彫刻家ルース・アサワは日系人収容所で「アートに救われた」。前半生を描くグラフィックノベルが発売
ワイヤーを用いた繊細かつ大胆な抽象彫刻作品で知られるルース・アサワ。日系アメリカ人二世である彼女は、10代の多感な時期を日系人収容所で過ごしている。アサワの当時の日々を描いたグラフィックノベルが、近く刊行されることになった。
「ある日突然、全てが変わった」
美術史に重要な足跡を残した人物が、人々に受け入れられ、敬愛されるアーティストになるまでにはどんな山や谷があったのだろうか? そこに至る道のりは、絶え間なく湧き出る創作意欲に突き動かされた若い頃から始まっていることが多い。
3月に刊行予定のサム・ナカヒラによるグラフィックノベル『Ruth Asawa: An Artist Takes Shape』(ゲッティ・パブリケーションズ)が焦点を当てているのも、そうした創作意欲だ。優しいタッチの絵でルース・アサワの前半生を伝えるこの本は、ロサンゼルスの南東に位置するカリフォルニア州ノーウォークのキャベツ畑で、10代の彼女が針金で遊んでいるシーンから始まる。
この頃から既にアサワ(*1)は、ありきたりでない素材を用い、素材の本質を損なうことなくまったく新しい形を生み出していた。後に私たちが知ることになるように、このプロセスは彼女の芸術の核心でもある。
*1 アサワの両親は彼女をアイコと呼び、それ以外はみんなルースというアメリカ名で呼んでいた。
ナカヒラが描く冒頭のシーンは牧歌的だが、そこには不吉な文章が添えられている。
「1941年12月7日、日曜日、午前10時30分(中略)全てが変わってしまう前」
そして、彼女の暮らしぶりを伝えるのどかな情景の直後、妹のチヨがベルを鳴らしながらやって来てこう叫ぶ。
「早く来て! 日本が真珠湾を攻撃したって」
彼女の生活はそこから一変する。翌日学校に登校した彼女の心の声を、ナカヒラはこう記している。
「私は突然、本当の友達が誰なのかを知った。それは決して多くはなかった」
強制収容所でディズニーのアニメーターと出会う
1942年の3月になる頃には、一家は着物や家族写真、生け花の本、さらには日本にいる親戚の住所まで、日本人であることを示すものを燃やし尽くしていた。
しかし、そんな努力も虚しく、父親は尋問のためFBIに連行され、すぐに残りの家族も家を退去させられる。彼女たちはまず、家から北に32キロほど離れたサンタアニタパーク競馬場へ、そこからさらにミシシッピ川からほど近いアーカンソー州ローワーにある強制収容所へと送られた。
第2次世界大戦中、何千人もの日系アメリカ人を襲った悲惨な体験を、ナカヒラは痛切な描写で伝えている。その一方で、こうした過酷な状況の中でも彼らが見出し、心の支えとしていた喜びの瞬間を描いてもいる。
サンタアニタパーク競馬場に収容された人々は馬屋で寝起きさせられ、迷彩ネットを作る労働に従事させられていた。そんな中、アサワはウォルト・ディズニー・スタジオのアニメーターだった数人の日系人らと出会い、絵の描き方を教わっている。アニメーターたちは彼女の才能を認め、アーティストになりたいという彼女の決意を後押ししてくれた。
「彼らに出会うまで世界は灰色でした。まさにアートが私を救ってくれたのです」
「折れてしまいそうなときは、曲がりなさい」
アサワは生涯、差別に直面し続けることになる。1946年、戦後も残っていた日系人差別のために彼女は教育実習先を見つけられず、美術教師になるための学位を取得できなかった。
母親から「折れてしまいそうなときは、曲がりなさい」と言われたことを思い出した彼女は、実験精神で知られる伝説的な美術大学、ブラック・マウンテン・カレッジ(*2)に進学。バウハウス出身の画家ジョセフ・アルバースや、地球資源が有限であることを表す「宇宙船地球号」という概念を提唱した建築家・思想家のバックミンスター・フラーらに師事した。
*2 1933年から57年までノースカロライナ州にあった学校。アルバースやフラーのほか、ヴァルター・グロピウス、ジョン・ケージ、マース・カニングハムなどが教鞭をとり、数多くの有名アーティストを輩出した。
ナカヒラのグラフィックノベルでは、アサワが若手作家だった頃やワイヤーを曲げて彫刻を作る独自のスタイルにたどり着いた経緯、そしてサンフランシスコへの移住について語られる。しかしこの100ページ弱の本は、彼女がまだ若い時代で幕を閉じてしまう。アサワはそれからも長い人生を歩み、2013年の逝去以降の10年でますます注目されるようになった。2020年にはアメリカの切手の絵柄にも採用されている。
今後、続編が出版されるのかもしれないが、ともあれ『Ruth Asawa: An Artist Takes Shape』は重要な新刊だ。そこには、1991年に出版されたフェイス・リンゴールドの『Tar Beach』(黒人女性アーティストのリンゴールドが自らの幼少期を描いた自伝的絵本)と通じるものがある。
どんなに過酷な時代でも、アートが持つ力に大きな夢を抱くことができる──。この本は、子どもたち、特にアジア系の少女たちを大いに勇気づけることだろう。(翻訳:野澤朋代)
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