23. 「Kent Monkman: History is Painted by the Victors(ケント・モンクマン:歴史は勝者によって描かれる)」/デンバー美術館

ケント・モンクマン《The Madhouse》(2020) Photo : ©Kent Monkman
ケント・モンクマン《The Madhouse》(2020) Photo : ©Kent Monkman

かつては白人男性作家しかいなかった歴史画の分野に、多様なアーティストたちが新たな生命を吹き込んでいる。その1人がクリー族の画家ケント・モンクマンで、100年以上前に描かれ、人々に愛されてきたアメリカ絵画にオマージュを捧げつつ、その概念を覆すような不思議な歴史画を描いている。フレデリック・エドウィン・チャーチなど19世紀の画家の絵を思わせる壮大な風景の中に先住民の人物たちを配置したモンクマンの絵は、反植民地主義的であると同時にクィア的な意味合いを込めたものでもある。彼がこれまでに制作してきた中でも特に規模の大きい作品が並ぶこの展覧会では、その破壊的な作品の何がこれほど大胆に感じられるのかが明らかになるだろう。

会期:2025年4月20日~8月17日

24. 「Sargent and Paris(サージェントとパリ)」/メトロポリタン美術館(ニューヨーク)

ジョン・シンガー・サージェント《ゴートロー夫人の乾杯》(1882-1883)。Photo: Isabella Stewart Gardner Museum
ジョン・シンガー・サージェント《ゴートロー夫人の乾杯》(1882-1883)。Photo: Isabella Stewart Gardner Museum

黒いドレスの女性を描いたジョン・シンガー・サージェントの《マダムX》(1884)は、彼が1874年から84年までパリで過ごした時代の集大成と言える作品だ。今日ではアメリカ美術を代表するアイコニックな絵とされているが、そもそもはフランスで制作されたもので、パリのサロンで発表されたときにはその官能的な表現に激しい批判が巻き起こった。およそ100点の作品を集めたこの展覧会では、パリでの制作活動に至る道のりのほか、北アフリカ、スペイン、オランダ、イタリアへの旅がサージェントにどのような影響を与えたかが考察される。

会期:2025年4月21日~8月3日

25. 「Kandis Williams: A Surface(カンディス・ウィリアムズ:ある表面)」/ウォーカー・アート・センター(ミネアポリス)

カンディス・ウィリアムズ《Esophagus Pin-Up》(2016)。Photo: Courtesy the artist; Heidi, Berlin; and Galerie Hubert Winter, Vienna
カンディス・ウィリアムズ《Esophagus Pin-Up》(2016)。Photo: Courtesy the artist; Heidi, Berlin; and Galerie Hubert Winter, Vienna

どんなアーティストでも、何に対する関心が作品制作の原動力となっているか、大抵は推測できる。しかし、比較的キャリアの浅いカンディス・ウィリアムズの場合はそうではない。むしろ、自分の作品を定義しないという姿勢が、アーティストとしての自己定義になっているからだ。写真の切り抜きなど、膨大な数の素材を用いて彫刻や映像作品を制作してきた彼女は、これらの作品と対話するパフォーマンスも制作している。ウィリアムズはまた、黒人思想家の著作を専門に扱う出版社、カサンドラ・プレスを設立。同社は2022年のホイットニー・ビエンナーレに、彼女と並んで参加している。初めての回顧展となる今回の展覧会では、1つのカテゴリーに押し込められることのないウィリアムズをどう紹介するかが見どころになる。

会期:2025年4月24日~8月24日

26. 「Edi Hila | Thea Djordjadze(エディ・ヒラ|テア・ジョルジャゼ)」/ハンブルク美術館

エディ・ヒラ《People of the Future 1-3》(1997)。Photo: Lorenzo Palmieri/Courtesy the artist and Galleria Raffaella Cortese, Milan
エディ・ヒラ《People of the Future 1-3》(1997)。Photo: Lorenzo Palmieri/Courtesy the artist and Galleria Raffaella Cortese, Milan

青みがかった色の苗木と楽しげな庭師たちを描いたエディ・ヒラの《Planting of Trees(木を植える)》(1972)は、現代の我われには悪意のないものに見える。しかし、この色づかいがアルバニアの社会主義リアリズムに反するものだったため、ヒラは数年の強制労働を命じられた。それでも権力に屈しないヒラは、その後もアルバニアの権力者たちを痛烈に批判し続けた。その姿勢が世界的な支持を集めるようになり、2017年のドクメンタ14に参加。そして今春、ドイツでの本格的な回顧展が、やはり旧ソ連圏出身のアーティストであるテア・ジョルジャゼとの2人展の形で開かれる。ジョルジャゼはジョージア出身の彫刻家で、解体された建築構造物を思わせるミニマルなインスタレーションを制作している。

会期:2025年4月25日~10月5日

27. 「岡崎乾二郎 而今而後 ジコンジゴ Time Unfolding Here」/東京都現代美術館

岡崎乾二郎《But in truth, the first creatures were driven from the sea. They fled. That's why so many of us get seasick. A mudskipper crawled onto the beach, raising its head. "Look," he said, beholding the vast expanse. "Thousands of miles of flat nothing." Fish swim through water endlessly; no end to the water they swim. Birds fly through sky ceaselessly; no end to the sky they fly. There is no reason. We skipped the light fandango, though in truth we were at sea. She said, "I'm home" leaving for the coast. Darkness covered the empty earth; The Spirit hovered over waters. Let there be waters teeming with life, birds multiplying on earth. All that moves in sea and sky, each according to its kind, merely drifted through the world. Evening fell, then dawn broke.》(2024)Photo: ©Shu Nakagawa
岡崎乾二郎《But in truth, the first creatures were driven from the sea. They fled. That's why so many of us get seasick. A mudskipper crawled onto the beach, raising its head. "Look," he said, beholding the vast expanse. "Thousands of miles of flat nothing." Fish swim through water endlessly; no end to the water they swim. Birds fly through sky ceaselessly; no end to the sky they fly. There is no reason. We skipped the light fandango, though in truth we were at sea. She said, "I'm home" leaving for the coast. Darkness covered the empty earth; The Spirit hovered over waters. Let there be waters teeming with life, birds multiplying on earth. All that moves in sea and sky, each according to its kind, merely drifted through the world. Evening fell, then dawn broke.》(2024)Photo: ©Shu Nakagawa

東京を拠点に活動する岡崎乾二郎の代表作として国際的に知られているのは、2007年にダンサーのトリシャ・ブラウンとの共演でロボットに抽象画を描かせたパフォーマンスだ。岡崎の絵画はほとんどが機械ではなく自分の手で描いたものだが、どちらにも共通するのは、筆の動きとその跡が何を意味するのかをめぐる実験だという点だ。岡崎にとって東京で初の本格的な回顧展となる今回は、2021年以降に制作された作品を中心に、旧作もあわせて展示される。

会期:2025年4月29日~7月21日

28. 「Irena Haiduk: Nula(イレーナ・ハイドゥク:ヌラ)」/上海外灘美術館

イレーナ・ハイドゥク《The Night Cast》(2022) Photo: Anna Shteynshleyger/©Irena Haiduk/Courtesy the artist/
イレーナ・ハイドゥク《The Night Cast》(2022) Photo: Anna Shteynshleyger/©Irena Haiduk/Courtesy the artist/

イレーナ・ハイドゥクは、世界的芸術祭における謎めいた作品で評価されてきた作家だ。たとえば、2017年のホイットニー・ビエンナーレでは、女性だけがアクセスできるWiFiネットワークを制作。同年のドクメンタ14では、謎の企業「ユーゴエクスポート(Yugoexport)」の名でプロジェクトを発表している。1982年に連邦国家である旧ユーゴスラビアに生まれたハイドゥクは、そこで実際に体験した権力の変遷を作品中で示唆することが多い。今回、母国の歴史をより明確にテーマとして取り上げるのが、上海外灘美術館を撮影場所として活用する新作映画『Nula(ヌラ)』だ。美術館の資料によれば、経済が不安定化した時代の旧ユーゴスラビアで、「内戦と国際社会からの制裁が価値の壊滅的な低下を引き起こし、50年にわたる非同盟政策の後に社会が崩壊していくさまを捉えている」という。

会期:2025年5月2日~2026年2月8日

29. 「Mildred Thompson: Frequencies(ミルドレッド・トンプソン:周波数)」/マイアミ現代美術館

ミルドレッド・トンプソン《Radiation Explorations 6》(1994) Photo: ©The Mildred Thompson Estate/Courtesy Galerie Lelong & Co.
ミルドレッド・トンプソン《Radiation Explorations 6》(1994) Photo: ©The Mildred Thompson Estate/Courtesy Galerie Lelong & Co.

ミルドレッド・トンプソンが色彩豊かな抽象画を描くようになるとは、少なくともキャリア初期には予想できなかった。当初彼女が制作していたのは、正方形や長方形の木片を並べた作品で、抽象画を描くのにパレットが必要ないことを示すものだった。しかし、その晩年には科学と宇宙論からインスピレーションを得て、衝突する細胞や想像上の宇宙のイメージを描くようになった。それは、クィアな黒人女性としての解放感を表現したものと言えるだろう。そして、回顧展のタイトルには、独自の周波数で機能していたかのようなトンプソンの生き方が反映されている。

会期:2025年5月10日~10月12日

30. 「Néstor Martín-Fernández de la Torre. Néstor Reencontrado(ネストル・マルティン=フェルナンデス・デ・ラ・トーレ。ネストルの再発見)」/ソフィア王妃芸術センター(マドリード)

ネストル・マルティン=フェルナンデス・デ・ラ・トーレのシリーズ作品「Poema del Atlantico(太平洋の詩)」(1912-1923)は、1日における大西洋の変化を描くことを目的としていた。しかし完成した作品は、その表向きの目的よりはるかに奇妙なもので、波と一体化する人々や巨大な魚をつかむ小天使などが描かれている。スペイン・カナリア諸島出身で、舞台デザイナーでもあったネストルは、象徴主義運動の信奉者で、両性具有を称賛し、フリーメイソンやオカルトの世界に足を踏み入れていた。およそ100点の作品が展示されるこの回顧展は、風変わりな革新者であるネストルが、今以上の注目に値することを明らかにするだろう。

会期:2025年5月14日~9月8日

31. 「Dala Nasser(ダラ・ナセル)」/クンスターレ・バーゼル

ダラ・ナセル《Adonis River》(2023)。Photo: Christopher Garcia Valle for ARTnews
ダラ・ナセル《Adonis River》(2023)。Photo: Christopher Garcia Valle for ARTnews

ダラ・ナセルは、2024年のホイットニー・ビエンナーレで《Adonis River(アドニスの川)》を展示。これは、レバノンで採取した素材で染め、汚れを付けた布をギリシャ神殿のような柱に巻きつけたり、垂らしたりしたインスタレーションだ。ギリシャ神話に登場する美少年アドニスは、イノシシに姿を変えた軍神アレスに殺されてしまうが、このアドニスが生まれたのが現在のレバノンにあたるフェニキアとされている。ナセルがこの作品を通して探求したのは、暴力と遠い過去、身体的な傷のつながりだった。同じテーマに再び取り組む今回の個展に向けた新作は、レバノンのカナにあるビザンツ様式の教会を中心とした作品だ。カナは過去50年間に2度、イスラエル軍による大規模攻撃で破壊されている。

会期:2025年5月16日~8月10日

32. 「Why Look at Animals? A Case for the Rights of Non-Human Lives(なぜ動物に目を向けるのか? 人間以外の命にも権利がある)」/アテネ国立現代美術館

現在の深刻な気候変動に対する関心とともに、人間以外の生命への関心も高まりつつある。多くのアーティストが、動物たちをもっと大切にすべきだと声を上げているのだ。アテネ国立現代美術館の企画展では、このテーマに取り組む約60人のアーティストの作品を展示し、その過程で生じた複雑な倫理的問題にも言及する。たとえば、イラク系ドイツ人アーティストでアクティビストでもあるリン・メイ・サイードは、自身の活動の一環として制作した動物の彫刻を出展する。

会期:2025年5月15日~2026年1月7日

33. 「Essex Hemphill: Take Care of Your Blessings(エセックス・ヘンフィル:あなたの恵みに感謝を)」/フィリップス・コレクション(ワシントンD.C.)

ライル・アシュトン・ハリス《Essex, LA Contemporary Exhibitions, Los Angeles, 1992》(2015) Photo: ©Lyle Ashton Harris
ライル・アシュトン・ハリス《Essex, LA Contemporary Exhibitions, Los Angeles, 1992》(2015) Photo: ©Lyle Ashton Harris

昨今、黒人アーティストが文化領域で大きな存在感を持つようになっている。たとえば2024年から今年にかけて、ホイットニー美術館(ニューヨーク)が黒人ダンサーのアルビン・エイリーをテーマにした展覧会を開催。ハマー美術館(ロサンゼルス)では、黒人ジャズミュージシャンのアリス・コルトレーンにオマージュを捧げる展覧会を開催中だ。キュレーターたちは、こうした歴史上の偉大な人物を理解する手がかりになる作品を生み出したアーティストたちを集めた展示を行っている。その流れを汲むのが、フィリップス・コレクション(ワシントンD.C.)で開催されるエセックス・ヘンフィルの展覧会だ。ヘンフィルは、1995年にエイズ関連疾患で亡くなるまでワシントンD.C.近郊を拠点に活動していた詩人、パフォーマーで、短い生涯ではあったが、アイザック・ジュリアンなどの重要アーティストたちに影響を与えた。そのジュリアンは以前、代表作の映画『ルッキング・フォー・ラングストン』(1989)を制作しようと思ったきっかけはヘンフィルだったと語っている。

会期:2025年5月17日~8月31日

34. 「Richard Pousette-Dart: Poetry of Light(リチャード・パウセット=ダート:光の詩)」/フリーダー・ブルダ美術館(バーデン=バーデン)

リチャード・パウセット=ダート《Radiance Number 8 (Imploding Light Red)》(1973-74) Photo: ©Estate of Richard Pousette–Dart/VG Bild-Kunst, Bonn, 2025
リチャード・パウセット=ダート《Radiance Number 8 (Imploding Light Red)》(1973-74) Photo: ©Estate of Richard Pousette–Dart/VG Bild-Kunst, Bonn, 2025

リチャード・パウセット=ダートは、1950年代に抽象表現主義のアーティストとして脚光を浴びた作家だが、一般の知名度は今ひとつかもしれない。それでも、彼の原初的なシンボルや飛沫のようなモチーフは、評論家やアーティストを中心に多くのファンを獲得している。今年はアート・バーゼルの後に、バーデン=バーデンで開かれるこの回顧展を訪れる人も多いだろう。およそ100点の作品で構成されるこの展覧会では、異世界を描いたかのような絵画から、パウセット=ダートの精神世界をうかがい知ることができる。

会期:2025年5月17日~9月14日

35. 「Helen Chadwick: Life Pleasures(ヘレン・チャドウィック:人生の喜び)」/ヘップワース・ウェイクフィールド(ウエスト・ヨークシャー)

ヘレン・チャドウィック《Piss Flowers》(1991- 1992) Photo: Peter White/©Estate of Helen Chadwick/Courtesy Richard Saltoun Gallery, London, Rome, and New York
ヘレン・チャドウィック《Piss Flowers》(1991- 1992) Photo: Peter White/©Estate of Helen Chadwick/Courtesy Richard Saltoun Gallery, London, Rome, and New York

ヘレン・チャドウィックの《Piss Flowers(小便の花)》(1991-1992)という愉快なタイトルの作品は、雪の上に花の形に尿をかけ、できたくぼみに石膏を流し込み、その型をもとに鋳造されたブロンズでできている。アイデアは子どもっぽく思えるが、実は非常に手間のかかるプロセスで、出来上がった作品は美しい。チャドウィックは意図的に鑑賞者を挑発し、それを衝撃的だと感じさせものの正体は何なのかを問うているのだ。彼女は他の作品でも「良識」を攻撃し、評論家たちから称賛された一方で、野次馬的な見物人からは嘲笑された。ターナー賞にもノミネートされたが、1996年に惜しくも42歳で亡くなっている。その記憶は今も薄れていないが、四半世紀ぶりに回顧展が開催されることで再び注目を集めるだろう。

会期:2025年5月17日~10月27日

36. 「Lorna Simpson: Source Notes(ローナ・シンプソン:出典ノート)」/メトロポリタン美術館(ニューヨーク)

ローナ・シンプソン《Night Fall》(2023) Photo: James Wang/©Lorna Simpson/Courtesy the artist and Hauser & Wirth/Private Collection
ローナ・シンプソン《Night Fall》(2023) Photo: James Wang/©Lorna Simpson/Courtesy the artist and Hauser & Wirth/Private Collection

ローナ・シンプソンは長年、写真とテキストを巧みに組み合わせるコンセプチュアルな写真家として活動してきた。そのテキストは写真の隠された意味を明らかにすることも、そうでないこともある。彼女の大きな転機になったのは2015年のヴェネチア・ビエンナーレで、ぼやけた空洞のような背景の前でポーズを取る人物と動物を描いた大型の絵画を発表したことだった。これらの絵は写真と一貫したテーマを扱っていたが、同様に不可解で、画像が繰り返し解釈されることで生じる情報の喪失を表現するものだった。メトロポリタン美術館は今回の個展でシンプソンの全作品を網羅するのではなく、絵画に焦点を絞り、独自のスタイルを持つ重要な画家として取り上げる。

会期:2025年5月19日~11月2日

37. 「Coco Fusco. I Learned to Swim on Dry Land(ココ・ファスコ。私は陸上で泳げるようになった)」/バルセロナ現代美術館(MACBA)

ココ・ファスコ《Paquita y Chata se arrebatan (Fragment)》(1996) Photo: Courtesy Mendes Wood DM
ココ・ファスコ《Paquita y Chata se arrebatan (Fragment)》(1996) Photo: Courtesy Mendes Wood DM

この回顧展のタイトルは、ココ・ファスコのビデオ作品《Y entonces el mar te habla(そして海があなたに語りかける)》(2012)で語られる言葉から名付けられた。作品に登場する女性が語るのは、亡くなった母親の遺灰をアメリカからキューバに持ち帰ろうとする自らの試みだ。ファスコの代表作とも言えるこのビデオは、移民の過程でアイデンティティがどのように変化するのか、また、そうした変化を言語で伝えることが可能なのかを考えさせる。口頭で語られる言葉が主なテーマになっているMACBAでの展示では、さまざまな時代におけるキューバの抑圧的な力への言及もある。

会期:2025年5月22日~2026年1月11日

38. 「Kaari Upson: Doll House – A Retrospective(カーリ・アプソン:ドールハウス - 回顧展)」/ルイジアナ近代美術館(フムレベック、デンマーク)

カーリ・アプソン《Mother's Legs》(2018-19) Photo: Louisiana Museum of Modern Art/Kim Hansen/©The Art Trust created under Kaari Upson Trust/Courtesy Sprüth Magers
カーリ・アプソン《Mother's Legs》(2018-19) Photo: Louisiana Museum of Modern Art/Kim Hansen/©The Art Trust created under Kaari Upson Trust/Courtesy Sprüth Magers

カーリ・アプソンがその短いキャリアの中で生み出した、亡霊のような奇妙な美しさを持つ作品は、難しいこと抜きに見る者の心へすっと入ってくる。アプソンは、双子、プレイボーイ誌創始者の邸宅の住人、身体の脆さなどを扱った作品で、見る者を奇妙な心理状態にさせてきた。そのビデオ作品や彫刻の多くは、意図は明確ではないが、不安を掻き立てるものであるのは間違いない。ルイジアナ美術館での回顧展は、2021年の彼女の死後初のもので、不気味な作品群が網羅されている。

会期:2025年5月27日~10月26日

39. 「Magical Realism(マジカル・リアリズム)」/WIELS現代美術センター(ブリュッセル)

サオダット・イズマイロボ《Two horizons》(2017) Photo: ©Saodat Ismailova
サオダット・イズマイロボ《Two horizons》(2017) Photo: ©Saodat Ismailova

2022年のヴェネチア・ビエンナーレは、神秘的な存在や妖しい動物たちが住む超自然的な領域を扱うシュルレアリスムの作品を数多く展示し、現実から乖離するような潮流を示していた。それから3年後、この「マジカル・リアリズム」展は、現実の生活へと回帰する転換期の始まりを予感させる。しかし、アーティストたちは異世界と完全に決別する準備ができているわけではなく、現代的な問題を異世界の中に設定している。たとえば、出展アーティストの1人、サオダット・イズマイロボは、故郷であるウズベキスタンの女性の地位について考えさせつつ、古代の神話や宗教的伝承を暗示する作品を発表する。

会期:2025年5月29日~9月28日

40. 「Lygia Clark: Retrospective(リジア・クラーク回顧展)」/新ナショナルギャラリー(ベルリン)

リジア・クラーク《Óculos》(1966) Photo: Eduardo Clark, 1973/©Cultural Association “The World of Lygia Clark”
リジア・クラーク《Óculos》(1966) Photo: Eduardo Clark, 1973/©Cultural Association “The World of Lygia Clark”

1950年代のブラジル・ネオコンクレティスム(新具体運動)のパイオニア、リジア・クラークの「Bichos(生き物たち)」は、蝶番でつながれたアルミニウム板を折り曲げて作られた彫刻シリーズで、鑑賞者が作品に触れ、自分の手で動かすことが想定されている。クラークの過去の回顧展では、壊れやすさを理由に鑑賞者が作品に触れることを禁じるケースがほとんどだった。しかし、120点の作品を集めた今回の展覧会では、気軽に触れられるレプリカが展示されるため、クラークがインタラクティブな彫刻を通してまったく新しい抽象芸術を生み出したことが体感できる。

会期:2025年5月23日~10月12日

(翻訳:野澤朋代、清水玲奈)

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