米相互関税がアート業界に与える影響は? コスト増の品目からトップコレクターの資産目減りまで

アメリカドナルド・トランプ大統領が、全世界に対する共通関税を4月5日に、貿易赤字額に応じた相互関税を9日に発動。その後、問題の解決に向けて協議を要請してきている国などに対しては相互関税について90日間の停止を発表したが、貿易戦争を厭わないトランプ政権の施策でアート業界にはどのような影響を被るのか。これまでの関税措置の動きとそれによって生じる問題点をまとめた。

トランプ大統領は4月2日、ホワイトハウスで相互関税の発表を行った。Photo: Brendan Smialowski/AFP via Getty Images

アメリカ東部時間の4月2日夕刻、トランプ大統領は、全ての国から輸入される全ての品目に一律10%の関税を課す世界共通関税と、貿易赤字額が大きい国や地域により高い関税を課す相互関税を発表。欧州連合(EU)と56カ国に対しては具体的な税率が示された。税率の計算式に批判が相次ぎ、無人島まで対象国リストに入っていたなどの混乱はありつつも、アメリカが多数の貿易相手国から輸入する物品の大部分に輸入税を課すことが明らかになった。その後、共通関税は5日に、相互関税は9日に発動されたが、後者については同日に、問題の解決に向けて協議を要請してきている国などに対しては90日間の停止が発表された。相互関税を停止している間は各国に課す関税率は10%に引き下げられる。

相互関税の発表前後にUS版ARTnewsが取材したアート分野の識者は、現在および今後追加の可能性がある関税と報復関税の影響で、アート業界の幅広い分野に影響が及ぶだろうと答えている。その範囲には、美術品、家具、骨董品、原材料、輸送、イベント用ケータリング用品などの価格変動に加え、移民政策、文化交流、旅行、アメリカの美術プログラムへの海外からの参加などに生じる変化が含まれる。経済の専門家も繰り返し指摘しているように、これらの関税は輸入業者が前払いする税金で、コスト増は通常アメリカの消費者に転嫁される。したがって、物価上昇と景気後退への懸念が膨らむことになる。

美術関連品の関税と免税対象、一時輸入制度

2月以来、アート業界関係者は、カナダメキシコ香港中国からの輸入品に課せられた新たな関税への対応に追われている。ただし4月9日時点では、アメリカの統一関税率表(HTSUS)第97章によると、上記の国と地域から輸入される美術品のオリジナル作品、コレクターズアイテム、骨董品については、これまで通り免税対象だ。しかし、新たな免除規定、関税の一時停止、あるいは追加の変更が発表されない限り、トランプ大統領が4月2日に署名した関税措置では、アメリカに輸入される上記以外の美術関連品目には一律10%の「基礎的」関税が課され、さらにより高い税率が相互関税として課せられる国もある。たとえば台湾(32%)、インド(26%)、韓国(25%)、日本(24%)、欧州連合(20%)などだ。

なお、2日に発表された中国の相互関税率は34%だが、それまでの追加分を合わせた税率は54%。中国が報復として9日にアメリカ製品への関税を84%に引き上げると、アメリカは104%の関税を中国に賦課すると発表。さらには125%まで引き上げるなど、対立が激化している。なお、800ドル(直近の為替レートで12万円弱、以下同)以下の輸入貨物を免税とする「デミニミス」ルールについても、中国・香港への適用を5月2日に終了する

トランプ大統領が課した相互関税に伴い、海外製品をアメリカに輸入する業者が支払うことになる税率は以下の通りだ。

トランプ大統領は、関税によってアメリカの消費者がより多くの国産品を購入するようになり、それがアメリカ経済の成長と税収の増加につながると主張している。さらに、これまでアメリカは、貿易赤字相手国からの「不正行為」に遭い、「略奪、強奪」されてきたと言い立てている。

貿易赤字は基本的に、ある国が他国への輸出よりも多くの商品やサービスを輸入した場合に発生する。米商務省経済分析局によると、2024年のアメリカの貿易赤字額は9184億ドル(約133兆円)だった。商品とサービスの輸出額は3兆1916億ドル(約463兆円)で、2023年から1198億ドル(約17兆円)増加。輸入額は4兆1100億ドル(約596兆円)で、2023年から2533億ドル(約37兆円)増加している。

アメリカには多数のアーティスト、美術館、コレクターが拠点を置いているが、一方で、アート業界はさまざまな物品を輸入に頼っている。そうした品目には、画材、事務用品、木材(輸送箱やフレーム用)、書籍・展覧会カタログ用パルプ、電子機器、イベント用品および低価格のアート関連商品(トートバッグ、トレーナー、Tシャツ、靴下、傘、玩具等)のほか、彫刻や収納棚、美術館の外装によく用いられるスチールやアルミニウムも含まれている。懸念されるのは、利益率が低く、スタッフ不足で、サプライヤーとの価格交渉力にも限界のある中小規模のギャラリーやアート団体が、関税による経費や物流費の増加で深刻な打撃を受けることだ。

一方、ギャラリーの経営者たちは、以前US版ARTnewsが取材した際、アートフェアオークションといったイベントのために美術品や関連品をアメリカに持ち込む場合に適用される一時輸入制度(イギリスやメキシコのATAカルネ通関に類似したもの)に関しては、これまでまったく議論されていないと指摘していた。なお、アメリカの一時輸入制度では、「芸術の専門家、講師、科学者が海外からアメリカに持ち込み、展示および芸術・科学・産業に関する説明、宣伝に使用する美術品、彫刻、写真、学術・科学用具」を対象に、担保を提供することで輸入時の関税やその他諸税が免税になる。

この一時輸入制度のような特例が使えない限り、今後カナダ、メキシコ、香港、中国以外のギャラリーオーナーやアートディーラーは、インディペンデント、NADAフリーズ・ニューヨークなどアメリカで開催されるアートフェアに持ち込む品目の合計額に対して、美術品のオリジナル作品、コレクターズアイテム、骨董品を除き、少なくとも10%の関税を税関・国境警備局に前払いしなければならない。

経済全体の先行き不透明感も頭痛の種に

トランプ大統領は先頃、全米芸術基金(NEA)や全米人文科学基金(NEH)などが管轄する助成金を削減。また、博物館・図書館サービス機構(IMLS)を事実上閉鎖するなど、連邦政府による文化支援を大幅に縮小している。それに加えての関税措置は、アート界の難局に追い討ちをかけることになるだろう。

コーネル大学助教授で経済学者のウェンドン・ジャンに話を聞いたところ、3月に発動された関税を受け、シラキュースなどのアメリカの都市ではカナダからの観光客が減少しているという。また、アメリカの港で中国船に追加料金を課すことが提案されているため、原材料の輸送費が今後さらに上昇する可能性がある。ジャンは、「提案が通ったわけではありませんが、今後の追加はあり得ます。この路線が続けば、輸送費がいっそうかさむことになる可能性を否定できません」と説明する。

2月初旬以来、関税問題は、ギャラリー、アートディーラー、美術館など、さまざまなアート関係者にとって、将来のコストや投資を考える上で、多大なストレスと不確実性の原因になっている。ジャンはさらにこう続けた。「このような状況に配慮しながら今後の計画を立てるのは非常に難しいことです。そして、将来へのためらいが生じることから、投資を控え、あるいは採用するはずだった人材を雇わないことにもつながります」。実際、コーネル大学では連邦政府の資金援助が不透明なため、採用を凍結している。

新たな輸入税を支払う用意のあるアートギャラリー、美術館、その他のアート関連組織やアーティストにとっても、事務作業や調達の手間が増える上に、国境での手続きに時間を取られる恐れもある。ジャンは、「ヨークデールのようなショッピングセンターで買ったものであっても、それをアメリカに持ち込むときには通関時に適用される関税があるかどうかを確認しなければなりません」と話す。

第1次トランプ政権で商務長官を務め、US版ARTnewsが選ぶトップ200コレクターズに選ばれたこともあるウィルバー・ロスは、美術品への関税を回避する方法の1つとしてフリーポートでの保管を挙げ、次のように述べた。

「現代アートの分野では大ごとにはならないでしょう。問題はオールドマスターなど古い時代の美術品です。それらの多くはアメリカ国外のコレクションに入っていますから。そしておそらく、買い手にとって、税・諸経費を除く価格はそれほど変わらないでしょうが、売り手側の価格は少し下がるかもしれません」

注目すべきは、多くのトップ200コレクターの純資産を左右する株式市場も、新たな関税への反応として2020年以来最悪の水準まで下落したことだ。4月3日には、ナスダック総合指数が6%あまり、S&P 500が5%近く、ダウ平均株価は4%相当の1700ドル(約25万円)の下落となった。一方、カナダドルとメキシコペソはアメリカドルに対し、それぞれ1.2%と1.4%上昇した。株価は相互関税の90日停止発表で急反発したが、今後の動きは不透明だ。

株式市場の動揺が、特に高価格帯の美術品購入に影響を与えるかどうかについて、ロスは「心理的な影響はあるでしょう。それは間違いありません。それがどれほど深刻なものになるかは、まだ何ともいえないと思います」と答えている。(翻訳:清水玲奈)

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